2018年3月7日に三菱重工業長崎造船所で、海上自衛隊向けの護衛艦「あさひ」の引渡式、ならびに自衛艦旗授与式が行われた。久々の新型護衛艦の登場である。ちなみに、配備先は第2護衛隊群・第2護衛隊、定係港は佐世保だ。この式典の模様を取材してきたので、最新の護衛艦における情報通信技術という観点から記事をまとめてみた。

  • すべての式典を終えて、定係港の佐世保に向けて出航する「あさひ」

引渡と自衛艦旗の授与とは?

本題に入る前に、「引渡式、ならびに自衛艦旗授与式」について簡単に説明しておきたい。

現在、海上自衛隊の艦艇はすべて民間の造船所で建造している。建造に際しては、防衛省が所要の予算を確保した上で、造船所と契約を締結して建造を発注する形になっている。

フネが完成すると公試(公式試験航海)を実施して、搭載している機器の動作や問題がないかどうか、所定の性能が出ているかどうか、といったことを確認する。そして、仕様通りのものができていることを確認したら、引き渡し(官側から見ると領収)が実現する。

つまり、引き渡しが終わるまでは、その艦はまだ造船所の持ち物なのだ。だから、マストには造船所の旗が掲げられている。引き渡しが行われると造船所の旗を降ろして、16条の旭光が描かれた自衛艦旗(いわゆる軍艦旗だが、日本では自衛艦旗という)を掲げる。

  • 引渡式典が始まる前の「あさひ」。まだ三菱の社旗が掲げられている

  • 引渡式典では、まず三菱側から「引渡書」が渡される。続いて防衛省側から「受領書」が渡される。この後で、三菱の社旗が降ろされる

  • 続いて自衛艦旗授与式。村川豊海上幕僚長から、初代艦長・高岡智2等海佐に自衛艦旗が渡される

  • 艦長が、受け取った自衛艦旗を副長に渡す。続いて、副長を先頭にして乗組員が乗艦する(艦長は最後に乗艦する)

  • 乗艦した乗組員が艦尾のヘリ発着甲板に整列したところで、艦尾の旗竿に自衛艦旗を掲げる。この瞬間に、「あさひ」は正式に自衛艦となるのだといえる

これで初めて、その艦が海上自衛隊の艦籍に入り、「海上自衛隊の艦」となる。乗組員のボスが「艦長」という肩書きになるのも、引き渡しが済んで自衛艦旗を受け取った後の話である。初代艦長となる海上自衛官はその前から着任しているが、着任の段階では肩書きは艤装員長という(最初の乗組員も、着任の時点では艤装員という)。

「あさひ」の特徴(1)ソナーと洋上無線ルータ

「あさひ」は、いわゆる汎用護衛艦である。といっても、知らないと何のことだかわかりにくいが、要するに「敵国の潜水艦と水上艦を退治するのが主任務の艦」ということである。

もちろん、艦対空ミサイルや近距離防御用の対空機関砲も備えているが、それはあくまで自衛用。つまり我が身に降りかかってくる対艦ミサイルという名の火の粉を払うためのもので、他の艦船に護りの傘を差し伸べるためのものではない。

その潜水艦狩りの分野で、「あさひ」には新機軸が取り入れられている。それが、ソナーのバイスタティック化・マルチスタティック化である。

「軍事とIT」の第137回で、対レーダー・ステルスへの対処としてレーダーをバイスタティック化・マルチスタティック化する話に軽く触れた。ソナーでも、基本的な考え方はそれと同じだ。普通は送信機と受信機が同じ場所にあるが、バイスタティックやマルチスタティックでは別々の場所にある。受信機が1つならバイスタティック、複数ならマルチスタティックである。

いずれ「軍事とIT」で詳しく解説する予定だが、バイスタティック化・マルチスタティック化を成立させようとすると、探知用の音波を出すプラットフォーム(艦や航空機など)と、その音波の反射波を受けるプラットフォームが別々になる。

ということは、探知用の音波を出すプラットフォームは、ソナーを作動させて探信するとともに、「いつ、どの地点からどちらに向けて探信音を出しました」という情報を流す必要がある。反射波を受けるプラットフォームでは、その情報を受け取って、さらに自身の位置や受信した音波の入射方向の情報を加味することで、探知目標の位置を割り出す。

ということは、「あさひ」にはソナー同士で情報を交換するための通信機能があるということだ。そのアンテナと思われるのが、マスト最上部直下にある円錐形のアンテナ。写真では分からないが、アップで見てみると「ペンキぬるな」と日本語で注意書きが書いてある。

その下にもう1つ、似たような形のアンテナがあるが、こちらの注意書きは英語だ。すると、米軍とも共通するデータリンク機材・Link 16のアンテナと思われる。

  • 「あさひ」のマスト最上部。最上段のお皿はヘリの誘導に使うTACAN(Tactical Air Navigation)のアンテナ。その直下にある円錐形のアンテナが、洋上無線ルータのアンテナと思われる。その下にある円錐形のアンテナは、おそらくLink 16データリンクのもの

名称は「無線ルータ」だが、艦と艦の間でデータ交換を行うわけだから、これも一種のデータリンクである。それなら、すでにあるLink 16で同じことができなかったのか ?という疑問を感じた。

「日本で独自のものを作ってみたかったのではないか?」というジョーク的推測は措いておくとして、理由としてありそうなのは、データ・フォーマットの問題。

Link 16はNATO諸国が共通で利用しているデータリンクだから、相互運用性を確保するために、データ・フォーマットに関する規定がある。裏を返せば、Link 16のデータ・フォーマットで規定していない種類のデータを、勝手に付け加えることはできない。そんなことをやったら相互運用性が成り立たなくなる。

それで、ソナーのバイスタティック/マルチスタティック・オペレーション向けに、別立てで洋上無線ルータを用意したのではないか、というわけ。

身近なところでも似たような話がある。交通系ICカードの全国相互利用によってもたらされた利便性は計りしれないが、その代わり、特定の事業者が勝手にデータを付け加えたり書き込んだりすることはできない。それをやったら、相互利用に差し障りが生じる可能性が出てくるからだ。それと似ているかもしれない。

前編はこのくらいにしておいて、後編 では、「レーダー」「煙突と電測兵装」など、さらに「あさひ」の特徴を紹介していくことにしたい。