魑魅魍魎のジョニー・デップ裁判、本人が内情を明かした密着ルポ

数百万ドルの訴訟、アルコールと大麻による朦朧とした意識、大失敗の結婚、手放せない贅沢なライフスタイル。全世界が注目するジョニー・デップの裁判の内情を、本人が語り、関係者が語った。米ローリングストーン誌の記者が、英国ロンドンのデップの自宅で行なった、数日間にわたる密着ルポの完全翻訳を掲載する。ジョニー・デップの今がここにあるーーー。

ジョニー・デップは、アメリカにはいない。しかし、英国ロンドンのハイゲート地区のビショップウッドロード16にある10,500平方フィート(約795平方メートル)の豪邸ではデップの存在を至るところで感じる。

デップ専属シェフのラッセルが北京ダックを作っている姿にデップの存在を感じる。客室のバスルームのシンクの横に置かれた葉巻サイズのジョイントにデップの存在を感じる。ゴブレットに無造作に注がれるワインを保管する満杯のワインセラーにデップの存在を感じる。そして、階段の横にある未完成の絵画にデップを感じる。この絵には黒く焼け焦げている家、子供時代のジョニー、彼の母ベティ・スーの面影を持つ怒れる女性が描かれている。

そして、実物の彼がここにやってきた。彼は居間にいて、登場の歌をささやくように歌っている。「僕の愛しき人、僕の愛しき人、クレメンタイン。君はもういない、永遠に去ってしまった。僕の愛しき人、クレメンタイン」と。

デップはときどき参加しているバンド、ハリウッド・ヴァンパイアーズの写真撮影から戻ってきた。バンドメイトはアリス・クーパーとジョー・ペリー。デップの後ろから弁護士のアダム・ワルドマンが歩いてくる。デップは40年代のギャングのような出で立ちだ。真っ黒な髪を後ろになでつけ、ピンストライプ柄、サスペンダー、スパッツ(男性のフォーマル用のフットウェア)を身につけている。彼の顔はむくんでいるが、彼の茶色の眼はいつものようにまっすぐ前を見据えている。35年に渡るキャリアの中で、その眼は素晴らしい瞬間と危険な瞬間を交互に見てきた。現在のデップの色気と気品を感じさせる眼差しは、晩年のマーロン・ブランドのそれを思い起こさせる。これは偶然ではない。デップは敬愛する伝説たちを真似ながら人生を築き上げてきたのだから。ブランドのように島を買い、ハンター・S・トンプソンのようにクアールード(鎮静剤・催眠剤)のエキスパートになった。

「やあ、ジョニーだ。初めまして」

彼は右手を出してきた。彼の指のタトゥーは前妻アンバー・ハードを意味した「slim」から「scum」(※クズの意味)に書き換えられている。

「君は真実を聞きたくてここに来たわけだよね?」と、ラッセルが渡すヴィンテージ赤ワインの入ったグラスを受け取りながらデップが聞いて、「裏切りだらけだよ」と続けた。

私たちはパッタイ、北京ダック、ジンジャーブレッド、各種ベリーの食事が用意されたダイニングルームに移動した。デップはテーブルの上座に腰を下ろし、巻き煙草用の紙を持ち、刻みたばこと大麻に手を伸ばし、私に「いいか?」と聞いた。もちろん、いいと答えたが、彼は一瞬動きをとめて「まずはワインを飲もう」と言った。

このあと、これが72時間続くことになる。

彼からのメッセージの意味がはっきりするまで1ヶ月かかり、その間に交わされたメールの数は約200通。「ロンドンに来てくれ」の言葉と共に、彼は空っぽになった自分の銀行口座について、心のうちを打ち明けたいと伝えてきた。

デップが主演したすべての映画の収益は36億ドル(約3,950億円)で、彼が得た収益総額は推定で6億5千万ドル(約713億円)だ。それがほとんど消えてしまったのである。デップは、長年仕事をしてきたマネージャーのジョエル・マンデルとその兄弟のロバート・マンデルが経営するザ・マネージメント・グループ(TMG)を告訴する予定だ。罪状は、職務怠慢、受託者義務違反、詐欺。また、この訴訟では、デップ自身に一切通知されずに姉クリスティへ渡された700万ドル(約7億7千万円)とデップのアシスタントのネイサン・ホームスへの75万ドル(約8200万円)、さらにデップがアメリカ国税庁に支払った560万ドル(約6億1500万円)以上の延滞金についても明らかにすると言う(デップの怒りの矛先は彼の金庫番だったジョエルに向けられている)。追加の罪状として、TMGはデップの財産を勝手に同社への投資し、利益なく返金したという利益相反もある。この訴訟でTGMへ請求される賠償金額は2500万ドル(約27億円)。これはTMGが仕事の対価という名目で違法に受け取った何千万ドルと裁判所がデップに損害を与えたと認める追加の罪状に対する損害賠償だ。

マンデル兄弟はすべての不正行為を断固として否定しており、デップがTMGと口頭で交わした契約を破ったとして、デップを逆告訴する予定だ。この訴訟によってデップが1ヶ月に200万ドル(約2億1900万円)を使う浪費依存症(※買い物依存症とも言う)が明らかになる。彼は、例えば「ワインは買った直後に飲んでしまっては投資にならない」というような上手い言い訳を言うらしい。TMGの逆告訴状によると、デップはTMGに対して「継続的に悪意のある嘘の申し立てを巧みにでっち上げた」ということだ。その理由は、デップがTMGに対して4200万ドル(約4億6000万円)の未払い貸付金があるため、TMGがデップの財産の一部を差し押さえる申し立てを行ったからのようだ。


この1年半以上、デップに関するニュースはほとんどが悪いものだった。困難な経済状態に加え、セリフを覚えられないデップにイヤーピースを通してセリフを教えなければならなかったという報道もあった。彼は長年頼ってきた弁護士とエージェントと手を切ることになり、一人ぼっちになってしまった。タブロイド紙にさんざん叩かれた女優アンバー・ハードとの離婚も成立したが、その前に世間が思わず納得してしまった身体的虐待の疑いが持ち上がったのである。もちろん、デップはこの疑いは嘘だと必死に訴えている。デップの側近たちはハードと結婚しないように、結婚するならプレナップ(婚前契約書)を作ることを懇願したが、彼は愛する側近たちの助言をことごとく無視した。また、彼が気晴らしでやっているドラッグとアルコールが彼の身体を不自由にしているという噂も流れたのだった。

私がロンドンに滞在している間のデップは、愉快と狡猾と支離滅裂を行ったり来たりしていた。1日が始まるのは日没後で、そこから日の出まで続く。彼の表情には怯えてやつれた風情が漂っていた。街に繰り出そうと話はするものの、一度も家から出ることはなかった。彼が発する言葉が繰り返し奇妙な状況を繰り広げるたびに、彼が映画『アリス・イン・ワンダーランド/不思議の国のアリス』で演じた帽子屋マッドハッターのセリフ「発狂しちまったかな?」を私は思い出していた。


1997年の監督主演映画『ブレイブ』のセットにて。

彼が最も親しい親友はワルドマンのようだ。弁護士の彼とは2年ほど前に知り合ったと言う。49歳のワルドマンはシワのない顔で薄茶色の髪の毛をし、デザイナーものの黒のレザージャケットを着込んでいる。その声は心地よく、彼の声で言われたら鳥インフルエンザですら仕方のないことと思ってしまうほどだ。彼は「世界で一番のフェイスドクターと結婚している」と私に教えてくれた。

デップは現在自分が置かれている窮地に対する自己矛盾に気付いていないように見える。ワルドマンは、自分たちは浪費された財産の残りカスを求めて小競り合いしているハイエナではなく、ハリウッドに戦いを挑んでいる自由の戦士だとデップを説得したようだ。

滞在中にデップは自分が描いたアート作品を見せてくれた。疲れ切ったドリアン・グレイのように見えるデップに私は驚いた。「ジョニーが70歳と80歳でジャック・スパロウを演じるのを想像しているの」と、彼の友人ペネロペ・クルスが私に言った。「きっと前と同じくらい魅力的で、素晴らしいはずよ」と。しかし、魅力的だった28歳の彼はドラックをやり、米ロサンゼルスにあったアトランティック・レコードの上階の足場を走り回っていた。あのときの魅力は54歳の彼にとっては拷問のように思える。(クルスとのこの会話は、ロンドンのレストランで彼女とステラ・マッカートニーと一緒に食事をしていたデップが、自力で歯を抜こうとした話題で終わった。)

きっと、永遠のピーターパンであることがスクリーン上のデップの魅力のカギなのだろう。しかし時は過ぎた。少年らしい無頓着さは子供心を忘れない年配の男へと変化した。相変わらずカリスマ性を持っているが、それが見えるのはほんの一瞬だ。最近の彼の人生が晩年のエルヴィス・プレスリーの完璧なコピーでないとするなら、できの良い複写と言えるだろう。

デップとトム・ペティは長い間友情を育んでいて、ペティの死はデップに大きな打撃を与えた。「俺たちは互いに電話し合って『なあ、まだタバコ吸ってるか?』って聞いたものだよ」とデップが思い出を話した。「トムは『ああ、今でも吸ってる』と言うと、俺は『トムもまだ吸っているなら、俺も吸ってもいいな』って思って気分が良くなったよ」と。

これを言った直後、デップは静かになった。たぶん、今自分が言った言葉の悲しさに気付いたのだろう。目をこすって「あいつが大好きだった」と呟いた。

この2人の親友たちが共有していたのはニコチン中毒だけではなかった。二人とも、ロッカーとして成功するためにフロリダからロサンゼルスのウィスキー・タンゴにやってきた(ペティの「Into the Great Wide Open」のMVでデップが完璧に演じていた)。ロサンゼルスで知り合った飲み仲間のニコラス・ケイジが演技で金が稼げると教えたことがきっかけで、デップは進む道を変えた。そして1987年のドラマ『21ジャンプ・ストリート』で演じた高校生の麻薬捜査官役でブレイクする。


夕食を食べていたとき、収入が安定してきたときに最初に買った大きな買い物は何だったかを彼に聞いてみた。彼はジョイントを紙で巻いて、最初に私、次にワルドマンに渡して言った。自分の母親の家だった、と。そして、フェラーリじゃなかった、と。

「俺の母親はケンタッキー東部のクソ田舎で生まれて、12歳でフェノバルビタール中毒だったのさ」とデップ。

デップは4人兄弟の末っ子として育ち、母親ベティ・スーに育てられた。彼の父親は土木技師だったが、ほとんど家にいなかった。デップの家族は最初ケンタッキーで暮らし、のちにフロリダへ引っ越したが、デップによると引っ越した回数は40回を下らないらしい。彼の母親は手当たり次第何でも投げつけたが、それでも彼にとっては母親だった。「ああ、訳もわからず殴られたこともあるし、灰皿が飛んできたこともある。電話で打たれたこともあったかな」と言って、デップが一瞬静かになった。そして「あの家は廃屋だった。誰も一言も話さなかった。子供の頃の俺が他人に対して思ったことは、特に女の人に対しては『俺なら治せる』しかなかったよ」と続けた。

デップが一番覚えているのは、ウェイトレス仕事のダブルシフトを終えて帰宅した母親の姿だと言う。母親がチップの小銭を数えている間、デップは彼女の足をさすっていた。彼は最初に大金が入ったとき、ケンタッキー州レキシントン郊外に小さは馬牧場を母親にプレゼントした。

「ベティ・スー、俺はあんたを崇拝していたぜ」とデップがおどけて言ったが、すぐに微笑みは消えた。「運転しているときの母親は本当にひどかった」と言って、2016年の母親の葬式で言った言葉を私に教えてくれた。「俺の母親は今まで会った中で一番卑劣な人間だったと思う」と。

母親に家を買ったあと、デップは自分へのご褒美として1940年のハーレー・ダビッドソンを購入した。これは今でも持っている。1986年から2006年まで、彼が出演した映画は32本。それこそ、その後生涯のコラボレーションとなるティム・バートンの『シザーハンズ』から、高評価を得た『フェイク』での潜入捜査員まで、一世代に一人いるかいないかの幅の広い役柄を演じた俳優と言えるだろう。

そうやってキャリアを積む過程で、デップは大げさな人生が習い性となった。1990年代初頭にはロサンゼルスのナイトクラブ「ザ・ヴァイパー・ルーム」を買った。かつて、ギャングのベンジャミン・シーゲルが足繁く通った古い酒場を、デップは小さなロッククラブに改装し、ガンズ・アンド・ローゼスからジョニー・キャッシュまであらゆるロック・ミュージシャンが出演する場所にした。このクラブでドラッグの過剰摂取で死んだのがデップの友人だったリバー・フェニックスで、デップはこの事件を何とか耐え忍んだ。このとき、デップがスーパーで売っている雑誌にドラッグを忍ばせてフェニックスに届けたという噂が流れた。「そんな噂の中で生きる気持ちを考えてみてくれ」と言ったデップの目が曇った。

デップは熱血漢のハリウッド・ヒーローになることを嫌った。『エド・ウッド』の主役を演じたときにアドバイザーの一人がデップに叫んだと言う。

「その男は俺にこう言ったよ、『ジョニー、服装倒錯のD級映画の監督の白黒映画を作っているじゃない。女とヤリまくって、銃を持ち歩く映画だ。だから女とヤッて、銃を持ち歩かなきゃダメだ』ってね」。


姉クリスティに支払われた合計700万ドル(約7億7千万円)も訴訟の一部に組み込まれた。

デップのビジネスで唯一普遍の人物が姉のクリスティで、彼女がデップの日常を管理していた(彼女に何度もコメントを依頼したのだが、一度も返事がなかった)。1999年、当時彼が所属していたマネージメント会社では激増した彼の財務管理が難しくなり、大きな会社に移らざるを得なかったのである。その頃のデップは彼が「ドラキュラの城」と名付けたサンセットブルバードにある8000平方フィート(約743平方メートル)の豪邸に引っ越していた。ある日、彼は財務管理者たちを面接することにした。その日の最後の面接が、すでにTMGを経営していたロバートとジョエルのマンデル兄弟だった。デップは会った途端にジョエルに親近感を覚えたと言う。ジョエルはアウシュヴィッツを生き延びた家族の末っ子で、デップはウマが合うと直感したのである。「彼は精神的に参っていたよ」とデップ。「とても優しくて、とても壊れていた」と(TMGはデップのこの表現を認めていない)。

そこで私はデップに聞いてみた、「壊れたおもちゃ」と表現できるような人間に金の管理を任せた理由は何かと。デップの答えは、家族的な感覚を持ったから、だった。「俺をよく観察するとわかるけど、俺の性格のさまざまな側面に共通しているのが間違いや失敗で、俺も壊れているんだよ」。

もっと深く追求しようと試みたが、デップに落ち着きがなくなった。このマンションは不気味なほど静まり返っている。今、朝方の3時か4時頃だろうか。デップのシェフも警備員も全員いなくなった。そんな時間にもかかわらず、デップの頭は宇宙空間で飛び回るボールのように、人生のある場面をランダムに思い出しては話し続けている。次に彼が話し始めたことは、去年グラストンベリーで起きた出来事だった。そこで、たぶん酔っ払っていたデップが「ここにトランプを連れて来られないか?」とMCをして、「最後に俳優が大統領を暗殺したのっていつだっけ?」と続けたのだ。このコメントでデップはメディアからバッシングを受けたのである。「トランプは五番街で人を殺すこともできると言って暗殺とトランプを結びつけようとしたんだけど、上手く言えなかったんだよ」と、肩をすくめながらデップが説明した。


彼は居間のソファーに移動して、テレビのスイッチを入れた。おくればせながら1970年代に人生の全盛期を迎えた美食たちに対して、デップは強迫観念と紙一重の愛着を持っている。つまり、マーロン・ブランド、ハンター・S・トンプソン、ドン・リックルズなどだ。「リックルズは最高に勇敢なコメディアンだった。彼は何でも言った」とデップ。その証拠と言わんばかりに、デップは『The Dean Martin Celebrity Roast』に出演したリックルズのビデオを見つけて、ボクサーのシュガー・レイ・ロビンソンの話を始めた。「俺はシュガー・レイ・ロビンソンに感謝したい。だってロッキー・グラジアノに『なあ、ベイビー、お前は俺を痛めつけているぜ』って言ったんだから。シュガー・レイは偉大なシャンピオンだったのに、だよ。シュガー、あんたに直接話してほしいけど、黒人って口が固いからな」。

「まったく」とワルドマンが呟いた。

デップは、攻撃しているわけじゃなくて心臓が強いだけだ、と強調した。私は「どうなんだろうね」と口ごもるしかできなかった。しかし、デップはそんなことはお構いなしで、自分を愉快な男と信じている。そして、初期の『パイレーツ・オブ・カリビアン』作品で、スパロウが海岸に打ち上げられたときに、口ごもりながら支離滅裂な罵り言葉を言った様子を教えてくれた。

「俺は『ダーティー・サンチェス』って言ったんだ」とデップ。これは不快な性行為を表わすスラングだ。「DVD化する前にその部分はカットされていたよ」。

デップのスパロウへの愛着は半端ない。デップのアイドルであるキース・リチャーズがモチーフのキャラクターだ。彼はスパロウというキャラクターを守るためにディズニーの脚本家たちと何度も戦ったと教えてくれた。

「どうしてあんなにも凶悪なわき筋が必要なのか知っているか?」とデップが聞いて、自分で答えた。「屈折しているんだよ。ジャック・スパロウ船長が悲しむのを見たい観客はゼロさ」と。


2010年、デップのアイドル、キース・リチャーズと。

デップがニュースを観ていると、ハーヴェイ・ワインスタインの報道が始まった。彼は首を振って、ワインスタインをろくでなしと呼んだ。彼が主演した『デッドマン』の最後のシーンは契約書によって無理やりカットされるはずだったが、監督のジム・ジャームッシュがそれを断固拒否したために、ワインスタインがこの映画をお蔵入りにしたことがその理由だ。「あの男は威張り散らしていた」とデップ。「やつの女房を見たことがあるか? 近視眼的というか何というか。あの男は『ポコノの山奥に入って背中に毛があるオンナを見つけなきゃ』なんて面白みも余裕もなかったってことだな」と続けた。

そして、再び話を中断して、自分の優しさを確認するために、今言った発言を反すうし始めた。デップはワインスタインに付き添って、彼の娘を学校に迎えに行った話を始めた。デップはワインスタインが娘を本当に愛しているのがわかった、と。「あのゴリアテのシュレックみたいな大男が、あのハーヴェイ・ワインスタインが、娘にレインコートを着せようと腰を曲げた、あの光景には息が止まりそうになったよ」。

外はロンドンの闇が夜明け前の薄暮れに変わり始めていた。デップ以外は全員疲れ果てていた。デップは数分間、席を外してから、元気に戻ってきた。そして自分が出演している友人のマリリン・マンソンの「KILL4ME」のビデオを見なきゃダメだと宣言した。このビデオでデップは裸同然の女性たちと卑猥なポーズをとっている。テレビのボリュームをあげて、インダストリアルなギターの音に負けじと「マリリンは最高だ。すごく仲良しなんだ。俺の娘とバービー人形で遊んでくれたしな」と叫んだ。ワルドマンはマンソンのビデオに苦痛の唸り声を発し、ソファーの上の装飾用クッションで顔を隠した。そんなことはお構いなしで、デップは画面のボリューム表示が99になるまで音量をあげたのである。

時差ボケの私はデップに少し眠らないと無理だと伝えた。デップはがっかりした表情を浮かべたが、すぐに暗い廊下に私を連れ出して、何度も角を曲がった。寝不足でぼーっとした頭で私は「もうすぐ寝落ちするかも」と考えていたら、扉が開いて、外科手術用のマスクを付けた大男が突然現れて、私は思わず叫び声をあげた。

「何だよ!」

デップが笑う。

「あれは警備員の一人さ。風邪をひいているんだよ。君が安全に出られるようにしただけだ」と言って、私を軽くハグして言った。

「不正は明日話そう」


2017年、ロンドンでマリリン・マンソンと共演。


ローリングストーン誌に最初に連絡してきたのは、彼の担当弁護士アダム・ワルドマンだった。デップの評判を落とした不正とその結果について記事を書かないか、と。ワルドマンはハリウッド・リポーターのデップに対するアンチ記事を指摘した。この記事では、デップに何度も財政的危険を忠告した人物としてメンデル兄弟を好意的に扱っている。TMGの発言は一切書かれていないが、ワルドマンはこの記事に彼らの意向が著しく反映されていると見抜いたのだ。

ワルドマンは、長年デップのパブリシストを努めた厄介なロビン・バウムの関与なしでこの状況をうまく切り抜けたいと明言した。私はこの一件について調査を始め、ワルドマンの言葉の信憑性を探った。彼がシェールの弁護士だったときの小ネタ記事があり、シェールは彼の娘ペッパーの名付け親だと記載されていた。しかし、最初に見つけた大きなネタがビジネスインサイダーの「プーチンの代理人として活動しているアメリカの会社重役たち」だった。この代理人リストにワルドマンが入っていたのである。そしてこの記事には、ロシアの新興財閥ロシア・アルミニウムの社長でロシアの大統領と強いコネクションを持つオレグ・デリパスカへワルドマンが提供している仕事の内容が事細かに書かれていた。

ビジネスインサイダーによると、ワルドマンはデリパスカの代理人の報酬として230万ドル(約2億5千万円)以上を受け取っているらしい。一方、デリパスカはトランプの選挙キャンペーン絡みのロシア疑惑の端役として名前が報じられている。ワシントン・ポスト紙が報じたところによると、当時の選挙キャンペーンの責任者ポール・マナフォートが、共和党全国大会の直前にデリパスカにキャンペーンに関する個人的なブリーフィングを提案したと言う。ワルドマンはプーチン・トランプのイカれたスクリプトにカメオ出演していたことになる。2月にトランプ自身がお得意のツイートで、相手の名前は出さなかったが、トランプ寄りのライター、クリストファー・スティールと民主党上院議員マーク・ワーナーの会合を邪魔したとして、”彼”を非難している。そして4月には、デリパスカはトランプ政権の制裁対象リストに入れられ、デリパスカが所有している企業のアメリカ国内での活動が著しく困難になった。

ワルドマンがデップ陣営に加わったのは2016年10月。ワルドマンのクライアントの一人からデップが助けを必要としていると聞いたとのことだ。その直前に、TMGが同社への500万ドル(約555億円)の借金が返済されていないとして、デップのロサンゼルスの自宅の抵当権実行通知を送っていた。TMGは公にされない司法外の差し押さえ通知としてこれを申し立てた。この時点でデップの財政状況は公にはなっていなかった。

ワルドマンはそれを変えようとしていた。ロサンゼルス市内のベルエアにあるエド・ホワイトの自宅で行われた夕食会にワルドマンも参加した。エド・ホワイトはデップの新しい会計士である。ワルドマンが言うには、ホワイトはTMGがデップの収支計算書をしっかりと処理していなかったと確信していた。その状況の詳細を確認後、ワルドマンはどんな状況か捜査すると彼らに伝えた。

ワルドマンとデップは急速に接近し、親友となった。マンデル側のデップの友人を発見すると、ワルドマンはデップに電話して「テッシオ」と言って忠告していた。これは映画『ゴッドファーザー』でエイブ・ヴィゴダが演じたコルレオーネを裏切る役の名前で、デップはすぐに意味を理解し、「テッシオなんてクソ食らえ」と返事したと言う。

それから2ヶ月後、ワルドマンの助言に従ってデップはマンデル兄弟を告訴した。この訴状によると、デップには月間収支報告書が渡されず、商取引を許可する署名ページだけ見せられることがほとんどだった。そして、デップの姉クリスティに無断で渡された700万ドル(約7億7千万円)に加え、13年間連続でデップの税金支払いを遅らせたTMGが、アメリカ国税局がデップに追徴課税600万ドル(約6億6千万円)を課す原因となったことも申し立てられている。さらに、TMGは自身の不始末を補填するためにデップ名義で3400万ドル(約37億7000万円)を借入し、2014年にデップの長年の弁護士ジェイク・ブルームが推進した10%という高金利のハードマネーローン(不動産を担保に投資家から借金すること)で1,250万ドル(13億8700万円)を借入したことが最後の一撃となった。このローン契約では、クリスティ、ブルーム、マンデル兄弟の手数料はローン返済の前に支払われることになっていて、これはデップに対して支払われる『パイレーツ・オブ・カリビアン』の再使用料がデップの手に渡る前に全額消えるということだった(のちにデップはブルームを相手取って訴訟をおこしている)。ブルームとグロスヴェナーの間にはその前から取引があったため、デップの弁護団はグロスヴェナー・パークという金融会社を通してのハードマネーローンは違法な内部取引だと主張している。デップによると、1250万ドルのうちの120万ドルは借入契約が交わされる前にブルーム、グロスヴェナー、TMGの3者で分配されたと言う。

デップとワルドマンはこの訴訟がハリウッドを激変させると確信している。彼らの訴訟はホームランを狙ったリスクの高いものではあるが、TMGの5%のコミッション料は不正行為のため、それで得た2500万ドル以上の収益をデップに返済すべきと主張している。不正とする根拠はいくつもあるが、TMGは財務管理者としてのみならず、弁護士としての業務も行っていたため、本来であれば映画ごとにデップと契約を交わす必要があったとデップ側は主張しているのである(ブルームに対しても同様の訴訟をおこしたが、ブルームはすべての申し立てを否定する対抗訴訟をおこした)。映画ごとの契約がなされなかったため、デップ側の訴状にはデップはコミッション料の何百万ドルを取り戻す権利があると記されている。一方、TMGの対抗訴訟では、これはデップが行った最も馬鹿げた訴訟の一つと指摘し、デップには定額契約している高価なハリウッド弁護士であるブルームとマーティー・シンガーがいるのだから、自分たちが弁護士的な役割など一切していないと主張している。


ワルドマンは、これがカリフォルニア州法第4章6147項に違反していと主張し、デップがそれに続く。ワルドマンの話によると、最初にTMGに連絡をとったとき、ジョエル・マンデルがデップの経済状態はすべて「ハリウッド・マス」が原因だとモゴモゴと言い続けたらしい。つまりデップは自分が作ったと信じ込んでいる金額を使うのだが、そこから税金、エージェントやマネージャーの給料などが引かれることを一切理解していないというのだ(TMGはこの会話が行われた事実はないと主張している。)。

ワルドマンは自分をデップの復讐者と呼んでいる。「誰もハリウッドの怪物に挑戦しないし、誰も生き残れない。みんな、怖がっているだけだ。でもジョニーは違う」とワルドマンが言う。

マンデル側は、デップの訴訟に関して最初に知ったのは、あるレポーターがコメントをくれと連絡してきたときだったと述べた。これはかなり稀なケースと言える。というのも、訴訟をおこすときには、告訴する前に相手に通知するのが法曹界の常識なのだ。

告訴してから数日後、法律事務所マナット、フェルプス&フィリップスの会議室で和解交渉の会合を持った。この法律事務所はデップの訴訟当事者の一人ベン・チューが勤務している事務所だ。ワルドマンはヨーロッパから電話で参加し、チューはワシントンからビデオで参加した。

マンデル側にしてみれば、そんな会合が招集された理由が不透明だった。つまり、ワルドマンが和解を望んでいるのであれば、告訴する前に和解交渉を求めてくるのが普通だからだ。最終的にマンデルから話を聞くことができた。

「調査がなっていない」と彼が言い、最初の申請書の間違いを指摘した。その中にはデップの財務を担当していたのが公認会計士のタマゴだったという主張が含まれているか、マンデルによると30年の実績を持つ会計士が行っていたらしい。

「事実はそこにある。書類を読んだらわかる。それに対する反応を歓迎する」と、ワルドマンがミュンヘンからの電話で彼らに伝えたと教えてくれた。

和解交渉の会議でマンデルが負けたと、会議に同席した二人の人間が言った。

「君は私から満百万ドルも奪った。今度は私の番だ。これからジョニーを破滅させる。すべてが明らかになる」と、マンデルが言ったらしいのだ(マンデルも彼の弁護士マイケル・カンプもマンデルがそのような発言をしていないと主張している)。

マンデルたちは立ち上がって会議室を去ったが、廊下でワルドマンの声を聞いたと言う。そのとき、ワルドマンは自分のスタッフに訴状を細かく調査したかと質問していたらしい。

このような不正行為をどう思うかとデップに聞くと、彼は肩をすくめてこう言った。「俺の役割はほんの些細なもので、全体像は映画の『マトリックス』みたいなもんだよ。俺はあの映画も見ていないし、スクリプトも理解していなかったけど、同じことが目の前で起きているってわけだ」と。


デップが『ラスベガスをやっつけろ』に主演する前年の1997年にハンター・S・トンプソンと。

2017年の夏、TMGはデップを相手取り水素爆弾クラスの対抗訴訟をおこした。訴状でデップは自制心が皆無の甘やかされた子供と表現されている。マンデルの弁護士カンプは、TMGが他のクライアントから訴訟をおこされたことは一度もなく、「デップは生活を維持するために月額200万ドル以上必要な激しい浪費生活を続けていたが、彼にはそんな生活を維持する金銭的余裕はなかった」と訴状に記している。また、姉クリスティや他の友人と家族にデップ自身が何万ドルと与えていて、彼自身がそういう状況すべてを理解しており、それでも彼の財産に群がる人間を雇用していたとも書かれている。

カンプが主張している点は、長年の私設弁護士であるブルームに加えて「デップはお抱え弁護士団に何百万ドルと支払って膨大な数の法的危機から救い出してもらい、口止め料を払っていた」ことだ。彼らの申し立ての中には弱みにつけ込んだ卑劣なものもある。TMGは口止め料に関する詳細も、法的危機の詳細も明らかにしていない。デップの税金はどうだろうか。彼らの言い分は、デップが慢性的に現金を持っていなかったので支払いが遅れた、だ。

TMGがリストアップした買い物一覧を見ると、まるでデップが10歳前後の多動症候群の子供に財布を渡したかのようだ。14軒の住居で7,500万ドル。仲間のハンター・S・トンプソンの遺灰を大砲で空に打ち上げるのに300万ドル。リアリティ番組『カーダシアン家のお騒がせセレブライフ』のセットで使用したカウチを娘のために買ったときに使ったのがたった7000ドル。70数本のギター、バスキアやウォーホールなどのアート作品200点を購入し、45台の高級車を所有し、個人的な旅行費として毎月20万ドル費やしていた。

次にもっと個人的な目的での経費も書かれている。訴状によると、デップはサウンド・エンジニアにスタッフとして雇っていた。このサウンド・エンジニアは撮影中にイヤーピースを通してデップにセリフを教えるのが仕事で、デップもこれを否定していない。耳からセリフが聞こえるので、目の演技に集中できるとすら言っている。

「バグパイプ、赤ん坊の泣き声、爆弾が炸裂していた」とデップ。「それが真実だ。俺のヒーローたちの何人かは無声映画に出演していたんだよ」と私に言いながら、デップがタバコに火をつけた。そして「目の奥に神経を集中しないとダメだった。そのときの俺の感情は……目の奥に真実がなければどんな言葉も意味がない」と続けた。

しかし、その言葉がハリウッドの記念品、特にブランドとマリリン・モンロー関連の品々を保管する倉庫が12ヶ所もある説明にはなっていない。マンデルの主張では、デップは呼べばすぐに応じる医者を確保するために120万ドル、24時間セキュリティに年間180万ドルを費やしていて、これは彼の母にも適用されていたと言う。(デップに母親のセキュリティが必要だった理由をたずねると、デップは母親に救急車が必要な状況に備えてだったと答えたと、彼の関係者が教えてくれた。TMGは看護師を雇うほうが安いとデップを説得したが、デップは納得しなかったらしい。) 弁護士のカンプはデップの問題の原因は精神的なものだと提示した。「過去を思い返してみると、デップは買い物依存症に冒されていた可能性があり、この訴訟を通してデップの精神鑑定を行うとはっきりするだろう」と言っている。


ロンドンに話を戻そう。私はワルドマンと一緒に数時間かけてこのケースの不明点を見直していた。すでに日没後のそのとき、デップが登場した。実はこの滞在中、昼間に彼を見たことは一度もなかった。デップはパイレーツ風ホームレスの衣装を着て登場。ボロボロのジーンズに、ハンカチーフの飾りのついたオーバーサイズの白いシャツという出で立ち。彼のムードは感傷的と横柄さが半々というところだ。

TMGが誤解している点がいくつかあるとデップが主張している。例えば、毎月ワイン代として3万ドル使っていたとマンデル兄弟が主張していること。

「ワイン代が3万ドルなんて、俺にとっちゃ屈辱的だよ」とデップ。「だってそんな小額じゃなかったから」。

デップは、TMGのハンター・S・トンプソンの遺灰を大砲で飛ばした話も間違っていると言う。「それに、ハンターを空に飛ばした代金は300万ドルじゃない」とデップ。「あれは500万ドルだったぜ」。

デップが詳細を教えてくれた。彼はロケットで飛ばす代金が跳ね上がったのは、自由の女神の93メートルよりも30センチ上にトンプソンを飛ばしたいと言ったせいらしい。この部分は正確だろうが、実際に値段を調べたところ、デップはかなり大げさに言っていたようだ。さまざまな報道で大砲での発射に300万ドルかかったと言われているが、デップはもっと大きな数字を言いたかったのだろう。それこそ、彼の大好きなトンプソンはどんなに素晴らしい真実の話でも、必ず実際にはないディテールを加えてしまう癖があったのだから。

デップがブランドとトンプソンの影響を大きく受けていることは精神科医じゃなくてもわかる。デップにとって父親のような存在の彼らは、自分が世間で何と思われていても一切気にしなかった。デップとブランドは1995年の映画『ドン・ファン』で共演して以来、友人関係が続いた。デップがバハマ諸島に島を買ったとき、家を建てるなら海面より上じゃなければダメだと助言したのは、タヒチに島を持っているブランドだった。

デップとトンプソンの関係はブランドよりも直感的なものだった。クアールード(メタカロン)から文学までと、二人はさまざまな点でつながっていたのである。デップは、知り合う何年も前からゴンゾー・ジャーナリズム(※ジャーナリズムに通常求められる客観性ではなく、自らを取材対象の中に投じて本質を伝える手法。1960年代からローリングストーン誌に寄稿していた)の旗手トンプソンのファンだった。そして、テリー・ギリアム監督の1998年の映画『ラスベガスをぶっとばせ』でトンプソン役を演じたことでトンプソン本人と仲良くなったのである。この映画の撮影中から彼らはドラッグ仲間となり、その関係はその後も続いた。

夕食を待つ間、デップはアスペンの空港にトンプソンがデップを迎えに来たときの話をしてくれた。まるで本人のように聞こえる声で、デップはトンプソンのボソボソ喋りを真似ながら「なあ、家に着いたらお前に試してほしいものがあるんだ」と言った。

トンプソンはネバネバする樹脂をいっぱいに詰めたパイプをデップのために用意していた。デップが一服すると、一瞬で部屋が回ったと言う。ハンターはショックを受けたようだったとデップ。「彼は『ヤバイな、こりゃ。どこかのガキが持ってきたんだけど、俺は一服したら内臓が出るって思うくらい吐きまくったぜ』と言ったんだ」と。

デップは、そのパイプに入っていた樹脂のようなものの正体を遂に発見できなかったと言った。彼らの絆を深めたもう一つの共通点は、薬剤に関する百科事典並みの知識だった。この夜遅く、デップはドラッグシーンからクアールード(鎮静剤・催眠剤)が消えてしまって悲しいと言い、当時彼が使っていた密輸したクアールードの思い出を語り始めた。

「この密輸ものには少量のヒ素かストリキニーネが使われていたのさ」とデップ。彼は立ち上がって満面の笑みを浮かべて続けた、「だから本物のクアールードよりも速攻でハイになった」と。一度などは、もっとハイになりたくて、密輸クアールードでキメた自分を殴ってくれと、フロリダのとある店の用心棒に頼んだことがあったらしい。「殴られると、笑いたくなるか、仲間と一緒にいて幸せを感じるか、セックスしたくなるか、ケンカしたくなるかのどれかだ」。

デップは麻酔薬の使用の布教活動に熱心で、麻酔薬を使っていたらオサマ・ビン・ラディンをもっと早く捕まえられていたと考えている。

「飛行機を何機も飛ばして、ヤクを空中散布すりゃあいい。そしてLSD-25を投下するだけ」とデップ。「その場所に集中投下すれば、洞穴から出てくる連中は全員笑顔だぜ」と。

ブランドとトンプソンの死によって、デップは自分の空想の世界の理解者を失った。

ここロンドンで、デップは深い物思いに耽り、最近の苦悩も彼らなしで耐えていることを考える。イカれた天才が、旅立っしまったイカれた天才仲間を恋しがっているのだ。デップの人生が危機に瀕しているのに、彼を理解する親友たちはもういない。デップは生気のない目で自分の孤独を見つめる。「マーロンとハンター」とデップ、「俺には彼らが必要だった」。


デップの弁護士アダム・ワルドマン

10年以上、ジョニー・デップにとって良いことはジョエル・マンデルにとっても良いことだった。そして財務責任者はその方針を維持するために数多くの手続きや手配を行っていた。彼はロサンゼルスの自宅に特別な電話回線をひいて、昼夜問わず、デップがいつでも連絡できるようにしていた。マンデルの妻の40歳の誕生日に、彼は100人のお客を自宅に招いてパーティーを行った。そんな状況であっても、マンデルはデップに連絡して、最近の財務面での冒険について聞きたいことがあればいつでも連絡してくれと伝えた。妻の誕生パーティーはいつでも中座できると言って。

良い関係を維持していたときは、マンデルはデップに自分の目標を教えていた。それは、デップが支払いのために役を引き受けなくてもいいように、彼の財政面を安定させることだった。しかし、彼らはその目標を果たせなかった。TMGの訴訟によると、デップの銀行残高は常に半年分の生活費程度だったが、これが飛躍的に悪化したのが『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズが始まったあとだと言う。このシリーズ作品がデップにもたらしたのがおおよそ3億ドル(約330億円)。デップは常に評価の高い俳優だったが、そんな彼を世界規模のアクション俳優にしたのがジャック・スパロウであり、映画1本の出演料を3000万ドルに押し上げたのもジャック・スパロウだった。しかし、デップの趣味と嗜好はワイルドさを増していく。そして、マンデルとクリスティの日常会話では、デップが新しい家を買うのをやめさせよう、新しい家を買う金を得るために出演する作品を見つけるのをやめさせようという話題が行ったり来たりするようになった。


姉クリスティ以外の家族をデップは信用することができなかった。デップの経済的な失敗を招いた一番の原因が彼らのようだ。デップは好物のツナとコーンのサンドウィッチを食べながら、オーエンズボロにあった母ベティ・スーの農場が金食い虫となった経緯を話してくれた。彼の説明によると、農場を買った直後にデップのもう一人の姉とその夫が農場に引っ越し、農場の管理者として雇われた。のちに彼らの息子も従業員として給料を得るようになった。(その頃のデップは元パートナーのヴァネッサ・パラディと彼らの子どもたちジャックとリリー・ローズを援助していて、彼らはデップが彼らのために購入したフランスの一軒家に住んでいた。)

デップによると、事実を何年も隠した挙げ句、デップの家族が暮らすケンタッキーの農場の金遣いの荒さが手に負えなくなったことを、マンデルがデップに打ち明けたと言う。そこで、デップは農場の経費の一覧を送ってくれとマンデルに頼んだ。その書類データが届いたとき、デップはジャック・スパロウのメイクと衣装をつけていて、アシスタントに書類をプリントするように指示したが、アシスタントは「ムリです」と答えた。

「200ページ以上あります」とアシスタントが言ったのだ。

デップはマンデルに電話して、何が起きているのか説明してくれと頼んだ。

「(姉が)母親のためにハンドバッグを買ったんだって。母親はずっと寝たきりだったのに。それに宝石とか、あれこれ、何でも買ってやがった」とデップ。

2013年に、デップは母ベティ・スーが末期がんに冒されていると告げられた。デップは母親をロサンゼルスに呼び寄せ、家賃が月3万ドルの家を借りたが、これに農場の経費を加えると、彼が支払える上限よりも遥かに高額だった。治療の成果か、予想外にベティ・スーの病状が好転したので、デップはマンデル兄弟に借りている家の解約を依頼し、ベティー・スーをケンタッキーの農場に戻すことにした。しかし、その後も毎月3万ドルの家賃を請求され続けたと言う。デップによると、その理由はマンデル兄弟が家の解約をし忘れたためらしい。(TMGの見解では、マンデルはデップの指示通りに家賃交渉をしただけで、契約上、家主への通達は4ヶ月前までになされる条件になっていた。)

ベティ・スーは2016年に他界した。そこで、私はデップに農場を売ったのかとたずねてみた。すると、家族がまだ住んでいると彼が答えた。

「あの連中は、俺が永遠に面倒見ると思っていて、あの農場は自分たちのものだと思いこんでいる。そんな約束なんて一度もしていないのにね」とデップ。

それを聞いて、私は常識的な質問を投げてみた。つまり、デップ自身が農場に電話をして、彼らに援助の即時停止を伝え、クレジットカードをとめなかった理由は何かを聞いてみた。

デップは眉間にしわを寄せて、困惑したように見えた。それはTMGの仕事だと思いこんでいるようで、「だから彼らに金を払っていたんだぜ」とデップが言った。

皮肉なことに、デップの家族のクレジットカードを停止すること以上にジョエル・マンデルが喜ぶことはなかっただろうとマンデル兄弟は反論した。ただ、ジョニーの決心がつかなかっただけだ、と。私はホテルに戻って、デップの裁判記録を読んでみた。マンデル兄弟に対する告訴の中にケンタッキーの農場の件は一切触れられていない。

デップのケースは、新たな支出に関して許可を出せるのが彼以外では姉クリスティが唯一権限を持っていた事実にもかかわらず、事態が手遅れになるまでデップに一切知らせがなかった点に重きが置かれている。そして、マンデル兄弟はデップの論点を間接的に攻撃するメールやメモを作り出していた。2008年、デップはハリウッドヒルズにある自宅の横の家を買うつもりだった。マンデルは、家を買うには時期が良くないが経費を削減すれば可能だとデップに伝えた。デップはそれに対して「この家を買わないとダメなんだ」と返信した。

その返信の中でデップは、相当のパケットを使う膨大な情報を送ってきたメンデルを非難しつつ、自分の財政状況を知らないことに完全に困惑していると伝えていた。

デップが自分の経済状況が危機に瀕していると知っていたと示す兆候もいくつかある。マンデルは2008年にサブプライムローン発端の世界的金融不況が襲ったとき、再びデップにメールを送って、彼の財政上の欠点を伝えた。それと同じメール内で、デップがハリウッドヒルズの家を買うと言い張っていることに対して、彼のエージェントと弁護士のブルームと話し合って状況を改善すると言っている。「トレーシーとジェイクに電話して、滑稽なディールでグラスを満たして、なんとか溢れさせる準備をさせるよ」と。

TMGのスタッフにデップが所有する複数の自宅の経費を軽減する任務が任された。2009年1月、デップはマンデルに連絡して、デップの出費を制限したこのスタッフを即刻はずすように要求したのだった。証拠として提出されたマンデルのメモによると、同年の後半にマンデルはさらに悪化した財政状況について話し合う必要があるとデップに提案している。この前年、デップは12ヶ月間の休暇をとっていた。しかし、翌日クリスティがマンデルに電話して、デップは話し合いをしたくないし、どう対処したらいいか知っていると伝えてきた。

マンデルのメモによると、クリスティは電話でこう言った。デップは自分のライフスタイルを維持するために「馬車馬のように働かなくてはいけないことを承知している」し、現在の厳しい状況を脱するためにマンデルができることをすべてやってほしい、と。

同年11月、デップが次の映画の出演料をもらう前に支払わなければいけない金額を確保するためにローンを組むことを、マンデルとクリスティが話し合った。しかし、デップにローン契約に署名させるのは困難だと、クリスティは返信している。「署名をしてもらう前に彼が去ってしまった……いつも部屋に誰かがいて、彼が一人になる時間がまったくない」と。

マンデルは再びデップにメールして、デップの休暇中の支出を確認してくれと頼んだ。それに対し、デップは2009年12月7日に以下のように返信している。

「親愛なるジョエル、まず俺を救うために手配してくれてありがとう。次に、休暇中の支出に関しては最善を尽くしているが、俺にできることはたくさんあるよ。俺は子どもたちと家族にできるだけ良いクリスマスを与えないとダメなんだ。その理由はいわずもがなだ。でも飛行機に関しては……現時点では選択肢は多くない。パパラッチが潜入している航空会社の飛行機での移動はとんでもない悪夢になるだろうし……それ以外でできることは何だろう??? アート作品を売った方がいいか? いいよ。それ以外でも売って欲しいものがあるか? もちろん売るよ。何を売ればいい???」

裁判所の書類によると、2010年1月になってもマンデルはローンの契約書への署名をデップに要求していた。マンデルがクリスティに「銀行残高がマイナス400万ドルだ」と伝えると、デップはローン契約に署名した。

デップの友人が彼自身の浪費から彼を救おうとしたときも、デップは頑固だった。2010年、デップは自身のレーベル、ユニゾン・レコードをスタートさせたが、2014年には400万ドルから500万ドルの損失を抱えていた。同レーベルの社長を務めていたデップの友人ブルース・ウィトキンは損失を謝罪して、レーベルを畳むことを提案したのだった。ウィトキンはデップをペットの名前と同じバハと呼んでいた。これに対し、デップはブウージーと呼んでいたウィトキンに、レーベルを続けること、世間が自分の才能を理解するのに20年かかったことを伝えたのである。しかし、このレーベルはそれから1年後に閉鎖することとなった。

デップの浪費癖は歳を重ねても変わることはなかった。TMGが提出した裁判所類の中に「反省会」という文字があった。これは2012年にマンデルが手配したミーティングで、マンデル、デップ、ブルームの3人がハリウッドヒルズにあるデップの屋敷に集まった。この屋敷はデップが購入した5軒の家をまとめた郊外の不動産である。マンデルは、デップの意識がはっきりする午後遅くにミーティングを開始することにした。ジョエル・マンデルはデップの状況の概要を1ページにまとめて提示し、何かを変えないとデップ本人も彼の子どもたちも将来的に危険な状況に陥ると指摘した。このとき、デップは渋々ヨットを売ることに同意したが、その後、マンデルとの関係が切れるまで、彼はヨットの売却の不満をしつこくマンデルに言い続けたのだった。

この「反省会」は事実、彼らにとって終わりの始まりだった。その後3年間、彼らの関係はふらふらしながらも続くことにはなるが。TMGの反抗訴訟の訴状によると、2015年にマンデルがデップに切迫した状況を訴え、デップはそれにテキストメッセージで返信してきた。「自分がやってきたことの報いを受ける準備はできている。どんなことをするにしても……この穴から抜け出す方法があると確信しているし、そうするつもりだ」と。しかし、状況は一向に改善しなかった。2015年8月、マンデルはデップのスタッフに旅行の経費、車のレンタル、タウンカー・サービスの経費を抑えるために新たなルールが必要だと伝えた。

2015年後半、マンデルとアドバイザーたちはデップに映画2作品に出演し、仏サントロペにある不動産アモーを売るように伝えた。それも、前の負債を返済するために組んだ何百万ドルのローンを返済するためには素早く行わないといけない、と。これはデップの注意をひいたようで、彼は自分が破産しているのかとマンデルに確認してきた。

しかし、デップは意見を変えたようだ。当初アモーの売却に同意していたデップだったが、泣きながら電話してきた娘リリー・ローズの声を聞いて売るのをやめたのである。彼女は子供時代を過ごした家を売ってほしくないと父に訴えた。葛藤したデップは自身のイライラをマンデルに八つ当たりした。「聞いてくれ、あんたと俺は顔を合わせて話し合わなきゃダメだ。あんたはこの状況になった経緯を説明しろ。土壇場で連絡されても困る。連絡するならもっと早い段階で連絡してくれ」とマンデルに言ったとデップが教えてくれた。


デップにとって、怒りに任せて爆発したあとに、相手に謝罪のテキストメッセージやメールを送るのはよくあることだった。アモーの売却をデップは決めかねていた。その間に敷地の価格は1300万ドルから2700万ドルへと高騰し、これがデップが売却を急がない理由となった。購入希望者に家を見せる約束も反故にした。同じ頃、シンガポール旅行中に同行した関係者の話によると、デップは10万8000ドルのスーツを旅行先で購入したらしい。

2016年1月には、マンデルがクリスティに30日分の流動性資産しか残っていないと告げた。そして、究極の危機的状況に陥っていたため、マンデルはデップのスタッフに室内用鉢植え植物に金を使うのをやめるように指示した。これに苛ついたデップは財務報告書を確認したいと言い出したのである。マンデル兄弟は喜んでそれに応えた。この時点でもデップはジョエル・マンデルを信頼していると明言していたし、2月下旬にマンデル本人に送ったテキストメッセージでは彼への深い愛情を示していた。しかし、その後、突然連絡が途絶えたのである。そして10日後にデップはTMGをクビにし、2016年3月に裁判戦争が始まった。


2010年、ベニスにあるデップのヨット。

ロンドンでの会話で名前を出すことは控えていた元妻ハードとの2016年の醜い離婚劇は、デップのこの問題と密接に関連している。デップがハードと出会う前のデップの女性の扱い方は紳士的として有名だった。事実、『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズの最新作の撮影直線にペネロペ・クルスが妊娠したとき、彼女は降板することを考えた。しかし、それは馬鹿げていると彼女にアドバイスしたのがデップだった。「彼は毎日私を守ってくれたの。そして撮影が終わる頃、私は妊娠6ヶ月になっていたわ。あのことは一生忘れない」とクルスが言っている。

デップとハードが出会ったのは『ラム・ダイアリー』の撮影現場だった。この作品はハンター・S・トンプソンの奇妙で不遇な若手時代を描写した映画だ。クリスティは当然この二人の結婚に反対。これが弟との関係を緊張させた。そして、デップにとって世間との唯一のつながりが消えかけていた。TMGの訴状によると、デップは所有しているバハマの島で行われたハードとの結婚式で100万ドル費やしたと言う。

2016年5月20日、デップの母親が死去した。その翌夜、ハードは二人の共通の友人のアーティスト、イオ・ティレット・ライトに電話して、911に緊急通報してほしいと頼んだと報じられている。ライトがのちに女性向けメディアRefinery29に「電話の向こうで(デップが)『お前の髪を引っ張ってやろうか?』というのが聞こえた」と書いている。

ライトはすぐに警察に電話し、顔に浮かび上がった青あざの写真を撮った。同メディアにライトは「プライベートジェットで移動中のキックから暴力の報告書が始まり、身体を押され、パンチされたりするようになり、最終的に12月になると、彼女が言うところの徹底的な暴行となり、目覚めた彼女の枕は血で真っ赤になっていた。これを知っているのは、彼らの家に行って、血染めの枕をこの目で見たから。傷ついた唇も見たし、床に落ちていた彼女の髪の毛の束も見た」とも書いている。

その2日後、つまりデップの母親の葬儀の前日に、ハードは離婚の裁判を起こした。その夏、デップがキャビネットを粉砕し、特大サイズのグラスで赤ワインをガブ飲みする動画がTMZにリークしていた。ハードが撮影していると気付いたデップは、彼女の電話を取り上げて粉々に壊したのだった。8月に離婚が成立して、二人は連名で声明を出した。その一部に「二人の関係は情熱的すぎて、ときには危険なものだったが、常に愛で結ばれていた。どちらも金銭的利益のために相手を誹謗中傷したことは一度もない。肉体的、感情的に危害を与える意図も一切なかった」と書いてあった。

ハードが受け取った慰謝料は700万ドルと言われていて、両者とも機密保持契約書に署名した。私の到着前に、デップがこの契約書のためにハードのことは一切話すことができないと、ワルドマンから聞いていた。

その夜のロンドンはハードの名前が大々的に報道されていた。#MeToo運動が始まったことを受けて、J.K.ローリングが『ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅』でジョニー・デップを降板させなかった理由を説明する声明を出したためだ。「グリンデルバルド役にジョニー・デップが決まったとき、彼ならこの役にぴったりだと思った」とローリング。「しかし、彼のカメオ出演を撮影していた頃、この映画製作の関係者も私も非常に心配になるような記事が出始めた……。しかし、彼ら二人のプライバシーを守る契約が締結され、両者ともそれぞれの人生を歩みたいと言っているのだから、それは尊重すべきことだ。そういった理解に基づいて、映画製作者と私はオリジナルの計画を変えなかったことに満足しているし、ジョニーにシリーズ作品の主要キャラクターの一人を演じてもらうことに純粋な喜びを感じている」。

その夜遅く、デップは私生活と財産の両方を同時に失ったことで陥った深刻な鬱症状について教えてくれた。「落ちるところまで落ちたよ」と、デップが感情のない声で言った。「その次の段階は『目を開けたままでどこかに到着して、目を閉じてその場所を去る』だった。毎日感じるあの苦痛に耐えられなかったんだ」。


2015年、デップと当時妻のアンバー・ハード。

デップはハリウッド・ヴァンパイアーズのツアーを続け、彼のヒーローのトンプソンよろしく、古い手動式タイプライターで回想録を書く決心をした。

「朝にウォッカをガブ飲みして、涙で文字が見えなくなるまで書き続けた」と彼。白いシャツの袖で涙を拭い、問わず語りを続けた。「こんな状態に陥った原因を探ろうとし続けた。俺はみんな親切にしようと努力したし、みんなを助けようとしたし、みんなに正直だった」と、ここで一瞬間をおいて「真実が俺にとって一番大事なことだ。それなのに、こんなことが起きてしまったわけだ」と述べた。


姉クリスティが得た700万ドルという使途不明金と、彼のアシスタントのネイサン・ホームズが得た75万ドルが、そもそもどうやって彼らに渡ったのかをたずねたが、その答えは簡単に得られなかった。デップはクリスティをマンデルの「カモ」だったと言い、それ以上の説明はしなかった。のちにデップの取り巻きたちから聞いたところによると、婚前契約書を作らずにハードと結婚したことがきっかけで、デップとクリスティの仲は険悪になったらしい。「彼は唯一自分の味方をしてくれていた姉を切った」と、デップの長年の仕事仲間の一人が教えてくれた。また、姉が自分の口座から支払いを受け取っていたことを、デップが知らないなんてあり得ないと教えてくれた側近もいた。

デップは、ホームズが受け取った金額は合計で75万ドルに満たないと、私に教えてくれた。「そんなに受け取っていないよ」とデップ。しかし、のちにワルドマンがデップは混乱していると言って、ホームズは75万ドル受け取ったと訂正した。(ホームズもクリスティも相変わらずデップの仕事を続けていいて、クリスティはデップの制作会社インフィニタム・ニヒルを経営している。)

この競合する訴訟合戦の中心にある大きな疑問の一つが、クリスティに財政状況を報告することがデップ自身に報告することと同じかどうかを裁判所がどう判断するか、だろう。TMGが恐れるのは、証拠に含まれた一通のメールで、その中でクリスティがマンデル関係者に、自分はデップの「総合情報センター」なのだから弟を放っておいてくれと伝えているのだ。マンデルがデップの借金の返済にクリスティのプロデューサーとしての収入分を充てようとしたとき、この取引に詳しい情報源から聞いたところによると、デップが激怒して許可しなかったと言う。これはマネージメント会社に騙されている男の行動とは思えない。

どうもデップの戦略はハリウッドで昔から行われてきた防御法のようだ。つまり、自分は注意を払っていなかった、注意を払っていない自分の代わりに注意を払うべき人々が何も知らない自分から盗んだ、ということなのだ。彼は私にこう言った。映画で演じるエキセントリックな役柄の持ち味を十分に発揮させるには外の世界に邪魔されたくない、と。(ティム・バートンがウィリー・ウォンカを演じたデップについて、ある部分ではアナ・ウィンターと、ある部分ではマイケル・ジャクソンとチャネリングしていたと、私に話したことがあった。)

「もし署名しなきゃいけない書類があれば、まあ、ときどきそういう書類が出てくるけど、俺はこんなふうにサインするよ」と言って、デップは書類に署名する素振りをやってみせた。右手でサインしながら、頭は左を向けて窓の外のロンドンの夜景を見ていた。「俺は書類の中身なんて見たくない。だって仕事仲間を信用しているから」と。

少しして、険しい表情でデップが「今は署名する書類は全部見ているよ」と言った。

ロンドンの滞在のあと、デップの借金の契約書の一部をみせてもらった。その一枚は1000万ドル以上の借金の証書だった。条件と金額は彼が署名した概要ページにしっかりと記載されている。これが見えなかったとしたら、彼は目をつぶって署名したことになるだろう。

ジョニー・デップを救出するのは(マンデルやクリスティ以外の)他の人たちということだけははっきりしている。その一人は救出を始める前にとめられた。2017年2月28日の夜、ジャニン・レイバーンは、TMGの主要弁護士マイケル・カンプから宅急便で配送された手紙を受け取った。そこにこう書いてあった。

「同封したのは、あなたとTMGの間で2010年12月3日から有効の契約解除、守秘義務、非難制限に関する契約書のコピーで……」

この手紙は無差別に送られたわけではない。レイバーンは元TMG経理部長で、デップの財務管理を担当していた。この手紙が届いた頃、彼女は裁判で証言する直前だった。つまり、カンプの手紙は丁寧な脅迫だったのだ。彼女が証言すると、2010年に署名したTMGとの別離契約書に違反すると脅しているのである。

レイバーンはそんな脅迫にも負けず、その2日後に宣誓証言を行った。これによって、カンプが彼女の証言をもみ消そうとした理由が、あっという間に明らかになったのである。レイバーンは2008年から2010年までデップの財務管理を担当していたが、その間に誠実ではない事柄を目撃したと証言した。彼女の証言によると、彼女が不安を感じ始めたきっかけは、デップやクリスティを呼ばないで書類を承認するように指示されたことで、これはカリフォルニア州では違法だ。レイバーンはその書類をマンデルのオフィスに戻して、彼の机に置いたと言う。

「これはできません」とレイバーンはマンデルに告げた。


ハリウッド・ヴァンパイアーズのバンドメイト、ジョー・ペリーと。

彼女によると、あるとき、マンデルはクリスティがあとで承認するからと言ったが、レイバーンはそれでも拒否した。(マンデルの弁護士はそのような事実はなく、マンデルは撮影セットにいるデップの署名をもらうために、わざわざ出向いていたと言っている。) また、同じ頃、レイバーンはクリスティの娘の結婚式の費用、家賃、受託ローンなど、クリスティの経費が、デップの財源から支払われているのを見ている。また、彼女はデップの承認を得ていない支出の説明をクリスティに2度求めたところ、彼女は「彼は弟なのよ。私のお金は彼のお金で、彼のお金は私のお金なの」と答えたと言う。そして、クリスティとデップの奇妙な関係についてレイバーンはマンデルに確認したところ、彼は肩をすくめただけだったと、レイバーンは証言した。

デップの署名が大雑把だった財務書類がいくつかあったというレイバーンの証言を確認したいと言ったら、ワルドマンがデップの署名を2通送ってくれた。1枚は2010年の借用書で、デップが海外に滞在中に誰かが偽造したと言われている署名だ。これは一般的で静かな印象だ。もう1枚は最近された署名で、こちらは大胆で風変わりな署名だ。ただ、一見すると両方の署名は似ている。デップはそれを認めず、ワルドマン宛にこんなメールをよこした。「俺の署名みたいに、素早く書いたように見える署名を誰かが書きたいと思っているようだが、実際は……何度も練習して書いた署名に見える。オーガニックな感じがしない。つまり、俺が言いたいことは……この『文字』は俺の手が書いたものじゃないってこと!!!」。

レイバーンが宣誓証言を行っている最中に、デップの弁護団の一人がデップは自分の支出について知らされていたかを彼女に質問した。「ジョニーは自分の財務状況を知らなかったと思います。私が知る限り、財務報告書は彼に送られていませんでした」とレイバーンが答えたのである。

レイバーンは「うちとは合わない」という理由で、2010年にTMGから解雇されている。それにもかかわらず、彼女は追加で3週間勤務して、後任者のトレーニングをするように言われた。4万ドルの解雇手当を受け取ったとは言え、解雇に困惑したレイバーンは、自分のためにそのときの記録を2ページに渡って書き留めていた。そこにはデップの一件も含まれていて、「ジョエルが言った、JDはいつも酔っ払っているから、何にでも署名する、と」という記述もある。(マンデルの弁護士たちはマンデルがデップの飲酒に言及したことは一度もないと主張している。)


デップの弁護団はデップのスタッフが書いたメールを証拠として提出した。これはジョエル・マンデルがデップに危機的状況にある事実を告げる必要があったとレイバーンが主張する時期を詳しく物語る内容で、彼は状況を告げに行ったが緊張しすぎて「小さな丸石を持って自宅に戻った」と書いてある。そのスタッフは、ディズニーから支払われた再使用料によってマンデルは会社のスタークライアントと嫌な話をしないで済んだとも書いていた。(マンデルに近い関係者が彼は一度も丸石など持っていなかったと主張している。)

一方、マンデルの弁護士はレイバーンの信頼性を追求した。レイバーンは、自分はデップに月間財務報告書が送られるのを見たことはないが、だからといって送られていなかったとは言い切れないことを認めた。彼女とデップの距離が遠いことを証明するため、マンデルの弁護士はレイバーンを誘導して、彼女がデップと話したのは二度だけで、二度ともデップのeBayアカウントの件だったことを認めさせた。そして、マンデルの弁護団はレイバーンが学歴を詐称していたこと(ビジネスの学位を持っているとしていたが実は持っていなかった)、デップの財務関連のブリーフィングを行うTMGチームに入っていなかったことも指摘したのだった。

そうは言っても、レイバーンの証言の影響は否めなかった。彼女の証言が終わる頃、デップの弁護団は証言時間の延長を申請した。カンプはこれを拒否し、もし証言させたければ裁判所命令を取ることを要求し、もし裁判所命令を申請したら当然拒否することも付け加えた。そのため、レイバーンが再び証言台に立つことはなかった。

デップの訴訟で主張されていることの一つが、マンデルがインサイダー取引で有罪ということだ。デップの弁護団によると、マンデルはデップの資金150万ドルを、デップの許可なく、ヘッジファンドのライオンハート社に送金した。アメリカ証券取引委員会によると、マンデル兄弟がこのライオンハート社の一部を所有している。ワルドマンはTMGはライオンハートを所有している事実を一度も公開したことがないと申し立てている(TMGはそれに関しては何度も会話に上がっていたと主張)。2008年、マンデル兄弟はデップの銀行口座に32,000ドルという小額の利益を加えて150万ドルを返金した。デップの投資利益はたったの0.3%で、この説明としてマンデル・チームは、(投資は)現金に困っていたデップに金が必要だったためで、(利益の小ささは)その頃マーケットが世界的金融不況だったためと述べた。

慢性的にデップの税金の支払いが遅れたことはTMGにとってマイナス点となった。

「俺は何も知らなかった」と言ったデップは、このときだけは本気で心配そうな表情をしていた。「もしアメリカ合衆国政府に税金を払う気がなくて払っていないなら、税務署から担当者が来て払えって言うだろうし、払わなきゃ刑務所に行くことだってあるだろう」と。

マンデル兄弟がすべてはデップの資金繰りが理由だと主張していたが、最初TMGに雇われ、のちにエド・ホワイトに雇われた税理士ミリアム・フィッシャーは、TMGには選択肢が2つあったと述べた。一つはクライアントの財務状況を改善して、期限通りに税金を支払わせることで、もう一つはアメリカ国税庁(IRS)を銀行代わりに使わずに、銀行や商工ローンなどから借金して税金を払うことだと説明し、「TMGにはたくさんの選択肢があったにもかかわらず、彼らが選択したのは最悪の方法、つまり国税庁を債権者にした」と述べた。

デップの訴訟への注目がTMGにも光を当てることになり、これまで目立たないようにしてきた彼らにとっては喜ばしいことではなかった。8月には、アメリカ証券取引委員会と国税庁がマンデル兄弟をマネーロンダリングと詐欺の疑いで調査する準備を進めていると、ウォール・ストリート・ジャーナル誌が報じた。(マンデルの弁護団はワルドマンが通報したと信じているが、ワルドマンはそれを否定している。)

連邦政府によるこの調査がどのような結果になるのかはわからないし、今のところは何も見つかっていないが、マンデル兄弟が自分たちのトラブルの原因として責めているのがジョニー・デップであることだけは確かだ。TMGの弁護団が次のような声明を出した。

「30年間に渡ってビジネスを行ってきて、過去も現在も問題を提起したクライアントはジョニー・デップを除いては一人もいなかった。彼は当社に関する悪意のある、事実無根の嘘を撒き散らしている。デップがでっち上げた申し立てをTMGは積極的に防御し、打ち倒す所存だ」


デップのロサンゼルスのマンション。14ある自宅の一軒。

3日目、私はホテルに戻って熱いシャワーを浴び、服を着替えてからデップの家に向かった。

「ここにいればよかったのに」とデップが言った。

下着を変える必要があったと言うと、彼はニヤッと笑った。

「だから俺は2枚履いているんだよ」と言ってデップが微笑んだ。「実は今、コンドームを6枚つけている」。私は思わず笑ってしまった。それが彼を調子づかせたらしく、「デンタルダム(※オーラルセックス用のゴムのシート)もあるから、もし使うならどうぞ」と続けた。


私たちは全員が寝不足でぼんやりしていたが、中には本物の酔っぱらいもいた。アルコールと大麻も手伝っているのだろうが、裁判のあれこれで疲労しているとは言え、デップは一緒に時間を過ごす相手がいて楽しそうだった。誰かがオアシスには我慢ならないと言った。これはデップにギターを持たせる十分な理由になり、彼は20分かけてギターをチューニングし、「ワンダーフォール」の一節を弾き始めた。私は頭痛がしていたが、ギターがデップの癒やしなのは明らかだ。若い頃の自分に戻れるのだろう。破産、孤独、業界から追放される瀬戸際の状態などという強烈なオチもない純粋な少年だった頃に。

デップはロサンゼルスの安宿で数人のルームメイトと住んでいた若い頃の話を始めた。あるとき、ベニスビーチのモーテルに泊まった翌朝、デップは安宿に戻った。48時間後、全員がベルトの下の皮膚を掻き始めた。アパートの住人が集まって「全員、痒い。どうして俺たち、痒いんだ?」と話し合った。

デップは前身の毛を剃り、虫めがねで毛ジラミを見た。

「毛ジラミって本当に海にいるカニみたいなんだ(※英語では毛ジラミのことをカニと同じスペルのcrabsと言う)」と、軽く笑いながら続けた。「俺がみんなに疥癬を分け与えちまった」と言って、タバコを深く吸い込んだ。「それをルームメイトに白状するのにどれだけ勇気がいるか、知ってるか?」と言ったあと、コズモ・クレイマーのような声色で「あのな、俺、モーテルでシラミを拾ってきちゃったんだ。ごめんな、みんな」と言った。

彼は薬局に疥癬治療薬Kwellを買いに行ったことも教えてくれた。「確か、薬局の兄ちゃんは『Kwellで安上がり』だったと思ったな」。

それを聞いて全員が爆笑したが、デップはまだ終わっていなかった。

「俺のルームメイトはあまりモノが言えなくて。ヤツは銀行強盗だったんだ」と続けた。私はデップ特有のホラだと思ったのだが、彼は調べてみろと言った。

「ヤツはポニーテイル・バンディットだった。ヤツはビバリーヒルズの銀行だけ11ヶ所も襲ったんだ」とデップ。

私はスマホで調べてみたところ、その頃、実際にロサンゼルスにポニーテイル・バンディットがいた。それを見せたら、デップは頷いてこう言った。

「ほら、言ったとおりだろう。俺は嘘はつかない」

夜が明け、早朝になり、裏庭でちらほらと雪が舞っていた。この裏庭にはデップの側近は一度も足を踏み入れていない。

この春、デップの弁護団は大混乱だった。4月、弁護団が退任するという連絡をよこし、その後をオレンジ郡のよくわからない事務所が引き継いだ。3週間後、デップの主任訴訟者のベン・チューが再登場し、ワルドマンをバックアップする契約を交わしたのである。デップはTMGとのトラブルの他に、アメリカ人ボディーガードたちから賃金未払いの訴えもおこされていて、彼らは公衆の面前に出るときに、デップの「顔や本人に違法薬物がついている」と注意しないといけなかったと主張しているのだ。何度も延期したのち、デップは5月26日に遂に証言台に立った。この裁判の審議は8月にも行われることになっていて、次に何が起こるのかとみんなはあれこれ考えているようだ。

不確定要素は姉クリスティだ。この論争について、彼女は一切コメントを出していないし、どちらの側も彼女を不正行為で糾弾していない。しかし、この論争の焦点は、デップが自分の財産管理の権限をどこまで彼女に許していたか、だろう。

法律の専門家に聞くと、この訴訟でデップが支払う裁判費用は何百万ドルになる可能性があり、裁判に勝っても費用を相殺する賠償金を得られるかは疑わしいらしい。ワルドマンはマレーシアの銀行、ハリウッドのスーパーエージェント、中東の投資家たちが関与する代替案を次から次へと提示し続けているが、具体化したものは一切ない。きっと裁判があるから延期していると言うのだろう。デップはクリスマスをフランスで過ごし、冬をバハマで、春をハリウッドの敷地で過ごした。仏サントロペのアマーは売却していないし、他の不動産もそのままだ。彼は敗北を認めないし、妥協もしないようだ。

「俺はこれまでの人生で一度たりともイジメっ子だったことはない」とデップが私に言った。「正気を失って人を傷つけたことも一度もない。ガキの頃に教わったことが、自分からケンカを仕掛けるな、だった。でも、誰かが自分を告訴したり、俺の世界を侵略したりしたときには、そのケンカを終わらせないとな。俺の母親の言葉を借りれば『連中をレンガで打ちのめせ』ってことさ」

デップは、この戦いは子供たちのためだと言う。つまり、息子ジャックと、シャネルのモデルをしている娘リリー・ローズのためだ、と。

「父親が破産したってことを息子は学校の友だちから聞いた。これは間違っているよ」と言って、デップはタバコのシミがついた手で涙を拭った。そして、彼が人生で最も誇らしかった瞬間の一つが、ジャックがバンドを始めると言うのでデップがバンド名を聞いたときだと言う。

「ヤツは『クラウン・ボーナーさ』って」と、デップは誇らしげに笑って続けた。「親子鑑定なんて要らない。アイツは間違いなく俺の子供だ」。(注:クラウン・ボーナー=ピエロの勃起したペニスの意)

デップは自分の無実を証明して訴訟が終わったら、やりたいことを探したいと言う。彼が脚本と監督をしたフランスの本があると言う。これは妻を失い、すべてを失った男が40代にもかかわらず、老人ホームに入居する話らしい。

「これは『Happier Days』というタイトルだ」とデップが教えてくれた。(デップが半分完成したと言うキース・リチャーズのドキュメンタリー「Happy」(仮タイトル)と混乱しないようにこのタイトルにしたらしい。)

そこからデップの話はすべて湯船で撮影する『タイタニック』について一気に飛んだ。

「できたらいいけど、ハリウッドはもうリスクをまったく取らないからな」と、ため息をつきながらデップが言った。

私はもう帰りたくなっていたが、去り難くもあった。世界で最も有名な俳優の一人が目の前で、ライターや弁護士がいるにもかかわらずに麻薬を吸っているのだ。彼の料理人はディナーを作り、ボディーガードはテレビを見ている。彼の周りには金で雇われた人間しかいない。

太陽が窓から差し込んできた。ワルドマンは寝室で眠ることにした。彼はオルゲ・デリパスカとスイスでクロスカントリー・スキーをするために午前中のフライトでスイスに飛ぶことになっている。彼が席を立ったのを解散の合図と私は受け取った。デップは警備員を探して、私のためにタクシーを呼ぶように伝えようとしたが、誰も応えなかったので、デップ自身が玄関まで私を見送ることになった。

「来てくれてありがとう。これは君のピュリッツァー記事になるかもね」とデップ。

次の15分間、デップはマンションの厳重なゲートの開け方を試行錯誤する。ボタンを押してからフェンスを開けようとしてもビクともしない。私はフェンスによじ登り、向こう側に飛び降りた。そして、鉄格子越しにおやすみと挨拶を交わしたのだった。

「元気でな」とデップが言って、一瞬無言になり、「話を聞いてくれてありがとう」と言った。

そして踵を返して、金ピカの豪華な牢獄へと戻り、重い扉を押し開けた。そして彼の背中で大きな音を立てて扉が閉まった。