平和の追求がイノベーションを推進する一方で、悲しいことながら、大規模な紛争が結果的にテクノロジーの進歩をもたらすこともあります。この相反する両者は、現代世界の形成に大きな意味を持っていると言えるでしょう。

航空宇宙産業がもたらす産業界への波及効果

民生用の高信頼性エレクトロニクス分野には、さまざまな相互影響の歴史があります。防衛分野では何十年もの間、商用オフザシェルフ(COTS)の概念が存在しましたが、高信頼性分野から始まったオープンアーキテクチャの設計理念は、現在ではIT業界に拡大しています。航空宇宙、ならびに防衛といった巨大産業では、膨大な数のサプライヤが存在し、競争を維持しながらも連携が必要になるため、規格が必要になります。

航空宇宙・防衛産業は、グローバルなエレクトロニクス産業におけるイノベーションの恩恵を受け、同時にイノベーションを推進しています。防衛市場は大規模であることから投資が促進され、それが他の市場の方向性にも影響します。反対に、IoTなどのトレンドも、防衛産業の発展に影響を及ぼします。この共生関係により、1つの市場向けに開発されたテクノロジーの多くが他の分野にも応用され、リスクの軽減に貢献するとともに、半導体メーカーの研究開発への投資につながっています。

最先端技術の最前線といえる航空宇宙・防衛分野

他の産業と同様に、航空宇宙・防衛分野でも有効性と効率性のバランスが重要であり、そこでも最新の研究開発が行われています。ある意味で、この分野は技術的進歩の最前線にあり、拡張現実(AR)や仮想現実(VR)などが、適切な専門技術を適切な場所に、適切なタイミングで投入するために活用されています。

ARを利用することで、世界のどこからでも、経験を積んだ兵士がネットワークに接続して、戦闘地域の兵士を適切に導くことが可能になっています。それによって重大な局面で専門知識が活かされるだけでなく、経験を積んだ少数の兵士への依存度を低減します。医療分野でも同様です。特定の専門技術を持った医師が、離れた場所にいる別の医師をサポートすることが可能となります。

民生部門と同様に、航空宇宙・防衛分野でも、展開された部隊の健康状態をモニタリングする目的でウェアラブルテクノロジが注目されています。新しいウェアラブルソリューション(特に耳に装着する可聴型ソリューション)によって、中核温や心拍数などの生体数値を継続的に測定し、また特定の兵士の位置を特定し追跡することが可能です。

最先端アプリを実現する半導体

これを実現しているのが、Texas Instrumentsの「AFE4410」などの製品です。これは、ウェアラブルデバイス用に設計された超小型のアナログ・フロント・エンド(AFE)であり、継続的な心拍数のモニタリングや光バイオセンシングによる酸素消費量測定などの機能を備えています。

AFE4410ではLEDやフォトダイオードが使用され、またバイオセンシング用に最適化されたLEDを最大3つまで駆動できます。図1のブロック図は、トランスインピーダンス・アンプ、A/Dコンバータ、128サンプルのFIFO、プログラム可能なLEDドライバ、I2C/SPIインタフェースなどの主要な機能を示しています。この高度に統合されたAFEソリューションは、2.6mm×2.1mmの、0.4mmピッチのDSBGAパッケージに収納されています。

  • AFE4410 AFEの機能ブロック図

    図1:AFE4410 AFEの機能ブロック図

防衛用に開発されたテクノロジが現代の生活に応用された例としては、衛星測位がよく知られています。受信機とマッピングソフトウェアを組み合わせることで、高度なナビゲーションを手元で利用できるようになり、自動車やスマートフォンで活用されています。現在では複数の衛星システムが配置され、冗長性とカバレッジの拡大が図られるとともに、受信側のテクノロジも進歩して、アセット追跡、個人用ナビゲーション、ジオタギングなど、広範な応用が可能になっています。

Maxim Integratedの「MAX2769C」は、1チップのユニバーサルグローバルナビゲーション衛星システム(GNSS)レシーバであり、GPS、Galileo、BeiDou、GLONASSなどの位置測定プラットフォームで動作します。完全なレシーバチェーンを統合し、5mm×5mm(事実上あらゆる分野での利用が可能な精度)の測定が可能であり、部品表(BoM)の簡素化も実現しています。このデバイスは回路の追加は必要とせず、制御ソフトウェアによってサポートされた「MAX2769CEVKIT」を使用して評価できます。

さまざまな分野で注目を集めるドローン

航空宇宙・防衛分野と民生分野の両方に影響を及ぼしているもう1つのトレンドが、一般にドローンと呼ばれている無人航空機(UAV)です。最新型の機種では自律性が向上し、自動的に安定を維持するだけでなく、飛行経路を判断することも可能になっています。

そのようなドローンは、危険な環境での偵察や保守点検に利用できるほか、単純に労力の軽減にも役立ちます。顕著な例として挙げられるのが、このほど開催された業界ショーのDefence and Security Equipment International(DESI)で正式に発表された、ロッキード・マーティン社の「Outrider」です。この小型のUAVは幅10cm、重量は1.7kgです。キャニスターから発射される仕組みで、従来の大型のUAVでは対応できない環境でも使用できます。

自律型ドローンの特徴的な機能としては、位置認識が挙げられます。これはGPSの座標を超えるもので、傾き、姿勢、回転、速度、高度が検知されます。これらのパラメータの測定は、MEMS技術によって実現した、高精度のセンサによって行われます。

  • SCC2230-E02の機能ブロック図

    図2:村田製作所 SCC2230-E02の機能ブロック図

MEMSは小型化と低消費電力を特徴としており、それによってウェアラブルテクノロジや自律型ドローンでの応用が可能になっています。複数のMEMSセンサを統合することで、慣性計測装置(IMU)と呼ばれるクラスのデバイスが実現しました。

それらの多くは、特に3軸加速度センサとZ軸の角速度センサを組み合わせた村田製作所の「SCC2230-E02」などの制御/ナビゲーション・システム用に設計されています(図2の主要機能ブロック図を参照)。

これらのセンサは、村田製の高アスペクト比3D-MEMSテクノロジによって製造されます。機能としては、移動質量によるキャパシタンスが検知し、内蔵の信号処理ASICによって変化を検知して処理します。機能はすべてSPIインタフェースを通じて操作します。

自動運転を実現する鍵を握るレーダー

航空宇宙・防衛分野で長い歴史を持ち、他の市場でも応用されようとしているテクノロジとしては、レーダーがあります。自動車産業では、高度な運転者支援システム(ADAS)用にレーダーの導入を進めており、それは自動運転車の進化にとっても有益です。レーダーは、UAV/ドローン市場の将来にも大きく影響すると考えられます。

レーダーの応用を可能にするテクノロジーは、Analog Devicesの「EV-RADAR-MMIC2」などの評価用プラットフォームによって、かつてなく容易に利用できるようになっています。このキットは、周波数変調連続波(FMWC)レーダーシステムの開発に必要な、ADF5901 24GHzトランスミッタ、ADF5904 24GHzレシーバ、ADF4159 13GHz PLLを使用するために設計されたものです。

近年では、技術上の見えない障壁が切り崩され、特定の業種を対象としたテクノロジーが他の分野にも応用されるようになっています。当初は防衛分野での利用を意図していたテクノロジーが、家庭でも利用されるようになりました。ウイルス防止ソフトウェアやデータ暗号化もそうです。同様に、個人のスポーツ活動の記録に使用されていたテクノロジーが、戦闘地域の兵士の生体数値をモニタリングするために利用されています。最先端のテクノロジーの活用が容易になるとともに、新たな応用方法が現れ、相互作用とさらなるイノベーションが促進されるようになるはずです。

著者プロフィール

マーク・パトリック(Mark Patrick)
マウザー・エレクトロニクス
EMEA担当テクニカル・マーケティング・マネージャ

2014年にマウザーに入社。同社入社以前は、RSコンポーネンツでマーケティング・マネージャを務め、それ以前はテキサス・インスツルメンツで8年間、技術営業としてアプリケーション・サポートを行なってきた。
英コヴェントリー大学から電子工学に関するファーストクラス優等学位を授与