メルセデス・ベンツが2018年6月に日本で発売した新型「CLS」は、後ろにいくにしたがって天井(屋根)が低くなるクーペスタイルを特徴とするクルマだ。同社では「Cクラス」「Eクラス」「Sクラス」といった商品でもクーペスタイルを選べるのだが、なぜ別枠でCLSを用意しているのか。その理由を試乗しながら考えてみた。

メルセデス・ベンツの新型「CLS」

消えていった日本の4ドアクーペ、「CLS」は3代目に

CLSは4ドアでありながらクーペのような流麗なスタイルを持つところが特徴で、初代は2004年に誕生している。クルマの形として、従来の価値観からするとセダンは4ドアで、クーペは2ドアであることが一般的だった。その両者を合体し、新たな価値としたのがCLSである。

CLSの車体寸法は4ドアセダンの「Eクラス」とほぼ同じだが、クーペスタイルなので車高は低く見え、かつ速そうで、カジュアルな雰囲気をも漂わせる。つまり、Eクラスよりお洒落な感じなのだ。

メルセデス・ベンツ日本の広報によると、「『Sクラス』が技術の集大成だとするなら、『CLS』はメルセデス・ベンツのデザインを切り拓くクルマ」とのこと。「サメ」を想起させるフロントエンドの前傾具合に注目だ

こうした商品性を持ったクルマとしては、1970年代半ばに日産自動車「セドリック」の4ドアハードトップがあったし、1980年代末から1990年代にかけてはトヨタが「コロナ EXIV」や「カリーナED」を発売するなど、実は日本車が先行していた。いずれも4ドアセダンであったセドリック、コロナ、カリーナに比べ、より流麗な外観を獲得しつつ、4ドアの便利さを併せ持っていたのが70~90年代に登場したクルマ達だったのだ。しかし、車体剛性が不足していたり、4ドア5人乗りでありながら後席の居住性がよくなかったりして、市場から去っていったという経緯がある。

同じことはCLSにもいえそうだが、新型で3世代目となるこのクルマは、誕生から14年を経てなお、寿命を保っている。

新型「CLS」の価格は、2.0L直列4気筒ディーゼルターボエンジンを積む「CLS 220 d スポーツ」が税込み799万円から。電気モーターの「ISG」(インテグレーテッド・スターター・ジェネレーター)を搭載する3.0L直列6気筒エンジンの「CLS 450 4MATIC スポーツ」は同1,038万円からだ

クーペで気になる後席の居住性はどうか

新型CLSを過去の4ドアクーペと比べると、車体剛性については、衝突安全性能が向上したことにより70~90年代とは比べものにならないほどに高まっている。

では、後席の居住性はどうか。新型CLSのエクステリアデザイン統括であるロバート・レズニック氏に問うと、「後席を重視するお客様には、Eクラスを選んでいただけばいいのではないか」との答えだった。この部分について、実用性は割り切っているようだ。

それでも、初代から2世代目までは4人乗りで、後席が2人掛けだったCLSが、新型では後席を3人掛けとし、5人乗りのクルマに生まれ変わっている。実際に後席に座ってみた実感からいうと、それほど窮屈さは感じないし、天井はえぐられて頭上の空間が確保されており、なおかつ、頭の後ろまで天井が続く造形により、落ち着きのある雰囲気となっていた。後席への配慮も、実は十分に講じられているのだ。

天井は後ろにいくほど低くなるが、後席の居住性は悪くない

CLSの販売は、米国や中国で好調だという。米国では1~2人乗りでの利用が多いはずで、中国では大柄で格好いいクルマの需要が高い。日本にもCLSを好む消費者はいる。合理性や実用性の高さを求める欧州よりは、見た目を意識する市場で好評を博していて、それが歴代CLSの存続にもつながっているようだ。

なぜ4ドアである必要があるのか

それにしても、見栄えがよく格好のいいクルマなのに、なぜ4ドアである必要があるのか。メルセデス・ベンツには、ほかに「Cクラス」「Eクラス」「Sクラス」に2ドアクーペがある。4ドアであることの利点とは何なのだろうか。

2ドアにも独特の格好よさがあるが、なぜCLSは4枚のドアを備えているのだろうか

まず、4ドアであることにより、前後のドアはそれぞれの長さが短くなる。そのため、乗り降りがしやすくなる。

例えばBMWの「MINI」の場合、基本となる3ドアハッチバックは、車体寸法としては日本の道路や駐車場事情にも合っていて使い勝手がよさそうだが、乗り降りのドアが2枚なのでドア1枚あたりの全長が長く、実は乗り降りの際にドアを大きく開ける必要がある。

一方、すでにMINIの5ドア(4ドア+ハッチバック)も市場に出ているが、その前に「MINI クロスオーバー」というSUVが発売となり、これが5ドアであった。車体寸法はMINI3ドアより大柄だが、日本でよく売れた。理由の1つは、乗り降りするドアが4枚あることにより、ドア1枚あたりの長さが3ドアに比べ短くなるので、狭い場所での乗り降りがしやすかったからだ。

ドア全長が短ければ、少ししかドアを開けられない場所でも乗り降りできる。駐車場の広さに制約がある場所では、4ドアの方が隣のクルマにドアをぶつける心配も少なく、乗り降りしやすいのである。

乗り降りしやすいのが4ドアの特徴。狭い駐車場も多い日本では特に便利だ

ほかの視点としては、荷物の乗せやすさがありそうだ。4ドアであることにより、例え1~2人しか乗らない場合でも、後ろのドアを先に開けて、手荷物などを後席やその床下へ置き、身軽になってから前席に乗り込めるという便利さがある。後席に人が乗ることは少なくても、荷物を手に1人でクルマを利用するケースは割と多い。

また、雨の日には傘を先に後席の床へ放り込み、急いで運転席に乗り込むといったこともできる。折りたたんだ傘を手に持ったまま運転席に乗り、助手席側へ傘を置くとなると、自分の服や座席に雨がしたたり落ちる。小雨程度であれば、先に後席へ傘を放り込めた方がいいという場合もあるだろう。

後席に手荷物を積むのも4ドアの方が簡単だ

そうした点から見ると、例えばBMWの電気自動車「i3」は、4ドアでありながら、前のドアを開けてからしか後ろのドアを開けられない機構となっているため、単純に後席の乗り降りだけであれば4ドアの利便性を実感できるが、上記のように、1人乗りでも後席へ先に荷物を置きたいといった使い方には適さない。

4ドアには、単に後席に乗る頻度が高いとか、後席への乗り降りがしやすいといったことだけでなく、ほかの使い勝手で便利さを期待される側面もあるのである。いわゆる4ドアセダンの実用性はなくても、CLSが4ドアである利点は案外、大きいといえる。

(御堀直嗣)