海洋研究開発機構(以下、JAMSTEC)は、地球全域の雲の生成・消滅を詳細に計算できる全球雲システム解像大気モデル「NICAM」をスーパーコンピュータ「京」で実行し、60年間分に及ぶ気候シミュレーションを行うことで、地球温暖化による台風の活動や構造の変化について解析したと発表した。

台風中心付近の鉛直断面の模式図。(出所:JAMSTECプレスリリース)

同研究は、JAMSTECビッグデータ活用予測プロジェクトチームの山田洋平ポストドクトラル研究員、小玉知央研究員、東京大学大気海洋研究所の佐藤正樹教授らの共同研究チームによるもので、同研究成果は、9月14日付けで米国気象学会が発行する気候学の専門誌「Journal of Climate」オンライン版に掲載された。

先行研究による、台風活動の度合を予測する全球大気数値モデル(以下、全球モデル)を用いたシミュレーションでは、一年当たりの地球全体の台風の発生数は減少するが、強い台風の発生割合は増加することが報告されている。しかし、先行研究で用いられた全球モデルは水平解像度が低く(数十km~数百km)、個々の雲や雲システムを表現することができず、変化の振幅や海盆毎の変化は研究によって異なっていた。そこで、同研究チームでは水平解像度14kmのNICAMを用いて実施した、60年間分におよぶ現在気候(1979年~2008年)と21世紀末を対象とした将来気候(2075年から2104年)のシミュレーション結果から、地球温暖化による台風活動の変化の調査と、台風の大きさの変化メカニズムの検証を行った。

NICAMを用いた現在気候と将来気候シミュレーションを比較した結果、地球全体で平均した台風の発生数は22.7%減少、強い台風の発生数は6.6%増加、台風に伴う降水量は11.8%増加した。これらの結果は先行研究と同じ傾向で、台風の強風域の半径を比較すると、地球温暖化時に10.9%拡大することが分かった。また、中心気圧920~945ヘクトパスカルまで発達した台風を抽出して合成解析をすることで、台風の構造を調べたところ、接線風速が最大になる最大風速半径の外側で、地球温暖化時に接線風速が大きくなることがわかった。

そのほか、現在気候と将来気候の中心気圧を揃えて比較したところ、将来気候のシミュレーションでは半径約80km付近で現在と比較した気圧の低下がもっとも大きくなり、その半径よりも外側で接線風速が増加している。この気圧の変化は、台風に特徴的な壁雲が地球温暖化時に変化することで引き起こされていることが判明した。

壁雲の変化による台風の周りの風速分布が変化するメカニズムの概念図。台風の中心で地表面気圧が同じであっても、壁雲の下では現在気候よりも将来気候で気圧が低下し、壁雲の外側で風速が増加する。(出所:JAMSTECプレスリリース)

この壁雲の中では、海面付近から供給された水蒸気の凝結により雲が形成され、凝結熱が放出される。地球温暖化時には対流圏界面高度が上昇し壁雲は高く発達し、雲が形成される領域が広がり凝結による加熱が増加。この熱は台風の周りの循環によって分配され大気を暖め、暖められた大気の密度は小さくなり、その下の気圧は低くなる。壁雲が存在する半径は、最大風速半径とおよそ一致することが観測的に知られており、また、台風の壁雲は上空へ向かうにつれて外側に傾いた構造をもっており、大気の加熱は壁雲域の上端部で顕著となる。従って気圧の低下は壁雲域上端の下側、つまり最大風速半径の外側で起こり、接線風も外側で増加したと考えられる。この風速の増加は、台風に伴う強風域が将来拡大する可能性を示唆しているという。

今回の研究では、雲のシミュレーションにおける経験的な仮定を排した高解像度の全球モデルNICAMで地球温暖化時の台風の活動を比較し、これまでの手法では議論が難しかった台風の大きさの変化とそのメカニズムについても調べた。一方、台風の将来変化やそれに影響を及ぼす気候システムの将来予測にはまだ不確実性が存在し、こういった不確実性を低減するためには、その要因を定量的に理解することが不可欠となる。シミュレーションの条件を少しずつ変更した多数のシミュレーション(アンサンブルシミュレーション)を実施することによって、不確実性を定量化する必要があり、かつ全球モデルのさらなる精緻化が必要となるということだ。