驚きのチャート1位、Yella Beezyがラジオプロモーションのベテランと組んだ理由

メジャーレーベルとの契約もストリーミングでのサポートもない中で、26歳のダラス出身のMCはじわじわとラジオを制した

ほんの6カ月前、ラッパーのYella Beezyはダラス以外ではほとんど知られていなかった。だが9月、ビヨンセとジェイ・ZのOn the Run IIツアーのダラス公演で、2人はこの26歳のラッパーをオープニングアクトに起用した。それもこれも、預言者めいたシングル「Thats on Me」のおかげだ。「好きなだけ居眠りしてくれて構わないよ」とBeezyは歌う。「でも、俺の上にまたがってるときはやめてくれ、ベイビー」。9月22日の週末、リリースから1年近くも経っていた「Thats on Me」は、ラップ/R&B主要ラジオ局のオンエアチャートでNo.1に輝いた。

この出来事が印象深いのは、とりわけYella Beezyがインディーズのアーティストだからだ。今年3月、ダラスのヒップホップ系ラジオ局KBFBが「Thats on Me」をヘビーローテーション・リストに入れたとき、彼はどのレーベルとも契約していなかった。それが今では、インディーズレーベルのHitcoに所属。インディーズとはいえ、このレーベルを取り仕切るのはメジャーレーベルの大ベテラン、LA・リード。エピック・レコーズで会長兼CEOを務めたが、セクハラ疑惑で辞任に追い込まれた人物だ。

Beezyの場合、ストリーミングの下支えもなかった。Spotifyでの「Thats on Me」のストリーミング件数は1000万件にも届いていない。比較のために例を挙げると、Lil Baby & Gunnaのニューシングル「Drip Too Hard」は最近、たった1週間で1700万件のストリーミング件数を達成、それも、ラジオでヘビーローテーション入りする前にだ。「Thats on Me」のヒットは、音楽業界のもうひとつの潮流から生まれた物語である。とあるラジオ局の2人の番組編成スタッフが、自分たちの手にあるのは未来のヒット曲だと信じて、どこの馬の骨とも知らないアーティストを選曲リストに載せようと決めた。



Beezyが「Thats on Me」をリリースしたのは2017年10月。翌月に発表するミックステープ「Lite Work 2」の宣伝も兼ねてだった。バックトラックは、彼のブレーンでもあるプロデューサー、Shun on da Beatによるもの。「ちょっと気晴らしで作った曲なんだよね」とはBeezy。ニューヨークで、Sirius XMとTidalのラジオ出演の合間にねじ込んだショートインタビューで、棒状のグミを噛みながら答えてくれた。「なかなか売れないだろうとは思ってたよ」。それでも、「みんなが曲をかけ始めたとき」には彼も驚いたという。「ストリートでも、ストリップクラブでもかかりまくってた」


BeezyのチームもKBFBに売り込みをかけた。「(どの曲をオンエアするか)、決めるのはたいてい僕か、ミュージック・ディレクターのジェシー(・サラザール)だ」と説明してくれたのはマーク・マックレイ。KBFBのほか、ダラスのR&Bラジオ局KZMJで、番組編成および進行の副部長を務めている。「デスクが1つじゃ足りないくらい山ほど楽曲があるんだが、その中でもこの曲は際立っていた」

「Thats on Me」は、アメリカ各地で発生したヒップホップの流派がインターネットによって距離を縮める以前の時代、2005年頃にリリースされたとしてもおかしくないようなサウンドだ。「いかにもダラスっぽいサウンドだ」と、マックレイは力説。「他とは全然違う。そこが気に入っている」と、テリー・トーマスも賛同する。ダラスで大々的にオンエアされるようになったこの曲を、トーマスはヒューストンのラジオ局the Boxのローテーションリストに入れた。「Yella Beezyのサウンドは誰かのサウンドみたいだよね、っていうような曲じゃないんだ」

「Thats on Me」は、まぎれもなく南部テイストの曲だ。ぶっきらぼうでシニカル。ねちっこいベースラインと、ライブ感のあるキーボード、耳をつんざくようなサウンドエフェクトがビートを刻む。甲高い声はモダンに洗練され、数年前にアトランタ・ラップシーンで人気を博した映画『キル・ビル』のサンプリングに似ていなくもない。

当初マックレイは、「Thats on Me」を深夜のオンエア枠に組み込んでいた。レストランのプレオープンと同様、負担をかけずに新曲を試す手法だ。やがて彼の中で葛藤が生じる。「ラジオ局のオンエア枠を開放するのは、けっこう大変なんだ」とマックレイは言う。それと同時に、「ご当地ヒット曲となりそうなサウンドを耳にすると、つい世に広めたくなってしまう」。1週間後、2つ目の欲求がもう一方に打ち勝ち、「Thats on Me」は晴れてゴールデンタイム枠に進出した。

ダラスのリスナーたちは熱狂的に受け入れた。「一夜でNo.1ヒットさ」と、マックレイ氏。「すぐさま、僕らのリサーチ対象となったよ」(ラジオ局では「コールアウト調査」といって、オンエア曲にリスナーが反応した時間を測る調査を行っている)。ほどなくして、ダラスのライバル局も「Thats on Me」をオンエアし始めた。

HitcoはBeezyと契約準備を進めるのと並行して、「Thats on Me」を全国ヒットさせようと、90年代初頭からラジオプロモーションに携わってきたライオネル・ライデンアーを引き抜いた(ライデンアーは2015年にも、Rich Homie Quanの「Flex」をラジオ・オンエアチャートで1位にした経験がある)。今日、多くの若いアーティストがレーベルの重要性を否定する中、Beezyはラジオプロモーションのベテランチームと組むことを望んだ。「今よりもっとビッグになりたかったんだ」と本人。「いまもそう、世間に認められたい」


「Thats on Me」を広めるために、ライデンアーがとった戦略はシンプルだった。「市場調査と、オーディエンスとの関係構築さえうまくいけば、ダラスのマーケットは十分大きいから、全国規模でも同じ規模のブームを生み出せないはずはない」

「まさかの大ヒット、という一面がこの曲のキモだった」と、彼は続ける。「7日間で20回、25回も同じ曲をかけ続ければ、一夜にしてヒットは生まれるものさ」。彼がアトランタの番組ディレクター、シャーロットとメンフィスにこう説明すると、2人は言われた通りにした。ほどなくして、「Thats on Me」は他の都市でも同様にオンエアされ始めた。

今の時代、ラジオでヒット曲を生み出すのは簡単ではない。今年の夏は特にハードルが高かった。4月から9月にかけて、ポスト・マローンからカニエ・ウェスト、ジェイ・Zにビヨンセ、ドレイク、トラヴィス・スコットからエミネムに至るまで、ヒップホップ寄りのメジャー系アーティストのほぼ全員がアルバムをリリースした。だがライデンアーは悠長に構えていた。「メジャーレーベルはおうおうにして、商品を多く抱えているがためにひとつの楽曲に専念するヒマがない」と、名プロモーターは言う。「次から次へと送り込まれる新作のスピードに追いつくだけで精いっぱいなのさ」 。 彼にはそんな悩みはどこ吹く風。ひたすら「Thats on Me」をプッシュし続けた結果、作品はじわりじわりとチャートを上昇。ヘビーローテーション入りしようとしまいと、関係なかった。

「毎週のように、我々は曲の宣伝に努めてきた」とライデンアー。最終的に「Thats on Me」はフィラデルフィアの牙城をやぶり、北東部を制圧。9月に入る頃には、Beezyは週5000回のオンエアを獲得していた。



ジェイ・Zとビヨンセ陣営から電話が届いたのは、そんなときだった。「彼らは、俺にビヨンセのコンサートに出演してほしいと言ってきた」と、Beezyは当時を振り返る。彼の答えは「当然!」の一言。地元カウボーイズ・スタジアムで演奏を終えた後、Beezyはさらにヒューストンで、2人のビッグアーティストの前座を務めた。「ダラスの観客は俺のことを既に知ってたから、それほど騒がれなかった。でも俺はヒューストン出身じゃないから、(ヒューストンで演奏したときは)もう一人のスターが来たみたいな待遇だった。あっちのほうがめちゃくちゃクレイジーだったぜ」

「Thats on Me」がオンエアNo.1を達成したのをうけ、Beezy陣営は目標を「Up One」に移した。ロードムービーを音楽で表現したような、聴いているうちに疾走感に包まれる新曲だ。Beezyは、得意の三音節の節回しをここでも披露。「thats on me」を「Im up one」に差し替えた簡潔なサビは、王者の風格を備えている。言葉数が少なくなるのも当然かもしれない、Beezy自身、この曲を「エネルギー満載の曲」と認めている。「スターの仲間入りになったって気分さ」という彼は、今年11月にアルバム・リリースを控えている。

テキサス中のラジオ局の編成スタッフは、Beezyの成功が地元のラップ界に与える影響を熱く語っている。「すごくうれしいよ。人々がテキサスの音楽シーンを思い浮かべるとき、(ヒューストン系以外の)多様性をもたらしてくれる地元のアーティストが生まれたんだから」と、トーマス。「ダラスにも音楽シーンは存在する。たとえ全米の注目を集めるほどじゃないにしてもね」と、マックレイも付け加えた。「ダラスから才能を発掘したなんて、最高だよ。この街にも才能のあるヤツがいるんだってことを思い知らせてやろうじゃないか」

だが、Beezyの成功は大きなオマケも生み出した。テキサス出身か否かを問わず、ラッパーたちを安心させる材料が見つかったのだ。メジャーレーベルから予算を引っ張り出さずとも、またストリーミング・サービスでのプロモーションに頼らずとも、Beezyがヒットを飛ばせたなら、俺たちにもできるはずだ、と。