クラウド移行の「その先」を視野に

協和発酵キリンが取り組んできたクラウド移行が佳境を迎えつつある。すでに全システムの約6割をAWSのIaaSを中心とするクラウドに移行させた。ここには、生産系システムや受発注システム、法規制対応が求められる医薬品の製造販売に関連するシステムなど、一般に"クラウドの壁が高い"と思われているシステムも含まれる。

また、今年に入ってから、AWSのVDIサービス「Amazon Workspaces」を利用し、クライアントPCのクラウド化にも着手している。現在は、クライアントからサーバまでのほとんどがサービス化されてクラウド上で提供されているという状況だ。協和発酵キリンのICTソリューション部で部長を務める山岡靖志氏はこう話す。

協和発酵キリン ICTソリューション部 部長 山岡靖志氏

「サーバの更新のタイミングに合わせてクラウドへの移行を進めています。ただし、クラウドに持っていくことが目的ではないので、総合的に判断してメリットのないものはオンプレミスに残しています」(山岡氏)

現在、オンプレミス上に残っているのは、前回のハードウェア更新時にAWS上での動作保証がとれなかった会計システムや、新薬の承認申請のドキュメントを作成するシステムなど。これらも次回更新時には、クラウドに移行する可能性が高い。ICTソリューション部インフラソリューショングループ課長補佐の楠本貴幸氏は、こう話す。

協和発酵キリン ICTソリューション部インフラソリューショングループ課長補佐 楠本貴幸氏

「クラウドに移行するための技術的な課題はほとんどありません。難しいのは規制対応のための社内調整やクラウドに合わせた運用の見直しです」(楠本氏)

今のところ、協和発酵キリンが力を入れているのは、クラウド移行の「その先」だ。数年前から業務部門にシステム部員を常駐させるなど、ユーザー部門とIT部門の"距離"を近づけてきた。今年4月には、情報システム部の名称をICTソリューション部に変更。あわせて、新技術をウォッチして業務への適用を推進するためのICTイノベーションチームを発足させた。

「クラウドが普及してITがコモディティ化したことで、ユーザー部門にとってITが特別なものではなくなり、利用する際の壁が低くなってきています。われわれが持つテクノロジーの知識と、業務部門が持つ業務知識をうまく融合し、ICTの利活用を推進していきたい。今、そのための取り組みを進めているところです」(山岡氏)

アプローチのカギは「クラウド間ハイブリッド」

協和発酵キリンが「クラウドファースト」を旗印にクラウド移行を本格化させたのは2013年だ。それまで同社は「エンタープライズHUB」を中心としたエンタープライズアーキテクチャに基づいてITシステムを設計、管理してきた。

エンタープライズHUBは、共通マスタHUBとトランザクションHUBで構成され、業務ごとに独立したシステムを疎結合するアーキテクチャだ。このため、クラウドへの移行も業務への影響を最小限にとどめながら、システム単位で段階的に移行することができたという。

「エンタープライズHUB」の概要

「ホストコンピュータをダウンサイジングする際、SAPのような統合パッケージは採用せず、業務特性に応じて最適かつ安価なパッケージを段階的に導入してきました。この方式がとれたのは、エンタープライズHUBがあったからです。クラウド移行に際しても、段階的な切り替えが容易にできたのはエンタープライズHUBのおかげです」(山岡氏)

協和発酵キリンの言うクラウドファーストは、必ずしも「AWSファースト」ではない。2013年時点で最もよい選択肢だったのがAWSであったにすぎない。当時から、多様なクラウドプロバイダーが多様なサービスを展開することも踏まえ、クラウド環境をハイブリッドな形で利用するという「クラウド間ハイブリッド」を基本戦略に据えていた。

「AWSは、あくまで自社データセンターの一部という発想です。自社のデータセンターという認識であるため、それが将来的には他のサービスと併用している可能性もゼロではありません。AWSに何かあってもバックアッププランとして他のクラウドに移行できるようなシステムアーキテクチャになっています。PaaSやSaaSを含め、クラウドサービスを自社データセンターに組み合わせていくという意味でのハイブリッドなのです」(山岡氏)

無理にハイブリッド構成を志向しているわけでもない。AWSでまかなえるのであればAWSを使う。AWSの新サービスを採用する際は、ロックオンされないように撤退戦略を持って運用する。また、新システム導入時、既存システムの更新時は、まずSaaSを検討する姿勢で臨んでいるという。

「優先順位はIaaSよりもPaaS。PaaSよりもSaaSです。SaaSファーストと言ったほうが正確かもしれません」と山岡氏は話す。