サッカーからヘディングをなくすべきか?脳の損傷を防止する規制ルールへの動き

サッカーにより深刻な脳の損傷を負う可能性がある、という複数の研究結果が出ている。しかし今のところ、国際サッカー連盟(FIFA)はほとんど対策を講じていない。ヘディングによって選手たちの頭部損傷や脳疾患のリスクを抑えるためにも、ルールを改定すべきなのか?

サッカーW杯2018ロシア大会・予選グループBの開幕戦の最中、モロッコ代表MFノルディン・アムラバトは、対戦相手のイラン代表の選手と頭同士を激しく打ちつけた後、ピッチへ倒れ込んだ。ピッチサイドへ運ばれてチームの医療スタッフによる検査を受けるまでの約1分以上、彼はグラウンドに横たわっていた。医療スタッフはアムラバト選手の顔を何度も平手打ちしたが、これは脳震盪の症状に対する典型的な確認方法のひとつだった。

世界中が注目するワールドカップの試合をテレビ観戦していた30億人の中のひとりに、Vincent Gouttebargeがいた。オランダ・リーグでアムラバトとチームメイトだった彼は現在、国際プロサッカー選手会(FIFPro)における医務部門の最高責任者を務めている。

「あのシーンを見て、私はとても失望した」とGouttebargeは言う。「医療スタッフの取った行動は、世界中へ向けて良くないメッセージを送ることとなった。脳震盪に対する適切なマネジメントを啓蒙する必要がある。4年前のブラジル大会でも全く同じような光景を目にした。それから何も変わっていないということだ」。

W杯2014リオ・デ・ジャネイロ大会の試合中、ドイツ代表のクリストフ・クラマーは激しい衝突により脳震盪を起こし、明らかにふらついていた。彼は自分が今どこにいるのかすら認識できない状態だった。「これは決勝戦ですか?」と彼はレフェリーに尋ねた。このクラマーの一件をきっかけに、FIFAと脳震盪プロトコルを巡る議論が巻き起こった。FIFAはその後、脳震盪に関する推奨ガイドラインを改訂した。

FIFAの広報担当者がローリングストーン誌に明らかにしたところによると、ワールドカップ2018年大会に際し、「全てのチーム・ドクターに対してワークショップを通じ、試合中に脳震盪が疑われた場合の適切な対処方法に関する詳細情報とガイドラインを周知した」という。しかし同大会は、それらのルールは単なる提言に過ぎず、多くの専門家に、FIFAは啓蒙や実行に対する関心を特に抱いていないと思わせる結果となった。明らかに脳震盪を起こしていたアムラバト選手は、モロッコ代表の医療スタッフによる平手打ちで意識を取り戻した。アムラバトは過去6時間の記憶がない状態だったが、運ばれた病院を退院してからわずか5日後、予選第2ラウンドのポルトガル戦に出場した。革製のヘルメットをかぶっていたが、医学的には何の効果もないものだった。「2014年(リオ・デ・ジャネイロ大会)がひとつのターニングポイントだったと思う。しかしFIFAは今なお軽視している」と、米プロサッカー界最高の得点王でESPNのアナリストでもあるテイラー・トゥウェルマンは言う。脳震盪が原因で早期引退を余儀なくされたトゥウェルマンは、スポーツにおける頭部損傷を減少させるための改革を呼びかける団体を設立した。

「非常に深刻な損傷を負い、ピッチ上で亡くなる場合もある。そんなことのないよう、現実的な脳震盪ポリシーを真剣に検討する必要がある」とトゥウェルマンは言う。「FIFAへの呼びかけは数年前に諦めた。彼らは意見交換にも応じようとしない。FIFAは、脳震盪の問題に耳を傾けられないのなら、慢性外傷性脳症(CTE)問題にも無関心に違いない」

衝撃による外傷を原因とした脳の疾患であるCTEに関して、FIFAは全くの沈黙を貫いてきた。FIFAのウェブサイトには、脳変性疾患に関してたった1か所の記述があるのみだ。アルツハイマー患者を支援するプロジェクトに関する2012年の記事で、「失われた個人の歴史を、わずかな間だけでも呼び起こす」として、患者のお気に入りのクラブからの記念品や写真を掲載している。

今後FIFAは、アメリカンフットボール、ボクシング、ホッケー、ラグビーなど衝撃を伴うスポーツとCTE等の後遺症を伴う脳変性疾患とを関連づける多くの科学論文に掲載される、損傷した脳の写真を目にするだろう。メイヨー・クリニックによる研究によると、衝撃を伴うスポーツを行っていたアスリートを死後に調査したところ、約3分の1にCTEの痕跡が見られたという。60歳以上の一般人に見られるCTEの割合は12%である。


サッカー選手を対象とした頭部損傷に関する研究は、ごく最近始まったばかりだ。2015年、パーデュー大学の研究によると、サッカーのゴールキックをヘディングした際の衝撃は、アメリカンフットボールのタックルやボクシングのジャブがクリーンヒットした時の衝撃と同程度であることが判明した。2017年、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンの研究員は、サッカーに特化した初のCTE研究論文をActa Neuropathologica誌に発表した。結果、6人のプロサッカー選手の脳にアルツハイマーの兆候が現れ、その内4人にはCTE特有のタウ・タンパク質の蓄積が見られた。

「引退した複数のプロサッカー選手にCTEの症状が発見された初めてのケースだった」と同論文の責任者であるヘレン・リンは、大学によるインタビューで語っている。「我々の研究によると、サッカーとその後の人生における脳変性疾患の進行とは関連がある可能性を示している」

リンは研究対象とした選手の数が少ないため結論を断言することはできないとしながらも、FIFAに対し、より詳細かつ広範囲な研究への協力を求めた。しかしFIFAは即時に拒否した。彼女の研究が公開された翌日、FIFAの広報担当者は同研究を”確定的でない”とし、フランス通信社に対し「サッカーは、脳や頭部に損傷を負いやすいハイリスクなスポーツには属さない。我々が認識する限り、サッカーにおけるヘディングや脳震盪にまでは至らない程度の衝撃が悪影響を及ぼすとする確固とした証拠は、今のところない」と述べた。

FIFAによる同様の見解は、ローリングストーン誌へのメールでも繰り返された。「FIFAは、頭部および脳への損傷に関する問題について真剣に取り組んでいる」とFIFAの広報担当は言う。「我々が認識する限り、サッカーにおけるヘディングや脳震盪にまでは至らない程度の衝撃が悪影響を及ぼすとする確固とした証拠は、今のところない。現役および引退したプロサッカー選手に対する脳機能の研究結果は、確定的なものではない」

恐らく聞き覚えがあるかもしれないが、NFLも数年に渡り同様の主張を続けていた。その後、科学界、選手や社会から声が上がり、大規模な集団訴訟も起こされたことにより、NFLの主張が危うくなった。結局2016年3月、NFLの医療部門責任者は、アメリカンフットボールがCTEのリスクを高めると、公に認めざるを得なかった。

FIFAは、世界的なサッカーの普及活動のための資金調達により力を入れてきた。FIFAの積立金は2004年以降5倍に膨れ上がり、W杯も20億ドル(約2260億円)規模となり、世界で最も儲かるイベントになった。

同時に、頭部損傷や脳疾患に対する選手や社会からの関心も高まってきた。2002年、イングランドの伝説的フォワードだったジェフ・アストル(享年59)の死因が、サッカーのヘディングに関係するという検死結果に注目が集まった。アストルは、1966年の地元開催のワールドカップで活躍した選手で、キックよりもヘディングによるゴールの方が多かったことで有名だ。彼の死を受けて娘のドーンは、頭部損傷に関する彼の名を冠した団体を設立した。前出のトゥウェルマンら同様、彼女もFIFAの沈黙の壁に突き当たっている。



FAカップの第6ラウンドの試合中、リヴァプールのゴールキーパー、トミー・ローレンスとボールを争うウェスト・ブロムウィッチ・アルビオンFCのCFジェフ・アストル(ウェスト・ブロムウィッチ、1968)

「FIFAから私に対してCTEに関するコメントをもらう必要はありません」とドーン・アストルは言う。「国の検視官が、父の死因はサッカーで繰り返しヘディングしたことによる職業病だと結論付けたのです。それは父の死亡診断書に明記されています」

さらに彼女は、「私はFIFAを完全には信用できません。腐敗した組織です。FIFAは世界レベルの機関および規定者として独立した存在であるべきです。サッカー界がサッカー界を監視していてはいけません」と続けた。


FIFAが独立した機関であるべきと主張するのは、アストルだけではない。FIFAで元セキュリティ部門幹部を務めたクリス・イートンも、その中のひとりだ。彼は、2011年に実施された、サッカー界にはびこる買収や八百長に対する大々的な摘発を中心となって推進した人物だ。

「ビジネス主体の他の業界同様、国際サッカーも外部から監査されるべきだ」とイートンは言う。「FIFAが、脆弱な競技者の健康や安心・安全を犠牲にして、ビジネスの拡大に注力していることは嘆かわしい」

NFL同様FIFAも、脳を心配した現役選手たちの早期引退の現実に直面しはじめている。2017年9月、元アイルランド代表のフォワード選手ケヴィン・ドイルは、医者からの勧めにより引退した。彼は絶えず頭痛に悩まされていたが、彼自身は長年に渡るヘディングによるものと考えている。また、サッカーの主要メディアやウェブサイト上にも、大胆なルール改正を求める怒りの声が寄せられ、議論が巻き起こっている。人気の高いオンライン・サッカー・マガジンGoal.comの支局長ピーター・ストーントンは、Acta Neuropathologica誌に掲載されたCTE研究を受け、サッカーにおけるヘディングの禁止を訴えている。

「ヘディングを禁じることで、頭部に対する脳震盪に至る手前程度の衝撃を受ける回数を減らすことができ、致命的な脳損傷のリスクを最小限に抑えられる」とストーントンは書いている。「ヘディングを禁止することでサッカーがどのように変わろうが、今重要なことは、悲劇的なことが起きてからの対応では遅いということだ。昏睡状態、永久的な植物状態、脳死状態など、何が起きたら対応するのか? 選手の脚を守るために後方からのタックルを禁じることができたのだから、選手の脳を守るために、空中における事実上のタックルも禁止できるだろう。きっと50年後には、なぜこんなことを長い間許してきたのだろうか、と思い返すだろう」


テキサス州フリスコで行われたMLSの試合後半、ボールをヘディングで競り合うヴィクター・ウリョアとコロラド・ラピッズのケヴィン・ドイル(右)

選手組合からの強い要求もあり、改善策を立てながら脳に関する調査も進め始めたサッカー協会もある。オランダとイギリスのサッカー協会は最近、長期に渡るヘディングの与える影響に関する研究を始めた。プロ・ラグビーの例に倣えば、サッカーも研究結果を受けてルールを改正することになるだろう。

「国際ラグビー界は、CTEにつながる大きな危険性を伴う脳震盪やそれに至る寸前の衝突等、全般的な脳損傷を減らす対策に関しては最先端を行っている」と脳震盪レガシー財団の共同設立者で医療部門の幹部を務めるロバート・キャントゥ博士は言う。「一方でFIFAは、10年前のNFLを思い起こさせる」

FIFProの医療部門責任者Vincent Gouttebargeは、2018年がFIFAにとってついにアクションを起こす年であって欲しいと、かすかに願っている。FIFProは最近、FIFAとの6年契約を締結した。契約に基づき、健康と安全に関する問題等を話し合う場も設けられる。第1回目の会合は2018年後半に行われる予定で、Gouttebargeは、話し合いを新たな段階へ進めたいと目論んでいる。

「理想としては、FIFA、クラブ、選手という3者の全ステークホルダーが協力しあい、短期および長期的に選手の健康を守るべきだ」とGouttebargeは言う。「精神的或いは身体的な健康問題を抱える元選手も多い。以前のFIFAは我々との協力に消極的だったが、CTEに関する研究結果が確定的なものとなれば、両者の責務はクラブのオーナーでなく、選手たちへ向けられる」

一方でドーン・アストルは、サッカー界を牛耳る悪名高き腐敗組織からの激しい抵抗を予想し、準備を始めている。

「選手たちが亡くなっているのにFIFAは気にも留めていません」と彼女は言う。「何十億ポンドのビジネスを守ろうとする姿勢は、重大な犯罪的過失です。FIFAも、サッカーが殺人者だとは誰にも思って欲しくないはずです。でも実態は違うのです」