パソコン・スマートフォン向けに提供されているコンテンツ配信サービスやクラウドプラットフォームサービスの多くが月額課金(サブスクリプション)型のビジネスモデルを採用している現在、企業のマーケティングにとっては、新規会員を獲得する以上に課金ユーザーの囲い込みと継続率の確保は重要な課題だ。新たに会員を獲得しても、すぐに退会されてしまってはサービス規模の拡大や継続的な収益の確保には繋がらない。商品を売り切るEC型のビジネスモデルと比較しても、エンゲージメントの構築やユーザーロイヤリティの向上がもつ価値は大きいと言えるだろう。

では、会員の退会を食い止めて会員規模の維持・拡大を実現するために、企業はどのようにデータを活用したマーケティング施策を推進しているのだろうか。NTTドコモと共同で動画配信サービス「dTV」を運営するエイベックス・デジタルでビジネスデベロップメントグループのシニアプロデューサーを務める星野拡氏が、トレジャーデータが開催したイベント「TREASURE DATA "PLAZMA" 2018 in Toranomon」において講演した。

  • エイベックス・デジタルの星野拡氏

分散していたデータを一元化し、“どういう会員が退会するのか”を徹底的に分析

「dTV」は月額500円で約12万の映像作品が楽しめる動画配信サービスで、NTTドコモの契約者だけでなく全キャリアのスマートフォンユーザーにサービスを提供している。最初の31日間は無料でお試し利用することができ、ドコモショップやウェブサイトを通じて新規会員は継続的に増加。そこで、無料利用期間を超えてサービスを継続的に利用してもらうことが、マーケティングの大きなテーマになるのだ。

「2017年から特に、いかに会員のLTVを高めて退会を抑止するかという点に注力している」(星野氏)

そこで重要になるのが、“なぜ新規会員が退会してしまうのか”、“どのような施策がLTVの向上に効果的なのか”を理解することだ。星野氏によると、長期に渡りサービスを運営する中でこうしたテーマは考えられてきたことだが、サービス開発部門やカスタマーサポート部門など縦割りの組織の中で知見や施策が分散してしまっているという課題があったのだという。

「この問いに対して全社的に統一した回答を持てていないという課題があった。そこで、行動ログなどデータから会員の“声なき声”を分析することや、顕在化しているカスタマーボイスを分析することを通じて顧客視点の退会抑止に取り組む部門横断型のプロジェクトを立ち上げた」(星野氏)

星野氏によると、データによる顧客行動の分析については、離反因子(退会のきっかけ)の特定や優良会員と離反リスクの高い会員の比較による離反予測モデルの構築、視聴行動を元にしたクラスタリングによる会員のセグメンテーションなどを目的に実施。しかし、実際にそのステップを踏んでいくとさまざまな課題に直面したのだという。

「まずデータがバラバラでそのまま分析することができず、トレジャーデータのDMPを活用したデータの統合が最初に取り組んだ課題だった。例えば、入会する前の行動データと入会後の行動データは分断されている状態で、“こういうタイプの会員はこういう行動特性を持つ”という分析ができなかった」(星野氏)

  • 分散していたデータをDMPに一元化し、さまざまな指標から会員の傾向を分析した

こうしたDMPの構築でデータ分析の基盤を作ったところで、次に取り組んだのが退会要因分析だ。星野氏によると、過去半年分のデータを用いて視聴行動の特徴、キャンペーン実施時の行動などから退会しやすい人、退会しにくい人の傾向を分析したのだそうだ。

「まず着目したのが、退会する会員の継続期間だ。退会する人のほとんどは無料期間が終了する32日以内。裏を返せば、早期定着を実現して1カ月以上続けてくれれば退会されにくいということがわかった。入会32日以内の会員に分析対象を絞り込んで、1カ月以上継続してもらおうと目的を明確化した」(星野氏)

星野氏によると、入会32日以内の会員を分析したところ、視聴日数、会員登録から2週目の週次視聴本数(入会から2週目に動画を見るか)、マルチデバイスの利用状況(dTVは複数のデバイスで視聴できる)といった指標で退会率の傾向が見られたという。つまり、視聴日数が多く入会から2週目も継続して視聴し、マルチデバイスで視聴している会員が、退会率が低いということだ。

また一方で、視聴する動画作品の違いによっても会員の特徴に一定の傾向があることがわかったという。例えば、海外ドラマが好きな会員は30代に多く、平均視聴本数が多く2週目以降の視聴割合も高いが、邦画や国内ドラマが好きな会員は20代を中心にして作品を集中的に視聴する“イッキ見”の傾向が高いのだという。

「こうした分析をまとめて、継続率の高い優良会員と退会リスクの高い会員の会員像をまとめた。これによって全社的に“dTVにはどのような会員がいるのか”という共通認識を持つことができるようになった」(星野氏)

  • サイト内での行動を分析し、優良会員と退会リスクの高い会員の傾向をまとめる