理化学研究所(理研)は、同所の研究グループが、天然物の生合成経路において、鏡像異性体を作り分ける役割を担っている酵素を発見したことを発表した。

この研究成果は、理研 環境資源科学研究センター天然物生合成研究ユニットの加藤直樹研究員、高橋俊二ユニットリーダーらによるもので、ドイツの科学雑誌「Angewandte Chemie International Edition」の掲載に先立ち、オンライン版(7月4日付け)に掲載された。

  • [4+2]環化付加反応を触媒する酵素Fsa2とPhm7(出所:理研ニュースリリース)

    [4+2]環化付加反応を触媒する酵素Fsa2とPhm7(出所:理研ニュースリリース)

有機合成化学において最も重要な反応のひとつである「[4+2]環化付加反応」(ディールス・アルダー反応)を触媒する天然由来の酵素が、近年相次いで発見され、注目を集めている。糸状菌が生産するエキセチンの生合成経路において、立体選択的にデカリン(二環性の炭化水素構造)の形成を担う「Fsa2」もそのひとつであるが、それぞれの生合成経路に特化していることから、酵素機能の全容は明らかになっていない。

研究グループは、Fsa2とそのホモログがその鍵となる役割を担っていると仮定し、両者を比較することで、これらの酵素が複雑な立体配置を持つ天然物の骨格をどのように構築しているのか解明することを目指した。エキセチンと鏡像異性体の関係にある類縁化合物フォマセチンに着目し、フォマセチンの生合成に関わる遺伝子(phm)クラスターを同定し、そこに含まれるfsa2遺伝子のホモログであるphm7遺伝子の機能を調べた。

まず、フォマセチンを生産する糸状菌(Pyrenochaetopsis sp. RK10-F058株)のゲノムを解読し、生合成に関わる遺伝子を見いだした。遺伝子ノックアウト実験でphm7遺伝子をノックアウト(欠失)したところ、フォマセチンの生産が大幅に低下し、新たな化合物(cis-デカリン誘導体)の生産が認められた。その化合物の化学構造を調べることで、「Phm7」もまたFsa2と同様に、デカリンの3位、6位の立体制御に関与していることが分かった。

次に、Phm7が関与する[4+2]環化付加反応について、密度汎関数計算による解析を行った。得られた計算結果は、実験で観察された非酵素条件(phm7遺伝子欠失株)での代謝物生産のパターンとよく一致した。すなわち、理論的に生じる4種類のデカリンの立体配置のうち、2位と11位の立体配置がそれぞれSR表示でのS・Rよりも、R・Sの方が遷移状態の活性化エネルギーが低いため、phm7遺伝子欠失株において検出されたことが分かった。

また、もしPhm7とFsa2が2位、11位の立体制御にも関与しているのなら、Phm7をFsa2に入れ替えた場合、エネルギー的に不利な立体配置を持つ誘導体を作ることができると考え、遺伝子置換実験を行った。フォマセチン生産菌のphm7遺伝子をfsa2遺伝子に置換した遺伝子改変株を作製したところ、phm7遺伝子欠失株で検出された化合物とは異なる立体異性体が生産された。各種スペクトル分析により、この化合物の化学構造を決定したところ、予想どおり[4+2]環化付加反応によって生じる4カ所の不斉炭素原子の配置がエキセチン型に反転した異性体(エキセチン型trans-デカリン誘導体)であることが分かった。

このように、エネルギー的には不利なために非酵素条件ではほとんど検出できない化合物が、Fsa2の導入によって生産されたことから、[4+2]環化付加反応において生じる4カ所全ての不斉炭素原子の立体配置が酵素によって制御されていることが明らかとなった。

  • [4+2]環化付加反応で生じる四つの立体異性体とエキセチンとその類縁化合物(出所:理研ニュースリリース)

    [4+2]環化付加反応で生じる四つの立体異性体とエキセチンとその類縁化合物(出所:理研ニュースリリース)

以上のように、[4+2]環化付加反応に関与するFsa2とPhm7を比較することで、これらの酵素がどのように、エキセチンとその類縁化合物のような複雑な立体配置を持つ天然物を生合成しているのか、その一端が明らかになった。この成果は、[4+2]環化付加反応を担う遺伝子の改変によって、非天然型環構造を持つ天然物誘導体の創出に成功した最初の例となる。

今後は、同酵素がどのように立体選択的な環化付加反応を触媒しているのかを解き明かすことで、複雑な骨格を持つ有用天然物の合理的創製に貢献すると期待できるとしている。