縦に開いて読み進む斬新なスタイルと、生き物たちの暮らしを描いた細かな絵が話題を呼び、累計270万部を超える絵本『100かいだてのいえ』(偕成社)シリーズ。8月8日、待望の4作目『そらの100かいだてのいえ』が発売されるとのことで、作者の絵本作家/メディアアーティスト・いわいとしおさんに作品の見どころを教えてもらった。

著者のメディアアーティスト・いわいとしおさん

今作の主人公はシジュウカラのツピくん。ある日、お腹をすかせたツピくんは、ひと粒のひまわりの種を見つけ、「これじゃ、おなかいっぱいにはならないや……そうだ! はなをさかせて、たねをふやそう!」と思い立ち、植える場所を探しに空へと飛び立つ。そうして「そらの100かいだてのいえ」に辿り着き、くもさんやあめさん、かみなりさんといった住人たちと出会いながら100階を目指して登っていくというストーリーだ。

そらの100かいだてのいえを登っていくツピくん

自然をモチーフにしたキャラクターが登場

今回の主役は生き物でなく"自然現象"

――『100かいだてのいえ』(2008年)は地上、『ちか100かいだてのいえ』(2009年)は地下、『うみの100かいだてのいえ』(2014年)は海でしたが、今回はどのような理由で題材に"空"を選ばれたのでしょうか。

前作の『うみの100かいだてのいえ』を描き終えたあと、ふと海の上に広がる"空"を舞台に、雨や雲といった"無生物"が登場する"100かいだてのいえ"を描いてみたら面白いかなと思いついたんです。今、僕は伊豆で暮らしているのですが、庭につくったバードテーブル(餌台)にミカンやひまわりの種などを置いておくと、たくさんの鳥たちが食べにくるんですよ。それをカーテンの隙間から窓越しにこっそりのぞき見するのが楽しい(笑)。

今作の主人公であるシジュウカラも、庭にくる大好きな鳥のひとつ。しばらくすると、シジュウカラがバードテーブルの周りにポロポロと食べこぼしたひまわりの種が地面から芽を出し、それを僕が他の場所に植えかえたり……ってことをよくしているんです。そんな僕自身の日常的な自然との関わりが今作の発想の元になっています。

――これまでは登場人物が人や動物など生き物でしたが、今回は雲や雨といった"自然現象"だったのが意外でした。

例えば「テントウムシ」を書くなら実物の虫の形や生態を参考にして、"こんな家に住んでるかな"とか"こんな暮らしをしているかな"とかイメージを膨らませて描けるのですが、今回の雨や雲といった"自然現象"はとても抽象的なものです。10人が絵にすれば10通りの絵ができあがると思います。自分の想像力が試されるのでプレッシャーもありますが、ある意味、今まで以上に自由な絵が描けるという面白さもありました。

――"形のないものを形づくる"ということで、読者の子どもたちの想像力がより育まれるような気がしますね。

確かにそうですね。もうひとつ、題材に自然現象を選んだ理由としては、いつも僕らの身近にある"大きな自然"に子どもたちがもっと親しみを持ってほしいなと思ったんです。普段、植物とか昆虫とかに興味は持っても、太陽とか雲とか、もっとずっと大きな自然は当たり前すぎて、そんなに考えたりしないじゃないですか。でも、最近は温暖化の影響で豪⾬などの大きな災害があちこちで起きていますよね。

僕がそうした自然現象たちが活動する世界をファンタジーとして絵本に描くことで、子どもたちが頭の片隅に"自分たちはそうした大きな自然と⼀緒に生きている、生かされている"ということを感じてもらえればいいなと思っています。ただ、声高々に「環境について描いた絵本です!」なんて言うつもりはなくて、もっとシンプルに絵本を通じて"自然って面白いな、楽しいな"って思ってもらえれば嬉しいですね。

いわいさんが語る絵本の魅力

――そういった自由な発想には、もともと絵本作家ではなく、メディアアーティストとして活躍されてきたいわいさんならではの魅力を感じます。

テレビにしろコンピューターにしろ、世の中の大概の製品は、開発した技術者やメーカーによって、使い方が決められています。でも、僕はメディアアーティストとして、そういった製品もひとつの素材として捉え、自由な発想で、人々が新しい技術に向き合え、楽しめるようなメディアアート作品をつくってきました。

絵本については、高校生の頃から好きだったんです。一生に一冊でいいから、いつか絵本をつくってみたいなという想いは持っていました。ただ、絵本は歴史も長いメディアですし、今までに大勢の人がさまざまな作品をつくっているので、正直言うと「僕がやるべきことはもうないかも」とも思っていたんですよ。

――そうなんですか。でも『100かいだてのいえ』シリーズは他にないいわいさんならではの作品に仕上がっています。

ハイテクな仕事ばかりしていましたが、自分に子どもができたことを機に、娘と一緒に手づくりのおもちゃをつくったり絵を描いたり、アナログな物への関心が強くなってきたんです。そんなとき、現在の担当編集者さんから「絵本を描いてみませんか? というお話をいただいたのが、この『100かいだてのいえ』を描くきっかけになったんですよ。

当時、娘は"数字が10ずつ繰り上がっていく"仕組みがうまく理解できないようだったので、それがわかるような絵本をつくると面白いかなと考え始めました。さらに、数字が増えると大きくなるもの……建物だ、建物が高くなっていく……縦開きだ、という風に今のカタチができ上がりました。

いわいさん手づくりのツピくん

――デジタルに比べ、アナログな紙(絵本)というメディアは制限が多くて戸惑いませんでしたか?

飛び出したり、穴を開けたり、絵本にも色んなバリエーションがありますよね? 当初、担当の編集者さんはメディアアーティストとして活動していた僕に対してそういった奇をてらった絵本を求めているのかなと思っていたんです。でも、聞いてみるとそうではなく、ちゃんと決められたページ数、決められたサイズなど制約の中で絵本をつくって欲しいとのことでした。

でも、制約の中で"自分なりにギリギリまで攻め込んでいく"こと、"いいところを最大限に引き出すにはどうしたらいいだろう"と考えながら作品をつくっていくのはすごくやりがいがあり、楽しかったです。

――最後に、いわいさんが想う"絵本"の魅力を教えてください。

読者の方から「保育園の読み聞かせに使っています」といった声をよく聞くのですが、まさに絵本は"読み聞かせをすることで成り立つメディア"だと思うんです。テレビやスマホは、基本的には放っておいても一人で楽しめますが、絵本はそうはいきません。親が子どもと一緒に読み進めながら楽しむもの。

正直、親にとっては手間がかかるものとも言えますが、その手間こそが他のメディアでは得られない"いい時間"をつくってくれます。作り手としては、そういった絵本の良さをより引き出せるようないい作品をこれからもつくっていきたいですね。

刊行にあわせて、7月26日~8月7日に大阪・阪急うめだ本店にて、展覧会「あそびにおいで! 100かいだてのいえ いわいとしおの絵本の世界展」も開催。『100かいだてのいえ』シリーズの全原画をはじめ、スペシャルトークショーやサイン会、オリジナルグッズの販売などが行われる。

作者プロフィール: いわいとしお

1962年愛知県生まれ。絵本作家/メディアアーティスト。子どもの頃に母親から「もうおもちゃは買いません」と言われ、ものづくりに目覚める。筑波大学大学院修士課程芸術研究科修了。テレビ番組やゲームソフト制作、電子楽器開発など多岐に渡る活動を展開し、現代日本美術展大賞、文化庁メディア芸術祭大賞、芸術選奨文部科学大臣賞ほか数多く受賞。娘との手作りおもちゃをきっかけに、絵本作家にシフトし現在に至る。主な絵本に『100かいだてのいえ』シリーズ(偕成社)、『いわいさんちのどっちが? 絵本』シリーズ(紀伊國屋書店)、『ゆびさきちゃんのだいぼうけん』(白泉社)、『ぼく、ドジオ。』(小学館)など。『100かいだてのいえ』シリーズは、台湾、中国、韓国でも大人気で、今年韓国では、ソウルを中心に巡回展が行われた。

そらの100かいだてのいえ
(1,200円・税別/偕成社)


縦に開いて大迫力の「100かいだてのいえ」シリーズの最新刊。4作目の舞台は空の上! 前作『うみの100かいだてのいえ』の刊行後、「つぎはどこのいえかな?」「宇宙かな?」と新刊を待ちわびる声がたくさん届くなか、いよいよ『そらの100かいだてのいえ』が満を持して登場。
サイズ…22cm×31cm
ページ数…32ページ
対象…3歳から
発売日…8月8日予定