ソニーの野本和正氏 (提供:imec)

ベルギーimecは2017年5月に、年次研究方針発表会ともいえる「imec technology forum 2017 Belgium(ITF 2017)」を開催。そこで、ソニーのデバイス&マテリアル研究開発本部ユーザーインタフェース(UI)開発部門 チーフUIデバイスリサーチャーの野本和正氏が、「VR (Virtual reality:仮想現実)およびAR(Augmented Reality:拡張現実)のためのユーザーインタフェース」と題して講演を行った。

図2 巨大スクリーンの前で話す野本氏(ステージ中央、および左右上部のデイスプレイ) (著者撮影)

VRは、図3に示すように、仮想世界に現実世界の自分が没入して仮想世界をあたかも現実世界のように感じる概念で、ここでは仮想世界への没入(Immersiveness)という概念が重要となる。これに対して、ARは図3の右側に示すように、仮想世界を現実世界にスーパーインポーズする、あるいは重ね合わせて表現する手法で、ここでは重ね合わせ(Overlay)という概念が重要となる。

VR/ARの用途としては、エンターテインメント、シミュレーション、教育、訓練、エンジニアリング、土木建築、航海、ヘルスケア、マーケッティング、スポーツなどさまざまなものが挙げられており、キラーアプリケーション次第で、今後、市場が急激に広がる可能性を秘めている。

図3 VRおよびARの概要 (出所:ソニー、以下すべて)

テレビは空間占有率を高め、モバイルは時間占有率を高める方向

大型テレビは、2Kから4Kへと解像度を上げてきており、さらには近い将来、8Kへ進化する見通しである。スマートフォン(スマホ)などの小型ディスプレイにおいても、300ppiから500ppi、さらには800ppi超(4K相当)へと向けて解像度を上げてきている(図4)。「多くの人々にとって、ディスプレイの解像度についてはすでに十分満足できるレベルに到達しており、これからはユーザーインタフェースが重要になってくる」と野本氏は語った。

ユーザーインタフェースとしてのテレビなどの大型画面は、解像度を上げるだけではなく、空間占有率を高める方向に進化を続け、VR充実の方向を目指している。スマートフォンなどの小型モバイル画面は、ウェアラブルとして時間占有性を高める方向で進化し、AR充実を目指す形となる(図4)。

図4 ユーザーインタフェース・デバイスの新しい方向。テレビは空間占有率を高め、VR充実の方向へ、モバイルは時間占有率を高め、AR充実の方向へ

AR/VRのためのディスプレイの高性能化

没入感のある仮想現実を表現するために必要なディスプレイのパラメータを図5に示す。真上から 時計周りに、視野角、フレームレート(1秒あたりの画像数)、コントラスト、量子化(アナログ信号を離散したデジタル信号に変換する処理)、色域(自然色を再現できる範囲)、解像度である。

ディスプレイやカメラの

  • 高解像度化(HR)
  • 広色域化WCG)
  • 高ダイナミックレンジ化(HDR)
  • 高フレームレート化(HFR)
  • 広視野化(FOV)
  • 信号処理の多量子ビット化

をめざした技術進歩は劇的に改善されてきており、これらにより、 デイスプレイ・コンテンツの画質は向上している。このような技術進化のおかげで、VR/AR画像の体験を提供できるようになり、広い視野のディスプレイを備えた高品質の画像が、同分野のユーザーインタフェースデバイスとして重要な役割を果たすようになっている。

図5 没入感のある仮想現実を表現するために必要なディスプレイのパラメータ。真上から 時計周りに、視野、フレームレート(1秒あたりの画像数)、コントラスト、量子化、アナログ信号を離散したデジタル信号に変換する処理)、色域、解像度の順となっている

さまざまな新型ディスプレイの開発を進めるソニー

ソニーでは、ARのユーザーインタフェースとしてさまざまなディスプレイやその要素技術を開発に取り組んでいる。図6は、それぞれのデバイス(SXRD、マイクロLED、OLEDマイクロディスプレイ、ヘッドマウントディスプレイなど)が、画質パラメーターのどの項目を改善することを意図しているかを示したものとなる。

図6 ソニーが開発しているいろいろなディスプレイの位置付け(それぞれの新規開発ディスプレイはどのパラメータを改善することを目的にしているかを示している)

以下、ソニーで開発している個々のディスプレイをユーザーインタフェースの見地から見ていこう。最初は至近距離で投影できる4K超短焦点プロジェクタとポータブル超短焦点投影プロジェクタの2つのプロジェクタ。

4K用にはレーザー光源を用い、ポータブル用には3原色LDライトを用いている。両方のプロジェクタともに、独自のプロジェクタ用液晶ディスプレイデバイス「SXRD(Silicon X-tal Reflective Display)」を搭載している。X-talはCrystal(結晶)の略語である。このシリコンデバイスは、ソニーセミコンダクタマニュファクチャリング(熊本)にて300mmウェハを用いた半導体プロセスを用いて製造されている。

図7 至近距離で投影できる4K超短焦点プロジェクタ

図8 至近距離に投影できるポータブル超短焦点投影プロジェクタ

2つ目はマイクロLEDディスプレイ。ソニーでは、次世代ディスプレイの有力候補に位置づけられる自発光ディスプレイで、同社では、「CLEDIS(Crystal LED Integrated Structure)」と呼んでいる。

3原色が独立発光する超微小なLEDを敷き詰めたディスプレイで、バックライトを用いないため、黒色を再現する場合、画面の99%を黒くでき(従来品は3~4割)、特につややかな黒(漆黒)を忠実に表現できる点が特徴である。100万:1という高コントラスト比を実現でき、高色域で、視野角も180°と広角。輝度も1000cd/m2と高く、フレームレートも120フレーム/秒と高い。さらに、マイクロLEDを敷き詰める方式なので、ディスプレイの大きさは超小型から大型まで自由に選べるという利点もある。

図9 マイクロLEDディスプレイ「SLEDIS」

3つ目は、すでにヘッドマウントディスプレイやカメラのビューファインダーなどの小型ディスプレイに採用されている有機EL(OLED)。LG Electronicsの有機ELテレビと同じ方式である有機EL層+カラーフィルタ方式を採用している。

図10 ビューファインダー用OLEDマイクロディスプレイとOLEDヘッドマウントデイスプレイ

4つ目はAR向けのスマートアイグラス。ホログラム導光路を用いてグラス上に仮想世界の情報を投影する。大型のARを楽しむためにはシースルーデイスプレイが必要になるという考えである。また同社では、ウェアラブル・ヘルスケア用途のVR/ARで活用するため、高感度PPG(光電脈波)センサを含むウェラブル・バイタルセンサの開発も進めている。今後、ウェアラブルARにはセンサが重要な役割を担うことになるだろう。

図11 ARツールであるスマートアイグラス

図12 ウェアラブル・バイタルセンサ(左)と高感度PPG(光電脈波)センサ(右)

最後に野本氏は、VR/ARを成功させるには、今後次のような項目に取り組む必要があると述べた。

  • キラーアプリケーションを多く見出す
  • さらに高性能なディスプレイを開発する
  • 聴覚や触覚も総動員してVRの現実感を高める。自然に入力できるようなデバイスを開発する
  • ARのために、さまざまなセンシングを充実させ、自然に入力できるようナデバイスを開発する
  • AIを利用した高速処理や5Gによる高速接続などを活用して遅延時間を最小化する
  • コンテンツ作成のエコシステムを構築する
  • 標準化を推進する
  • セキュリティや安全性を確保する