スクールカースト、ママカースト、マンションカースト……。大人も子どももコミュニティ内で巻き込まれることがあるカースト問題はなぜ起きるのでしょう?

◆人が集うと「カースト」が生じる?
大人も子どもも、学校や職場、地域などの何らかのコミュニティに所属すると、その集団に独特な結びつきが生まれることが多いと思います。

しかしコミュニティが大きくなると、そこにはさまざまな個性の人間が入り乱れるため、集団の中でも、より似たような特色の人同士が小さな集団を形成しがちです。すると、その小集団が他の小集団のことを悪く言う空気が生まれたりして、排他的な空気が発生することは少なくありません。

こうしてコミュニティ内の小集団の間で自然発生的に生じる、排他的で序列的な構造が、いわゆる「カースト」と呼ばれるものです。

◆大人社会にも子ども社会にも存在する「○○カースト」
コミュニティにおけるカースト問題には、さまざまなものがあります。最も有名なのは、中高生が意識する「スクールカースト」ですが、大人の世界でも、母親集団間の「ママカースト」や、タワーマンション等で一部見られる(と言われる)「マンションカースト」といったものがあるようです。

「カースト」という呼称はつかなくても、職場や地域、サークルなどのコミュニティにおいて、本来は平等な立場にあるはずの人々の間に、力の強い小集団と弱い小集団とが階層のように分かれ、序列的な雰囲気を経験したことのある人は多いことでしょう。

ではなぜ、大人のコミュニティでも子どものコミュニティでも、小集団によるカースト的な構造は発生してしまうのでしょう?

◆「集団間差別」が発生するメカニズムとは?
社会心理学では、自分が属する集団(あるいは、属していると感じる集団)を「内集団」、それ以外の集団を「外集団」と呼びます。人が普段、何気なく生活している上では、特に内集団のことを意識することはありません。しかし、突然コミュニティの中にそれまでのメンバーとは違う特色の人々が加わるなどして、外集団の存在を意識するようになると、急に内集団への所属意識が高まり、内集団と自分を同一視するようになります。

こうして内集団への同一視が強まると、内集団の価値を高く評価することによって、その内集団に所属する自分の自尊感情を守ろうとするようになります。その結果、内集団のみを好意的に評価する「内集団ひいき」が発生し、外集団に対して価値を切り下げ、偏見を向ける「集団間差別」が発生していきます。

コミュニティ内で発生する「○○カースト」も、この内集団ひいきによる集団間差別の延長線上にあるものと考えられます。

◆「スクールカースト」「ママカースト」が発生する原因
一例として、エスカレーター式の学校における「スクールカースト」の場合を挙げて解説しましょう。その学校に内部進学した子は、自分と同じように内部進学した子どもたちだけで過ごしているときには、特別に自分たちの結束を意識することもありません。しかし、中学や高校から入学してきた生徒たちがコミュニティに加わると、「私たちは内部進学組」と内集団の結束が高まります。

そして、「私たち内部進学組はプロパー。外部進学組はよそ者」というように内集団の価値を高める意識が芽生えて外集団を偏見的に見たり、「内集団だけが持っている価値」(情報、人脈、学校への貢献度など)を使って、外集団を差別するような言動が発生したりすることがあります。これが、スクールカーストにつながるプロセスだと考えられます。

では、「ママカースト」はどうでしょう? たとえば、母親集団の中では、そのコミュニティに長く属する古参の母親の小集団が新参の母親たちの上に君臨し、小さな嫌がらせをするなどの問題が生じることがあります。

古参の母親たちだけで交流しているときには、同じような価値観でまとまっているわけでもないのに、新顔の母親たちがコミュニティに加わった途端、古参の母親たちの価値を死守しようと、「自分たちだけが持っている価値」(情報、人脈、地域への貢献度など)を使って、新顔の母親たちの価値の切り下げを行うような行動が発生するのです。

◆視野を広く持てば、カースト問題から自由になれる
このように、人々は外集団を意識することで、内集団への所属意識が高まり、その結果、内集団ひいきが生じて、そこに所属する自分の価値を守ろうとします。そして、その集団のコミュニティにおける影響力が強いと集団の価値は高まり、コミュニティ内で優位的立場に立てるようになります。

しかし、逆に考えれば、こうした内集団の価値を必死に探り、その価値を使って外集団を差別しようとする行動は、内集団にしがみつく人々の不安の現れであり、自信のなさの証明であるとも言えます。

したがって、集団間差別を受けたとしても、自分に価値がないと感じる必要はありません。そのコミュニティから一歩外に出れば、コミュニティ内の人々が意識する「○○カースト」など、何の意味もなくなります。小さなコミュニティ内のカースト問題に一喜一憂するより、もっと視野を広げて、自分のやりたいことや、自分の生きる目的に意識を向けていきませんか?


文=大美賀 直子