ブログでは初めまして!科学コミュニケーターの櫛田康晴(くしだ・やすはる)です。前回の田中沙紀子による化学賞の予想に引き続き、生理学・医学賞の予想、第一弾!早速予想します!

 私の予想は、細胞が大きくなったり増えたりするタイミングを決める「mTOR」というタンパク質を発見した、こちらのカッコいい御三方です!

細胞の栄養状態のセンサーであるmTORの発見

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(写真はいずれもご本人提供)

(左側)マイケル・N・ホール(Michael N. Hall)博士
スイスの生物学者。1953年生まれ。バーゼル大学バイオセンター所属。
1993年に酵母を使って遺伝学的にTORを発見。

(中央)スチュアート・L・シュライバー(Stuart L. Schreiber)博士
アメリカの化学者。1956年生まれ。ハーバード大学ブロード・インスティテュート所属。
1994年に哺乳類細胞から生化学的にmTORを分離。

(右側)デイビッド・M・サバティーニ(David M. Sabatini)博士
アメリカの生物学者。1968年生まれ。マサチューセッツ工科大学ホワイトヘッド・インスティテュート所属。
1994年に哺乳類細胞から生化学的にmTORを分離。

■「mTOR」の発見って何がすごいの?

 「エムトール」と発音します。洗剤のような名ですが、もちろん違います。いったい何者?何が凄いの?って、これが凄いんです、本当に!

 mTORは細胞の中に浮かんでいるタンパク質の一種ですが、細胞内の栄養状態を見張っているセンサーとして働いています。さらに、栄養の量に合わせて、細胞を大きくしよう!とか分裂して数を増やそう!といった判断をする司令塔としても働いていることが分かっています。

 そんな栄養状態を顧みずにどんどん増殖してしまうのががん細胞。その一部ではmTORが正常に働いていないことが分かってきています。またmTORは、2016年に大隅良典博士がノーベル生理学・医学賞を受賞した「オートファジー(自食作用)」のスイッチにもなっています。さらに、老齢マウスでmTORの作用を調節するだけで寿命が延びたというシンプルな実験結果が発表されました。これが大反響で、なぜ寿命が延びるのか、その仕組みが今世界中で研究されています。

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■はじまりは「ラパマイシン」

 さて、今話題の「mTOR」。これは英語の「mechanistic target of rapamycin」の頭文字をとったもので、日本語では「ラパマイシンの機械的なターゲット」という意味を持っています。えっ?ラパマイシン?!ターゲット?それ何?とおっしゃるあなた。ちゃんと解説しますのでご安心下さい!

 「mTOR」の発見に至るストーリーは1975年にさかのぼります。この年、Suren N. Sehgal博士たちは、イースター島から持ち帰った土の中にいる細菌から、抗真菌薬「ラパマイシン」を分離しました。真菌(カビ)にたいする薬として見つかりましたが、ラパマイシンには、免疫抑制剤としての効果があることがわかり、臓器移植などの手術の際に病院で使われています。

■mTORはラパマイシンの標的

 一般的に薬は体の中のタンパク質のいずれかとくっつきます。これによってタンパク質の性質を変化させて、薬としての効果を発揮するのです。くっつく相手となるタンパク質を薬の「ターゲット(標的)」と呼びます。つまり、ラパマイシンも体内の標的タンパク質と結合してその作用を変化させているというわけです。このラパマイシンの標的となるタンパク質こそが、今まさに巷で話題の「mTOR」。このタンパク質を3人の科学者がほぼ同じ時期に発見したのです!

■最初のTORは酵母で発見された

 ところで皆さん、「酵母」はご存知ですか?そうです、パンやお酒などの発酵食品などで活躍するあの生物です。細胞1個でできているので、そのシンプルさゆえに優れた実験生物として世界中で使われています。大隅良典先生のオートファージーをはじめ、酵母で初めて見つかった生命現象もたくさんあります。

 実は、最初のTOR(target of rapamycin)は、1993年にマイケル・N・ホール博士によって酵母で発見されました(ちなみにこの時はまだmTORのmはついてませんでした)。ホール博士は、ラパマイシンが酵母の増殖を抑えてしまう点に着目しました。ラパマイシンがあっても増殖できる酵母を探索して、このTORというタンパク質を発見したんです。

■もうひとつのmTOR発見の方法とは?

 もうひとつの発見方法は仕組みは簡単です。生体サンプル(細胞の集まり)をすりつぶして、その大量のタンパク質の中からラパマイシンにくっつくタンパク質を探す方法です。と言ってもタンパク質は私たちの目には見えないレベルの小ささなので、不純物を取り除いて、ラパマイシンにくっつくタンパク質だけをきれいに取り出すための実験技術が必要です。そして1994年、この難しい実験に二人の科学者がほぼ同時に成功しました。スチュアート・L・シュライバー博士とデイビッド・M・サバティーニ博士です。彼らが発見したタンパク質を調べると、なんとその前年にホール博士が酵母で発見したTORにそっくりだったという訳です。

 シュライバー博士とサバティーニ博士は哺乳類の細胞をつかって実験していたので、「哺乳類の(mammalian)」という意味の小さいmがついて「mTOR」と呼ばれるようになりました。mTORのmは、冒頭の「機械的な(mechanistic)」と「哺乳類の」の両方の意味で使われているようです。

■mTORは未来を変える!

 さて、もともとmTORは免疫抑制効果に着目されていた訳ですが、その後の研究によって、このタンパク質のさまざまな顔が明らかになってきました。細胞内の栄養センサー、細胞増殖の司令塔、オートファジーのスイッチ。それに飽き足らず、なんとmTORの働きを抑えるラパマイシンを与えるだけでマウスの寿命が延びるという実験まで出てきて、こりゃ大変。mTORの発見から25年。世界を巻き込んで加熱するmTORの研究は、私たちの未来の医療を変える大きな可能性を秘めているのです!

 いかがでしょう?ノーベル生理学・医学賞にふさわしいと思いませんか?



Author
執筆: 櫛田 康晴(日本科学未来館 科学コミュニケーター)
高校生物の実験で生物学の面白さを知る。大学院では繊毛虫(ゾウリムシの仲間)の細胞核がどのように分裂するかという難題に挑戦。ポスドク(博士研究員)時代は、iPS細胞やオートファジーにかかわる研究に従事。科学者でない方々に科学の面白さとその可能性を伝えることの重要さを痛感し、科学コミュニケーターになる。