今回の旅先は、広島県の呉市だ。呉は横須賀、佐世保、舞鶴と並んで旧海軍の鎮守府が置かれた"旧軍港市"であり、現在も、海上自衛隊の呉地方総監部が置かれている。呉には旧軍港市ならではの様々な見所があるほか、2016年に公開され、日本アカデミー賞 最優秀アニメーション作品賞を受賞し、この夏のテレビドラマ化も決まっている「この世界の片隅に」など、様々な映画の舞台にもなっていることから、映画の"聖地めぐり"を楽しむ人も多い。

  • 「てつのくじら館(海上自衛隊呉史料館)」前には、本物の潜水艦「あきしお」が横たわり、インパクト大だ

    「てつのくじら館(海上自衛隊呉史料館)」前には、本物の潜水艦「あきしお」が横たわり、インパクト大だ

あの戦艦「大和」も呉で造られた

広島駅から呉駅までは、JR呉線を走る快速「安芸路ライナー」に乗れば30分ちょっとだ。呉の観光地を巡るなら、徒歩のほかバスを上手に利用するのがオススメだが、これまで土休日に運行されていた呉探訪ループバス「くれたん」は、3月31日で運行終了。かわりに4月1日よりバスの一日乗車券「1Day呉パス」の発売が開始され、指定エリアの路線バスが一日乗り放題になる。

  • 堺川に架かる堺橋。かつて橋の上を市電が走っていた

    堺川に架かる堺橋。かつて橋の上を市電が走っていた

呉駅の北口(山側)に出て、まずは駅前から市街地をブラブラ散歩してみよう。呉の市街地は「蔵本通り」「本通り」といった大通りが縦に走り、それに横方向の大通りがクロスする京都や札幌に似た"碁盤の目"のような街になっている。これは明治時代に旧海軍が呉に鎮守府を設置した際の街づくり計画によるものだという。

海軍が来る以前の呉は小さな農漁村にすぎなかったが、その後、武器や艦艇等を造る呉海軍工廠(こうしょう)なども設置され、あの戦艦「大和」も造られた。そこで働く人たちも含め、太平洋戦争中の昭和18(1943)年に最盛期を迎え、人口40万人を超える大都市になった。

ちなみに、呉の街を歩いていて北東方向に常に見える山が、呉市のシンボルともいえる灰ヶ峰(標高737m)だ。頂上には気象観測レーダーがあり、夜景の名所としても知られている。この灰ヶ峰を水源として、呉の中心市街地を南北に貫くように流れているのが二河(にこう)川と堺川だ。

  • 呉市のシンボルともいえる灰ヶ峰(標高737m)

    呉市のシンボルともいえる灰ヶ峰(標高737m)

この内の堺川に架かる橋のひとつに、昭和7(1932)年に架けられ、空襲にも焼けることなく残った堺橋があり、昔は、この橋の上を呉市電が走っていた。アニメ「この世界の片隅に」の中にも、橋の上を市電が通過していくシーンがある。

呉市は海軍のおかげで、水道・電気・病院・鉄道などのインフラがよその街に比べて早く整備された。鉄道に関しては、明治36(1903)年には広島~呉間に呉線が開通したのに続き、明治42(1909)年に呉市電(当時は呉電気鉄道)が開通したが、これは大正元(1912)年開業の広島電気軌道(現・広島電鉄)開業よりも早かった。

なお、呉市電の敷石は、後で訪問する入船山記念館の園内通路の敷石として再利用されているので、鉄道ファンならば要チェックだ。

10分の1戦艦「大和」はまさに本物

さて、堺川沿いの蔵本通りを南に進み、呉港を目指して歩いていこう。呉港周辺には、「大和ミュージアム(呉市海事歴史科学館)」、「てつのくじら館(海上自衛隊呉史料館)」、「艦船めぐり」の遊覧船という3つの大きな観光スポットがあるので、ここでは十分に時間を確保したい。

  • 「大和ミュージアム」には時代を物語る実物資料も多く展示されている(写真提供: 大和ミュージアム)

    「大和ミュージアム」には時代を物語る実物資料も多く展示されている(写真提供: 大和ミュージアム)

大和ミュージアムは、10分の1サイズで忠実に再現した戦艦「大和」を中心に、零式艦上戦闘機(ゼロ戦)六二型や人間魚雷「回天」等の実物資料を展示するほか、呉の歴史や造船技術等を映像やパネルなどを使って展示する博物館だ。2005年4月のオープン後、2017年6月に来館者数1,200万人を突破した。年間およそ100万人が来館しており、全国に4,000以上ある博物館の中で、上位にランクインするという。

館のシンボルである10分の1大和は、自衛隊の艦艇の修理を得意とする地元呉市の山本造船に発注し、細部まで再現されている。制作費は2億1,000万円かかったが、「ここまでお金をかけたからこそ、全国や海外から何度も見に来てくれるのではないか」と館内ガイドをしてくださった男性は言う。

  • 船尾から見た10分の1戦艦「大和」。制作費2億1,000万円のその技を、じっくり楽しみたい

    船尾から見た10分の1戦艦「大和」。制作費2億1,000万円のその技を、じっくり楽しみたい

実は、戦艦「大和」の3万枚以上の設計図は最高機密資料であり、終戦時に旧海軍がその大部分を焼却してしまったため、艦の正確な姿を知る手掛かりは当時の写真などに限られ、再現するのはとても大変だったという。

戦艦「大和」は呉海軍工廠で造られ、昭和15(1940)年8月に進水。レイテ沖海戦等に参戦した後、昭和20(1945)年4月7日、沖縄へ向かう途上、米軍機の攻撃により沈没し、現在も海底に眠っている。戦後、数度の潜水調査が行われるなどし、徐々にその姿が明らかになってきている。10分の1大和は完成後も新発見と共に手が加えられ、今後も新たな発見があれば、さらに"進化"していくのだ。

大和ミュージアムについて、館長で海軍史研究家の戸高一成氏は、「戦艦『大和』に関する現存する文書資料の90%以上は当館が所蔵していると思う。今後は、大和に関する実物資料を収集していきたい」と話す。

呉海自カレーを平らげよう

大和ミュージアムと通りを挟んで反対側にあるのが、建物前面に据え付けられた本物の潜水艦「あきしお」がシンボルになっている「てつのくじら館」だ。同館は、「海上自衛隊鹿屋(かのや)航空基地史料館」、「佐世保史料館(セイルタワー)」と並ぶ、全国に3カ所ある海上自衛隊の史料館のうちのひとつで、1階では海上自衛隊の歴史をパネル展示し、2階が掃海艇のフロア、3階が潜水艦のフロアになっている。

同館で最もワクワクするのは、潜水艦あきしおの艦内体験ができることだろう。3階の通路から潜水艦内部に進むと、中は驚くほど狭い。定員75人というが、よく長期間にわたって大勢の人間がこの狭い空間の中で、場合によっては危険な任務を遂行しつつ生活できるものだと思う。

さて、てつのくじら館を後にし、「艦船めぐり」の遊覧船に乗船するために、呉中央桟橋1階ターミナルへ向かおう。海上自衛隊呉基地や旧海軍の戦艦「大和」建造ドック跡地などを巡る、およそ30分の船旅が楽しめる。海上自衛隊の艦艇のみならず、建造中の巨大タンカーなども間近で見ることができ、迫力満点だ。

  • 「艦船めぐり」では本物の艦艇を間近で見られる

    「艦船めぐり」では本物の艦艇を間近で見られる

船旅が終わったならばランチタイムにしよう。今回食べたのは、2015年にスタートした新しい呉の名物グルメ「呉海自カレー」(以下、海自カレー)だ。海自カレーは、現在の呉基地に所属する海上自衛隊の各艦艇や呉教育隊などの陸上部隊で実際に食べられているカレーを忠実に再現している。それぞれの部隊のカレーのレシピに基づき、海上自衛隊の調理員が呉市内の飲食店に直接作り方を伝授し、現在、市内の29店舗で提供されている。

  • 「呉ハイカラ食堂」の潜水艦そうりゅうのテッパンカレー(税込1,450円 写真提供:呉市観光振興課)

    「呉ハイカラ食堂」の潜水艦そうりゅうのテッパンカレー(税込1,450円 写真提供:呉市観光振興課)

A店では「護衛艦うみぎり」のカレー、B店では「潜水艦うんりゅう」のカレーというように、店ごとに違うカレーを提供している。また、カレーを食べるともらえる「部隊オリジナルのロゴデザインシール」を集めると、景品と交換できる「シールラリー」も行われているので、食べ歩くのも楽しい。

おなかも満たされたところで、午後の散策を始めよう。