雲ができて雨が降ったり、台風や竜巻が生まれたりする私たちになじみ深い日々の気象は、地面から高度十数キロメートルまでの「対流圏」で起きている現象だ。ここではその名の通り、空気が上昇したり下降したりする「対流」がさかんに起きている。対流圏では、高度が増すと気温が下がる。暖かい空気の上に冷たくて重いはずの空気が乗っている構造なので、空気が上下方向に動いたとき、もともと不安定になりやすい。だから、対流も起きやすい。

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    図1 赤道の上空から「西風」(オレンジ色)と「東風」(青)が下りてくる様子。点線の矢印は、このうち「西風」が時間(横軸)とともに下がってくることを示している。ふつうは、下りてきてそのまま高度17~18キロメートルで消滅するが、2016年から2017年にかけては、「東風」が急に割り込んできて、「西風」が上下に分裂してしまった。「QBO」は「準2年周期振動」の略。(図はいずれも渡辺さんら研究グループ提供)

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    図2 渡辺さんらがコンピューターで再現した赤道上空の風。2月1日のデータを出発点にして計算した。水色の線が計算結果。複数の計算を行ったため、線も複数ある。それぞれの日付の縦の点線より右側の部分が「西風」、左側が「東風」を表す。黒い線が観測値。ピンクの四角で囲んだ部分で、本来の「西風」が逆転して「東風」になっていく。準2年周期振動の崩壊だ。その様子が再現された。

対流圏の上には、高度50キロメートルくらいまで広がる「成層圏」が乗っている。成層圏では、高度が増すと気温が上がる。対流圏とは逆だ。冷たくて重い空気の上に暖かく軽い空気が乗っているので、安定している。安定した空気が、まるで層をなすように重なっているわけだ。成層圏は、対流圏で変化する日々の天気とは基本的に関係がない。

では、まったく関係ないかというと、そうではない。たとえば、赤道上空の高度16~30キロメートルくらいのところには、地球をぐるりと一周する東向きの風と西向きの風が吹いている。そのスピードは、速いときで秒速20~30メートルくらいになる。大きく変動しない安定した大規模な流れなのだが、とても変わった特徴を持っている。西風と東風が、28か月くらいの周期で入れ替わるのだ。この西風と東風の入れ替わりを「準2年周期振動」という。これが、私たちが住んでいる対流圏の気象に影響を与えるらしい。

ここでいう「振動」は、なにかがブルブル震えることではなく、おなじ事柄が繰り返し起きる現象を指している。ある場所で西風が東風になって、ふたたび西風の同じ状態に戻るのに28か月かかる。だから約2年周期の「振動」だ。その入れ替わり方も変わっている。たとえば、20キロメートルの高度を西から東に「西風」が吹いているとき、その上の高度30キロメートルには、反対に東から西に向かう「東風」が吹いている。逆向きの風が2階建てになって、赤道上空をぐるりと一周とりまいているわけだ。そして、この2階建て構造が、上から下に下りてくる。1階部分(西風)が消滅して2階(東風)が1階になり、そのとき、すでに2階(西風)が生まれている。その2階がまた1階になり……。これを繰り返す。

この繰り返しはきわめて規則的だが、その規則性が2015年から16年にかけて崩れた。西風が上空から下りてきたのだが、じゅうぶんに下りてくる前に、東風に変わってしまったのだ。西風はというと、また上がってしまった。上下に分かれてしまったのだ。なぜ崩壊したのか。そういうとき気象学者は、コンピューター・シミュレーションで現象を再現し、計算結果の数字の列の中に原因を探す。だが、これは難しい。そもそも、この崩壊現象をシミュレーションで再現できなかったからだ。それに初めて成功したのが、海洋研究開発機構シームレス環境予測研究分野の渡辺真吾(わたなべ しんご)分野長らの国際研究グループだ。

渡辺さんらは、成層圏の大気の流れを細かく計算できるシミュレーションのシステムを使い、2016年2月1日の状態を出発点にして、その後の推移を計算してみた。すると、1週間後から1か月後くらいにかけて、高度22キロメートル付近で西風が東風に変わり、これまでの規則性が崩れてしまう様子を実態通りに再現できた。地球の自転の影響で発生する「ロスビー波」という特殊な波動がやってきて、下りてきた西風を上下ふたつに割ってしまったのだという。

成層圏の準2年周期振動は、28か月もかけてゆっくり変化する現象なので、このさき数日間の天気を予報する「短期予報」には影響しない。影響が出るのは、数か月さきを予報する「季節予報」だ。最近の研究では、準2年周期振動の状況がアジアの冬の寒気に影響する可能性があると指摘されているという。季節予報のコンピューター計算には、いまのところ準2年周期振動の予測は含まれていないが、渡辺さんによると、ヨーロッパ中期予報センターなど世界最先端の機関では、その計算を予報に組み入れて精度の向上を図る動きがあるという。

渡辺さんらの今回の研究では、40日後までの予測に成功した。渡辺さんは、「季節予報に利用するには、40日よりずっと先の状態を正しく予測計算する必要がある。いま、それを検討しているところだ」という。季節の天候に影響を与える要因には、北極周辺からの寒気の南下に関係する「北極振動」や、太平洋赤道域の海水温が通常の状態からずれる「エルニーニョ」「ラニーニャ」などもある。気象の予測は、この半世紀、コンピューター予測の急速な進歩と観測網の整備で、その精度が格段に向上してきた。これに準2年周期振動が加わって、さらに予測精度は上がるのか。注目したいところだ。

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