2018年6月16日、米国海軍の病院船「マーシー」が東京港に入港した。日本に来たのは初めてのことだという。日本でも、東日本大震災の後で「病院船を導入してはどうか」という話が持ち上がったことがあるが、これまでのところ、具体化には至っていない。

そこで本稿では、病院船とはどんなもので、どんな有用性があって、その一方でどんな課題があるのか、という話をまとめてみたい。

マーシー級病院船の来歴

地球上の全人口の多くが、海に接した、あるいは海に近い地域に住んでいるといわれる。そのため、大規模災害が発生した際、海から救援の手を差し伸べる事例は多い。我が国でも、古くは関東大震災、最近では東日本大震災で、軍民の艦船による救援活動が行われた。また、一度に大量の人や物資や機材を輸送するには、海上輸送は最強である。

災害派遣活動でも、軍事組織の本来任務である戦争・紛争でも、死傷者の発生は避けられない。だから軍事組織では必ず、医療を受け持つ組織・人員がワンセットになっている。軍事組織は自己完結能力が不可欠だし、どこで任務に就くかわからないから、必要な場所に機動展開できるようにしなければならない。

米国海軍では「艦隊病院」(Fleet Hospital)と称して、車両や貨物用コンテナに医療施設を構成する設備・機材一式を積み込んだものを、世界の何カ所かに配備している。湾岸戦争やイラク戦争といった実戦だけでなく、1994年にはハイチへの災害派遣に加わっていた(1999年6月にNHKの番組で、沖縄に配備されている艦隊病院が取り上げられたことがある)。

参考 : Command History - Navy Medicine

ただし、これを設営するには相応に広い空き地を必要とするし、一式を現地に運んで設営するには時間もかかる。

そこで登場したのがマーシー級病院船。1970年代に建造されたタンカー・2隻を買い取って病院船に改造したもので、1番艦「マーシー」(T-AH-19)が1986年、2番艦「コンフォート」(T-AH-20)が1987年に就役した。全長は272.6メートル、全幅は32.3メートル、満載排水量は69,360tというから、帝国海軍の戦艦「大和」に近いサイズだと考えていただければ間違いない。

一言でいうと「診察室、手術室、病室などといった、病院を構成する道具立てが一式まるごと、フネの中に収まったもの」である。なにしろ、各種病室の病床数を合計すると1,000床、各科の医療設備に加えて集中治療室(ICU)まであるというから、そこら辺のちょっとした病院よりも大規模かつ充実しているのではないか。

また、ヘリポートも備えているので、ヘリで患者を運び込むことができる。ただし最大速力が17.5kt(32.4km/h)と遅いことと、ガタイが大きく吃水が深いことから入港できる港が限られるのが、難点ではある。

  • 米海軍の病院船「マーシー」。2018年3月にインドネシアを訪れた際の撮影。海軍の艦だが戦闘艦ではなく、船体は白く塗られて赤十字が描かれている。運航は民間人と海軍軍人の混成チームが担当している Photo : US Navy

  • 9.11同時多発テロ事件の後でニューヨークに展開した、僚艦の「コンフォート」 Photo : US Navy

病院船の長所と短所

病院を構成する道具立てを船内に納めて、自走できるのが病院船の利点。海路を通じて容易に自力展開できるし、海からアクセスできるところが対象なら、現地に着いたら直ちに医療活動を開始できる。

今回来日した「マーシー」は、1990~1991年にかけて勃発した湾岸危機・湾岸戦争に際して出動した実績があるほか、2013年にはフィリピンで台風の被災地に送り込まれた。僚艦の「コンフォート」は大西洋側に配備されており、湾岸戦争に加えて、1994年にはハイチ、2003年にはイラク戦争、2005年にはハリケーン「カトリーナ」といった具合に、出動実績がある。

しかし、病院船として就役してから30年あまりが経つ割には、「本番」で出動した回数は多くない。そうやたらに「本番」が発生するようでも困るが。

実は、これが病院船の泣き所でもある。「いざという時に、あれば助かる」が、「普段は出る幕がない」。そして、「いざという時に備えて、常にスタッフをそろえて術力を磨いておかなければならない」という、厄介な課題がある。

医療施設に限らないが、ハードウェアだけでは仕事はできない。病院船であれば、各科の医師と看護師、さらに検査技師や事務・医療補助などのスタッフも必要になる。それをどう確保・維持して、しかも経験を維持させるか。

  • 「マーシー」の艦内で、負傷者受け入れを想定した訓練を実施している模様。こうしてみると、艦内の設備は陸上の病院と大して変わらないように見受けられる Photo : US Navy

人を確保するだけなら、これはおカネの問題だから、まだしも対処しやすいかもしれない。しかし、経験を積ませたり、せっかく保有している病院船を有効活用したりといった話になると、事情は違う。どんな仕事でも、普段から出番を作って術力を磨いておかないと、いざという時に役に立たない。

そこで米海軍は、平時から民生医療支援に病院船を活用している。今回の「マーシー」来日も、実は「パシフィック・パートナーシップ」という任務公開の途中で行われたものだ。