これほど素敵な結末があるだろうか。

 チームのシンボルである“エル・ニーニョ(子ども、少年の意味)”が、キャプテンで下部組織からの戦友であるガビから渡されたトロフィーを掲げた。満面の笑みだ。スペイン代表としてメジャー大会3連覇(2008、2012年ユーロ、2010年ワールドカップ)を達成し、チェルシー在籍時にチャンピオンズリーグ(CL)とヨーロッパリーグ(EL)を制覇するなどタイトルに恵まれていたフェルナンド・トーレスだが、愛するクラブでは何も勝ち取っていなかった。

 今シーズン限りでの退団が決まっているトーレスにとって、11歳で入団し、17歳でトップチームの公式戦にデビューしたクラブでタイトルを勝ち取る最後のチャンスが、マルセイユとのEL決勝だった。トーレスは試合が決した3点目が決まった90分にピッチに投入されたが、試合後に出演したスペインのテレビ、ラジオ番組で「自分のチームでタイトルを手にするという小さな頃からの夢が叶った」と喜び、「トロフィーを掲げた場面は必ず写真にして飾る」と宣言していた。出場機会は少なく、活躍する場面も少なかったが、終幕はクラブの象徴にふさわしいものとなった。

 アトレティコ・マドリードにとって、苦しいシーズンだった。

 未成年選手の登録に違反があったとして、FIFA(国際サッカー連盟)から2017年は新たな選手登録が禁止された。つまり、昨シーズンの冬と今シーズンの夏の移籍市場で補強ができなかった。1月の移籍市場まで新戦力を加えられなかったチームだったが、序盤戦では“お隣の欧州王者”が勝ち点を失う中、着実にポイントを積み重ね、3月の直接対決までバルセロナに喰らいついていた

 しかし、CLではグループリーグで3位となり、ELに回った。1月にジエゴ・コスタとビトーロが加わり陣容は揃ったが、ロス・コルチョネロス(アトレティコ・マドリードのサポーターの愛称)にとっては、気がかりな議論が勃発した。就任してからアトレティコ・マドリードにリーガ・エスパニョーラ、コパ・デル・レイ、ELなど5つのタイトルをもたらし、黄金期を築き上げたディエゴ・シメオネ監督が、トーレスの契約延長に否定的な見解を公の場で示したのだ。2月下旬だった。アルゼンチン人指揮官は「チームのことを考えている」と物議となった発言の真意を説明し、トーレスが戦力になっていないことを示唆した。

 シンボルか、それとも名将か。地元メディアは大きく報じた。

 そんな状況を見かねていたのだろう。トーレスは4月9日に今シーズン限りでの退団を発表し「シメオネとトーレスの分裂に僕は絶対に参加しない」とコメントした。シーズン終盤へ向かう愛するチームに余計な雑音がこれ以上起きないことを考えての退団発表だった。名将もシンボルもチームのことを第一に考え、自分の役割をこなした。結果、苦しいシーズンはELというタイトルを手にし、リーガも同じホームタウンの最大のライバルであるレアル・マドリードよりも上位で終わろうとしている。

 苦しいシーズンが、素敵な結末を迎えようとしている。

 だが、エル・アトレティの誰ひとりもこのままハッピーに終わるとは思っていない。

 地元メディアの報道を見れば、明らかだ。決勝の会場であるフランスのリヨンから72キロの距離にある小さな町マコンに生まれたアタッカーが喜ぶ写真が掲載されているが、2得点の活躍だけで大きく報じられているわけではない。その写真の近くには必ず、決勝でMVPとなったストライカーの「今は自分の未来を話す時ではないと思う。僕の試合、タイトルを勝ち取った試合をみんなと祝わないといけない」というコメントが載っている。

 アトレティコ・マドリードのエース、アントワーヌ・グリーズマンはEL決勝の舞台で、クリスティアーノ・ロナウドとリオネル・メッシがバロンドールを独占する時代に終止符を打つタレントを備えていることを改めて実証した。そんな世界最高峰のアタッカーにバルセロナが触手を伸ばしている。バルセロナは昨夏にもグリーズマンにアプローチをしていたが、補強禁止処分という状況も影響したのか、移籍は実現しなかった。あれだけ報道されたのに、だ。ただ今年のバルセロナへのグリーズマン移籍の報道に関しては、昨夏とトーンが違う。ボリュームは同じ。変わったのは、内容だ。より具体的なことをクラブの人間が証言している。ジョゼップ・マリア・バルトメウ会長、ルイス・スアレスらが公の場で具体的にグリーズマンの名を挙げてコメントし、アトレティコ・マドリードのCEO、ヒル・マリン氏がそのバルセロナを名指しで批判していた。

 アトレティコ・マドリードの姿勢は明確だ。いくらバルセロナからオファーが来ようが聞く耳は持たない。とはいえ、選手が移籍に同意し、設定されている違約金が支払われれば、昨夏にネイマールやビトーロが行ったように退団できるのも事実だ。バルセロナは設定されている1億ユーロ(約130億円)以上を支払う準備があり、アトレティコ・マドリードと友好的にこの移籍を締結させたいと思っている。

 グリーズマンは、シメオネ監督のもとでストライカーとしての才能を開花させた。レアル・ソシエダでの最後のシーズンに21得点を決めた若者は、アトレティコ・マドリードに入団した2014-15シーズンに25ゴール4アシストを記録した。翌シーズンには32ゴール6アシスト、16-17シーズンは26ゴール12アシスト、そして今シーズンは29ゴール13アシストとシーズンを重ねるごとに得点に関わる割合が増えている。数字からも分かるように、前線にスペースが多いシメオネ監督のチームでは、欠かせない存在となっている。

 そんな彼が、プレースタイルが全く異なり、相手は自陣に退き、一対一での突破力が重要となるバルセロナで活躍できるのか。すでにそういった懐疑的な目でグリーズマンを品定めするバルセロニスタもいる。

 ヨーロッパリーグ決勝後、シメオネ監督はこうコメントした。

「グリーズマンのことは毎年、毎年確認しなければならない。試合の最も重要な時に明白な存在だった。彼が私たちと一緒にいて幸せであって欲しい。彼は私たちと3回決勝戦(CL、EL、スペインスーパーカップ)に挑み、2回勝った。来シーズンは、彼にとって(アトレティコ・マドリードの選手として)4度目の決勝となるUEFAスーパーカップが控えている。彼ら(バルセロナ)がいる位置から、私たちは遠くにいるわけではない。彼の残留に近づける状況ではある」

 ビッグタイトルを勝ち取れないことが、バルセロナへの移籍の大きな動機と推測されている。だからこそアルゼンチン人指揮官は、エースとしてアトレティコ・マドリードで2つ目となるタイトルを獲得した今、グリーズマンの心境が「アトレティコ・マドリードでもタイトルを勝ち取れる」と変わる可能性が高いと踏んでいるようだ。

 グリーズマンはバルセロナでもタイトルを勝ち取れるだろう。ただ、アトレティコ・マドリードのように自分がエースで、主役でタイトルを手にすることはできない。言わずもがな、バルセロナにはメッシがいるからだ。フランス人の去就は、ワールドカップ前の一大イベントになりそうだ。

文=座間健司