足もとで米ドルが堅調だ。主要通貨に対して米ドルが上昇してきた背景は、各国の金融政策見通しの違いがあるように思われる。その点を、OIS(翌日物金利スワップ)と呼ばれるツールを用いて確認してみたい。OISからは、金融市場がどの程度の確率で金融政策の変更を織り込んでいるかを算出することができる(本文中に表示した確率はすべて5月10日時点のOISに基づく、下表参照)。

  • 米ドルはなぜ堅調か - 金融政策見通しの違いが背景!?

4月中旬以降、外国為替市場で米ドルが堅調だ。4月17日から5月10日までの3週間に、米ドルは対円で107円ちょうどから一時110円近辺まで3%近く上昇した。そして、米ドルは、円を含む10の主要通貨に対して(いわゆる実効レートのこと)約4%上昇した。

南北首脳会談やイラン核合意問題など、地政学リスクに絡んだイベントもあったが、米ドル高は結局のところ、景況感の差であり、それを端的に表す金融政策見通しの違いに基づいているように思われる。

米国では着実な利上げが継続か

米国の今年1-3月期のGDP(国内総生産)は前期比年率+2.3%と、前年10-12月期の同+2.9%からスローダウンした。それでも、消費者や企業の景況感は良好であり、中央銀行にあたるFRB(連邦準備制度理事会)は、「景気減速は一時的」と判断しているようだ。

また、物価上昇率はFRBの目標である+2%を下回っていたが、こちらも「一時的な要因に基づく」との判断だった。実際、昨春の携帯通話料金の大幅値下げの効果が落ちてくると、今年3月の物価は2%近傍まで上昇してきた。

6月12-13日の会合での利上げは100%近い確率で金融市場に織り込まれている。同様に年内に残り2回以上の利上げが90%弱、同じく3回以上の利上げが40%近くとなる。要するに、FRBは2015年末から既に5回の利上げを実施しているが、今後も着実に利上げを進めるとの見方が市場のコンセンサスというわけだ。

英国では利上げ観測が急速に後退

他方、BOE(英国中央銀行)の利上げ観測は急速に萎(しぼ)んでいる。5月10日の会合で、BOEは金融政策の据え置きを決定したが、4月中旬までは5月の利上げが90%前後の確率で織り込まれていた。4月中旬以降に発表された経済指標が大幅に悪化したため、事態が大きく変わった。5月10日時点で、年内利上げの確率は70%弱なので、「年内1回の利上げはありそう。それでも、確実とは言えない」という感じだ。

ユーロ圏では利下げの可能性あり?

ユーロ圏のECB(欧州中央銀行)について、金融市場では年内据え置きとの見方が優勢であり、利下げもわずかの確率で織り込まれている。ECBは現在続けているQE(量的緩和)の年内の縮小・停止を判断する意向である。利上げの判断はそれより相当先になるはずだ。QEという非伝統的な金融政策をOISという「金利」の指標で語ろうとするのには無理があるのかもしれない。ただし、利下げの確率が織り込まれている点は注目に値しよう。

日本では金融政策に停滞感?

日本銀行について、年内の利上げ確率が30%弱織り込まれている。もっとも近い将来に日銀の利上げを予想する金融市場の参加者は皆無だろう。ECBと同様の理由で、OISから算出される確率を真に受けるわけにはいくまい。

4月26-27日の会合で、「展望レポート」から+2%の物価目標達成時期の予想を削除した。これまで何度も予想を後ズレさせてきたから、現実に即した路線変更だ。ただ、予想を取り下げたという事実が金融政策の閉塞感を表わしていると言えよう。

カナダでは利上げ観測が後ろ倒し

FRB同様に、BOC(カナダ中央銀行)もかなり高い確率で年内2回の利上げが織り込まれている。ただし、次回5月30日の会合に関しては、利上げ確率は約30%で、年初の約80%から低下している。利上げが後ズレしているとの印象だ。

オーストラリアやニュージーランドは年内据え置き予想が支配的

OISに基づけば、RBA(豪州中央銀行)、RBNZ(ニュージーランド中央銀行)ともに、春先までは年内利上げの確率が50%以上あったが、20%~30%まで低下している。いずれの中央銀行も年内は据え置きとの予想が支配的になっている。

「高金利」のオーストラリアやニュージーランドを凌ぐ米国

OISに基づくシナリオが実現するならば、今年末時点で上に挙げた国(+ユーロ圏)のなかで、米国の政策金利が最も高くなり、かつては「高金利」と言われたオーストラリアやニュージーランドをも上回ることになる。為替市場では両国間の金利差が為替相場に影響を与えるため、米ドルが堅調に推移するのも頷(うなず)ける。

金融政策見通しの変化が重要

もっとも、現時点の金融政策見通しは既に為替相場に織り込まれていると考えるべきだろう。今後の様々な情勢変化によって、金融政策見通しも変わるかもしれない。そして、それを材料に為替相場が動くであろうことは想像に難くない。

新興国はまた別の話

以上は、主要国の通貨同士に当てはまる話だ。新興国の通貨の場合は全く異なる考え方が必要となる。総じて新興国はインフレ率が高いため、大幅な利上げを行い、また/かつ政策金利を高水準に維持しても、通貨高につながるとは限らない。むしろ、通貨安に歯止めをかけるために大幅な利上げを強いられるケースが多い。足もとでのアルゼンチンやトルコはその典型例だろう。

執筆者プロフィール : 西田 明弘(にしだ あきひろ)

マネースクエア 市場調査部 チーフエコノミスト。1984年、日興リサーチセンターに入社。米ブルッキングス研究所客員研究員などを経て、三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社。チーフエコノミスト、シニア債券ストラテジストとして高い評価を得る。

2012年9月、マネースクエア(M2J)入社。現在、M2JのWEBサイトで「市場調査部レポート」「市場調査部エクスプレス」「今月の特集」など多数のレポートを配信する他、TV・雑誌など様々なメディアに出演し、活躍中。