万治の石仏【長野県】

諏訪大社下社春宮から徒歩で約5分。鬱蒼とした林の中、広場の中心に石仏が鎮座! 江戸時代の万治3年(1660)に建立されていることから「万治の石仏」と呼ばれています。画家の岡本太郎や作家の新田次郎の紹介によって知られるようになり、今や多くの人が訪れるパワースポットに。丸い石に載った顔はどこかモアイ像のよう。三角鼻の愛嬌のある風貌は女性にも人気です。

周囲を3周して願えばよろず(万)おさまる(治)


この石仏の由来は江戸時代にさかのぼります。明暦3年(1657)、信濃高島藩第3代藩主・諏訪忠晴の命を受け、諏訪大社に奉納する大鳥居をつくるために石工たちが大きな石にのみを入れたところ、石から血が流れ出たのだとか。恐れをなした石工たちはその不思議な石に阿弥陀如来を祀り、石仏としたのだそうです。 近年までは無名のスポットでしたが、昭和49年(1974)に諏訪大社の御柱祭を見学した画家の岡本太郎が「こんなおもしろいものを見たことがない」と石仏を絶賛し、雑誌や講演などで紹介したことから広く知られるようになりました。石仏にいたる砥川(とがわ)沿いの道の入り口には、岡本太郎画伯による「万治の石仏」と書かれた石碑もあります。 また作家の新田次郎は、万治の石仏がイースター島起源という設定で短編小説(鷲が峰物語)も著しており、そういえば表情がイースター島のモアイと似ているような気もしますね。 石仏のサイズは高さ2m60cm、横幅3m80cm、奥行き3m70cmとかなり大柄です。参拝の仕方にも作法があり、次のようにすると願い事が叶うのだとか。 (1)まず一礼し、手を合わせて「万(よろず)治(おさまり)ますように」と念じる (2)心の中で願い事を唱えつつ、時計回りに石仏の周りを3周 (3)正面に戻り「万(よろず)治(おさめ)ました」と唱えて再び一礼 丸い石の上に顔が載り、その愛嬌のあるやさしい風貌が「かわいい」と特に女性に人気。今や観光シーズンには行列もできるほどで、諏訪大社の下社春宮を訪れた際にはこちらにもぜひ足を運んでみましょう。