天気予報は、便利だ。気象庁からは1週間先までの天気予報が発表されていて、「あと3日もすれば雨がちになるので、たまった洗濯は早めにすませてしまおう」という具合に、将来の行動を決めるのに役立つ。

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    図1 7月の北極海における氷の分布と厚さ。
    「PIOMAS」(上)は、米ワシントン大学で開発された方式を使って計算した実際の海氷。「TOPAZ4」(下)は予報によって得られたもの。よく一致している。上図の黒枠が東シベリア海。(図はいずれも中野渡さんら研究グループ提供)

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    図2 初夏(6~7月)の東シベリア海で海氷の厚さを予報したときの精度。
    「1」に近いほど精度がよい。横軸は、何日先を予報しているかを示す。4日目に精度が急に落ちている。

いま、北極海の氷が減っている。夏の海氷面積は、ここ40年ほどで半分近くになった。地球温暖化の影響が疑われている。氷は白くて太陽の光を反射しやすいので、気温が上がって氷がいったん減ると、そのぶんだけ余計に太陽の光が海に吸収されることになる。すると、その熱で氷はますます解けやすくなる。

北極海から氷が減れば、船が通りやすくなる。最近、「北極海航路」の話をよく聞くのは、そのためだ。ロシア北岸に沿った北極海航路で太平洋と大西洋を行き来すれば、インドの南から紅海、スエズ運河、地中海と抜ける場合より、距離と必要日数を大幅に減らすことができる。

そこでにわかに注目されるのが、天気予報ならぬ「北極海の氷予報」だ。8月から9月にかけては、1年でいちばん氷が減る時期なのであまり心配はないが、その前後は、場合によっては厚い氷がやってくるかもしれない。薄い氷ならまだしも、厚い氷に出合ってしまえば、船のスピードは大幅に落ちる。だから、氷の厚さは船にとって大問題だ。この先の1週間、どこにどれくらいの厚さの氷がやってくるのかをきちんと予報できれば、天気予報と同じようにとても便利な情報になる。

だが、ひとつ問題がある。北極海の氷の厚さは、3日先まではかなり精度よく予測できるが、4日先になると急に精度が落ちてしまうとされてきた。そこで、国立極地研究所の中野渡拓也(なかのわたり たくや)特任研究員らの研究グループが調べたところ、北極海に吹く風がうまく予測できていないのが、その原因であることがわかった。

中野渡さんらが使ったのは、「TOPAZ4」という方式で海氷の厚さを予報した2014~2016年のデータだ。ノルウェーのナンセン環境リモートセンシング研究センターが開発した方式だ。対象としたのは、初夏でも氷が残っていることがある東シベリア海。6~7月のこの海域で9日先まで予報されていた氷の厚さを、人工衛星からの観測などと比べたところ、たしかに3日先までは実際の状況とよく一致していたが、4日先になると、急に予測誤差が大きくなっていた。その典型例として2015年7月2日に行った予報を具体的に調べてみると、4日目に、海氷の動く向きと速さが実際とは大きくずれたことがわかった。

中野渡さんによると、海氷の動きにもっとも大きく影響するのは風だ。つまり、風の予測精度が4日目に落ちて海氷の動きを狂わせ、その結果として、氷の厚さの予報でも誤差が大きくなっていることがわかった。風を予測したのは、いま世界でもっとも優秀とされているヨーロッパ中期予報センターだ。このセンターのデータをもってしても、4日目以降の気象予測は狂いが大きくなるわけだ。

北極海の周辺では、観測があまり密に行われていない。観測を充実させれば気象の予測精度を上げられる可能性はあるが、中野渡さんは「北極海に特有の『北極低気圧』が関係しているのかもしれない」という。北極海では、夏を中心に、日本などの中緯度によく発生する温帯低気圧とは別の「北極低気圧」が発生する。これの予測に難しさがあるのではないかという。そうだとすれば、3日を超えた先の北極海での気象予測には根本的な難しさがあり、それが海氷の正確な予報をはばんでいることになる。

北極海の氷といえば、年ごとにその面積が減っているとか、冬に比べて夏の氷はどうかといった、長期的な変化に関する研究が多く進められている。それに比べて、天気予報でいえば、あす、あさっての天気とか1週間予報などにあたる、短い期間の海氷予報は、これまであまり研究されてこなかった。極域では現在、2019年6月までの予定で国際的な「極域観測プロジェクト」が進められている。この観測で、「4日目の壁」を乗り越えるためのヒントが得られるとよいのだが。

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