災害時にストップすると困るインフラは――。そんな問いかけに対して、多くの人は電気、水道に次いで「スマートフォンの通信」を挙げるのではないだろうか。スマホの通信が途絶えれば、被災者は外部と連絡がとれなくなる。また、正しい情報を取得することも不可能になるだろう。

いわば命綱とも言える、その通信ネットワークの品質を守るべく大手通信事業者ではあらゆる被災ケースを想定した復旧手段を準備している。今回、北海道胆振東部地震でKDDIが実施したのは「船舶型基地局」の運用だった。船の上から携帯の電波を発射することで、地域のスマホを使えるようにしようという『日本初』の試みだ。現場ではどんな乗組員が、どんな働きをしたのだろうか。復旧劇の裏側で活躍した人たちに話を聞いた。

  • 被災した北海道むかわ町でスマホが使えた理由とは? 船舶型基地局で活躍した人達

    北海道胆振東部地震で、KDDIが実施した船舶型基地局によるエリア復旧。どんな人たちが活躍したのだろうか

緊急招集! そのとき乗組員は?

平成30年 北海道胆振東部地震(9月6日に発生)から6日が経った11日16時すぎ。最大震度7を記録した厚真町にも近い苫小牧港に、全長133mの「KDDIオーシャンリンク」が着岸した。もともと海底ケーブルの敷設・保守を行うために建造された同船だが、今回の大地震を受けて急遽、被災地に向かった。間近で見ると大きく、迫力がある。

  • 海底ケーブルの敷設・保守船「KDDIオーシャンリンク」

  • 11日午後、苫小牧港に着岸した

ここで地震発生からの動きを、時系列に沿って整理しておこう。

地震が発生したのは6日の午前3時すぎ。これを受けてKDDIでは災害対策本部を立ち上げ、同日11時40分、KDDIオーシャンリンクに出動指令を出している。既述の通り、船舶型基地局によるエリア復旧が主な目的だ。食料と支援物資を積み込んだ同船が、横浜港を出港したのは18時。したがって乗組員は上層部から指令を受けてから、わずか6時間あまりで身の回りのものをまとめて乗船したことになる。

  • 船内に積み込まれた非常食、飲料水、発電機などの支援物資

船は当初、苫小牧港を目指した。しかし航海速力15ノット(約28km/h)のケーブル船では、北海道に到着するまで44時間かかる。この間、KDDIの陸上部隊でも基地局の復旧を進めていた。また幸いなことに、地域の電力も回復しつつあった。そのため同船は、まだエリアが復旧していなかった地域に進路を変更することになる。むかわ町だ。

9月8日14時、北海道日高の沖合い約10km地点に停泊。同日19時43分に電波を発射し始め、11日8時半まで吹かせ続けた。これにより、スマホの電波が利用できなくなっていたむかわ町沿岸地域(約20km)は2日半もの間、エリア化されたのだった。

  • 甲板に立つ、衛星通信用アンテナ。地上から人工衛星に送られた電波を、このアンテナでキャッチする

  • 写真中央のアンテナから地上に電波を吹き、むかわ町沿岸地域をエリア化した

陸上基地局の復旧を受け、船舶型基地局の役目を終えたKDDIオーシャンリンクは電波を停止し、11日16時に苫小牧港に着岸。積み込んだ食料と支援物資を港に下ろした。

  • 苫小牧港にて、積荷を下ろす様子

約5日ぶりに地上に降りたという乗組員数名と、港でしばし話をする機会があった。今回の震災対応に際して招集されたKDDIの乗組員は8名で、年齢層は20~50代。働き盛りを中心に作業を進めた。そのメンバーとして、ネットワーク構築技術のある者、可搬型基地局の設置訓練を積んだ者、国際衛星ネットワークを運用している者など、各グループの代表者が社内でリストアップされたという。なかには、東日本大震災の経験者もいた。先の震災の経験が、今回の救援活動にも活きたとのことだ。

  • 震災対応でKDDIオーシャンリンクに乗船した乗組員たち。若い人も多かった

  • 船の側面に掲げられたデジタルサイネージの横断幕には「けっぱれ北海道!KDDI船舶型基地局設置中」のメッセージ

一度、離岸すると数日間を洋上で過ごすケースが多々ある。今回も、横浜を出港して苫小牧に着岸するまで、船が寄港することはなかった。そして当然のことながら、船はこれから苫小牧から横浜まで同じ時間をかけて帰らなければならない。突然の招集で、戸惑うことはないのだろうか。

「招集の連絡を受けたとき、何を思いましたか?」と聞く筆者に対して、30代の乗組員は「まずは障害が起きた原因と、復旧方法について考えました」と真面目な回答。そこで、もう少しくだけた調子で「急に呼び出されて何日も帰れなくなると、冷蔵庫の中身とか大変でしょ?」と聞くと、今どきの若者らしい笑顔で「そうですねぇ」と笑った。では、横浜に寄港したら、まず何がしたいか?そんな質問に、先の乗組員は「家族の顔を見たいですね」。

普段、当たり前のように使っているスマホの電波だけれど、災害時にその有り難みを実感する。つい、つながって当たり前と思いがちだが、その裏側にはつなげるために生活を犠牲にしている同年代がいるのだ。なお、メンバーの一部は横浜に寄港後、台風21号の災害対応で関西方面に向かうとのことだった。被災地の1日も早い復興を願いたい。