マサチューセッツ工科大学(MIT)の研究チームは、チップ上に集積可能で、非常に広範囲の波長での光信号処理に対応できるシリコン製の光学フィルタを開発した。既存のシリコン半導体デバイスの製造プロセスを用いて作製することができる。研究論文は「Nature Communications」に掲載された

  • 広範囲の波長での光信号処理に対応できるシリコン製の光学フィルタ

    チップ上に集積可能で、非常に広範囲の波長での光信号処理に対応できるシリコン製の光学フィルタを開発した (出所:MIT)

研究チームは同技術について、光を用いた通信・センサシステムの設計、超高速処理を用いた光子その他の粒子の研究など、幅広い応用可能性があるとしている。

光学フィルタは、1つの光源を2つの異なる出力に分離するのに使われる。出力のうちの一方は不要な波長の光を反射し、他方の出力は必要な波長の光を伝播するものである。たとえば、赤外線放射を必要とする機器では、可視光の波長を除去し、より純粋な赤外線信号を得るといった目的で光学フィルタが使われている。

既存の光学フィルタで広帯域のスペクトルの光を扱えるものとしては、ダイクロイック・フィルタがあるが、デバイスのサイズが大きく、高価であること、ある一定の波長の光を反射するために多層の光学コーティングが必要になるといった問題がある。既存の光学フィルタでチップ上に集積できるものは、安価に製造できる利点はあるものの、対応可能な波長域が狭いため、広帯域化するには多数のフィルタを組み合わせる必要がある。

今回設計されたシリコン光学フィルタは、ダイクロイック・フィルタを模倣した構造をとりつつ、これをチップ上に集積できるようにした。フィルタはサイズと配列を精密に調整した2区画のシリコン導波路で構成されており、異なる波長をこの導波路に入れることで異なる出力を導くことができる。

導波路の断面は長方形になっており、断面の芯部(コア)には高屈折率材料、周縁部には低屈折率材料が使われている。高屈折材料の内部のほうが光はゆっくりと進む。光が高屈折材料と低屈折材料に出会ったときには高屈折材料の側に跳ね返る。こうした性質から、導波路内部では光はコアの高屈折率材料にトラップされやすく、またコアに沿って進んでいくことになる。

導波路は、入力された光を、それに対応する信号出力へと導くために使われる。フィルタの一方の区画には3本の導波路が配列され、他方の区画は導波路1本だけで構成される。後者の導波路の幅は、前者の3本の導波路のどれよりもやや広く取られている。

1個のデバイス中に同一の材料で作られた導波路が複数ある場合、光はもっとも広い導波路を進もうとする。研究チームは、3本1組で配列した導波路の幅と間隔を微調整することによって、長波長の光に対してだけ、それが単一の広い導波路のように振舞うようにした。

論文で説明されている例では、1本のほうの導波路(単一導波路)を幅318nmとし、3本1組の導波路のほうは幅250nm、導波路間の間隔を100nmに取っている。この例では、赤外波長である1540nm付近の光に対して、フィルタのカットオフ機能が働くようになる。

1540nmよりも短い波長の光が入射すると、単一導波路と3本1組の導波路、計4本の導波路のうちで最も幅の広い単一導波路内を光が進んでいく。一方、1540nmよりも長い波長の光が入射すると、3本1組の導波路が光に対して1本にまとまってみえるようになり、こちらのほうが単一導波路よりも幅の広い導波路として振舞うため、光は3本1組の導波路の側を進むようになる。このようにして、特定の波長を境に、光が進んでいく導波路を選択的に分けることができる。

また、フィルタのカットオフ特性の鋭さを表す「ロールオフ特性」についても、他の広帯域フィルタと比べて10~70倍という性能をもつように設計されている。ロールオフ特性が急峻であればあるほど、フィルタリング時の損失が少なく鮮明な信号を得ることができる。

研究チームは、さまざまな波長に対してさまざまなカットオフ性能をもたせるために必要な導波路の幅と間隔に関するガイドラインも提供している。

同技術の応用可能性については、可視光の全波長域と紫外・赤外の一部波長での間隔のそろったフェムト秒パルスからなる「光コム」の実現が挙げられている。精密な光コムをGPS衛星用の光クロックに利用するとセンチメートル級の精度での測位が可能になるという。また、重力波の検出に光コムを利用したり、ミクロな粒子の光学的性質を研究するための分光技術として利用するなど、基礎科学の領域でもさまざまな可能性が考えられている。