箱根の温泉旅館「一の湯」は1630年に創業、380年以上続く老舗中の老舗だ。一の湯は箱根塔ノ沢の温泉旅館「一の湯」をはじめ、箱根町を中心に7つの温泉旅館を経営している。

そんな一の湯が、AI機能を備えるオラクルのクラウドサービス「Oracle Service Cloud」を導入した。一の湯は、Oracle Service Cloudの導入により、何を目指しているのだろうか。

思い切った取り組みで人時生産性5000円を実現

常務取締役 商品開発本部長の小川尊也氏は、「われわれの最大の特徴は価格が安い点です」と話す。箱根の温泉旅館と言えば、1泊2食の宿泊料金は3万円、5万円がざらだが、一の湯は1万円程度で宿泊することができる。

一の湯 常務取締役 商品開発本部長 小川尊也氏

もちろん、安かろう悪かろうでは、商売が成り立たない。「一の湯では良心的な価格を守りつつ、価格以上の価値を提供することを目指しています」と、小川氏は語る。これを実現するための戦略の1つが「人時生産性の向上」だ。

人時生産性とは労働に対し収益を評価する指標であり、簡単に言うと、従業員1人の1時間当たりの粗利益である。一の湯は生産性を向上するため、30年前から人時生産性の向上に取り組んできた。小川氏によると、ファミリーレストランの平均的な人時生産性は3500円程度だが、一の湯は5000円を達成しているという。単純に労働時間を減らすだけでは、人時生産性を上げることは難しい。ここに至るまでに、一の湯ではさまざまな手を打ってきた。

その1つが部屋食の廃止だ。温泉旅館と言えば部屋食――そんなイメージを持つ人が多いのではないだろうか。実際、豪華な部屋食をウリにしている旅館も少なくない。しかし、一の湯は人時生産性の改善と顧客サービスの向上を目指し、あえて部屋食をやめた。

ご存知の通り、部屋食には多くの労働時間を割かなければならない。部屋食を廃止した分はちゃんと料金に反映させることで、結果として、顧客の心離れを起こすことなく現在に至っている。ちなみに、部屋食の廃止に向け、4階の大広間をレストランに改装したそうだ。

また、冷蔵庫に常備されていたドリンクも置くのをやめ、各階に自動販売機を設置して、市価で販売することにした。ホテルや旅館の自動販売機では、市価に数十円乗せられているケースが多い。

顧客がそれほど必要としていないと思われるサービスはとりあえずやめてみて、もし不評だったら戻せばいい。そんな心構えで、改革を進めていったという。

塔ノ沢 本館「一の湯」の4階にある食堂。この4階は大正11年に増築したもので、大工さん自慢の作とのこと

箱根町の訪日外国人約10%が宿泊

一の湯は価格に加えて、外国人が多い点でも特徴的だ。箱根町を訪れる外国人の10%程度が一の湯グループの施設に宿泊しているそうだ。小川氏は外国人が増えた経緯について、次のように語る。

「海外の方が増えたきっかけは、1996年にWebサイトに英語のページを公開したことです。また、1997年に改装して、客室に露店風呂を設けました。当初は国内のお客さま向けだったのですが、"大浴場には抵抗があるけど、温泉には興味がある"という海外の方から注目を集めたようです。ヨーロッパからFAXで問い合わせを受けたこともあります」

現在、グループ全体の宿泊客数の4割が外国人であり、昨年は4万人を突破したが、「正直なところ、ここまで増えるとは想像していませんでした」と小川氏は振り返る。

周知のとおり、日本は2020年にオリンピックの開催を控えており、今後ますますの訪日外国人の増加が見込まれる。旅館業として、訪日外国人の需要への対策は必須と言える。

そして、一の湯では「人時生産性5000円」を実現したことで、さらに6000円達成を目標に据えている。

これら2つの目標達成に向けて、一の湯はOracle Service Cloudの導入に踏み切った。