米大統領選挙にロシアが関与した疑惑、さらにはトランプ政権とロシアの不適切な関係を含めた「ロシアゲート」は、トランプ大統領の司法妨害にまで発展する可能性が出てきた。電撃解任されたコミー元FBI長官が、トランプ大統領からフリン元補佐官とロシアとの関係に関する捜査を終了するよう要求されたとのメモを公表したからだ。

「司法妨害」は、98年に当時のクリントン大統領が、研修生との「不適切な」関係に関連して弾劾裁判で問われた罪のひとつだ。もうひとつが「偽証」だった。議会からはトランプ大統領を弾劾すべきとの声も出ており、事態の進展が注目されるところだ(大統領弾劾制度の概要やトランプ大統領が弾劾される可能性については、4月7日掲載レポート「トランプ大統領が辞任する可能性があるか」をご参照いただきたい)。

ところで、5月5日、米議会を通過した2017年度包括予算案にトランプ大統領が署名したことで、政府のシャットダウン(政府機関の一部閉鎖)は回避された。もっとも、今秋には再び危機がやってくる可能性がある。2018年度が始まる今年10月1日までに予算(短期間の継続予算を含む)が成立しなければ、政府はシャットダウンを余儀なくされるからだ。

5月23日には、トランプ政権が2018年度予算案の詳細を発表する。注目されるのは、(1) 財政赤字がどの程度想定されているか、(2) 減税の詳細とその財源がどうなっているか(高い経済成長を前提とした自然増収によって賄われるとの「バラ色のシナリオ」になっていないか)、(3) 国防費以外の支出をどのように切り詰めるか、などといった点だろう。

上述の2017年度包括予算では、議会通過のためにトランプ政権は少数派の民主党の要求を大幅に受け入れざるを得なかった。これに不満を持ったトランプ大統領は、「(予算制度を是正するためには)良いシャットダウンが必要だ」とSNSでつぶやいた。これから秋にかけて本格化する2018年度予算の交渉において、民主党と対決する気が満々といったところか。

そして、秋になると、もうひとつの財政危機が浮上する可能性がある。それは米政府のデフォルト(債務不履行)だ。現在、米政府の債務残高はデットシーリング(法定上限)にほぼ到達している。現在の米国のように財政収支が赤字である以上、債務残高は増加する。そこで、財務省は裏ワザを使って、デットシーリングの対象となる債務が増えないように「やり繰り」している。ただし、それも秋には限界がくるということらしい。そうなれば、国債の利払い(=新たに発生する債務)が滞るという事態も想定される。いわゆるデフォルトである。これを回避するためには、議会がデットシーリングを引き上げるか、無効化する必要がある。過去に、デットシーリングは予算交渉におけるバーゲニング・チップ(交渉材料)とされてきた。

トランプ大統領の姿勢も気になるところだ。昨年5月、共和党の指名を確実にしたトランプ候補は、インタビューで「景気が悪化すれば、債務の再交渉もありうる」と語った。債務の再交渉とは、利払いの猶予や元本の割引を指すとみられるが、債券発行時の条件を後に変更することは、広い意味で「デフォルト」と認定される可能性がある。

同インタビューが物議を醸したことで、トランプ候補は数日後に発言を訂正した。現在のトランプ大統領のスタンスは不明だが、ビジネス感覚が抜けていないとすれば、交渉の過程でアクシデント的にデフォルトが起こる可能性もあるのではないかデフォルトの可能性については、昨年5月13日掲載レポート「トランプ大統領なら米国債は暴落?」をご参照いただきたい)。

政府のシャットダウンは、長期化すれば米経済に悪影響が出るだろうが、短期間であれば一般市民が一時的に不便を強いられるだけで済むだろう。しかし、デフォルトはいったん起これば、世界の金融市場に激震が走ることになるだろう。米国債が世界の債券のベンチマーク(指標)になっているからだ。

これまで説明してきたように、シャットダウンは予算未成立の結果として発生する。一方で、デフォルトはデットシーリングへの対応を誤った結果として発生する。両者は全くの別物だが、いずれもが今秋に重要なタイミングを迎える。

「ロシアゲート」の行方とともに、政府と議会の予算交渉からも目が離せない。

執筆者プロフィール : 西田 明弘(にしだ あきひろ)

マネースクウェア・ジャパン 市場調査部 チーフエコノミスト。1984年、日興リサーチセンターに入社。米ブルッキングス研究所客員研究員などを経て、三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社。チーフエコノミスト、シニア債券ストラテジストとして高い評価を得る。2012年9月、マネースクウェア・ジャパン(M2J)入社。現在、M2JのWEBサイトで「市場調査部レポート」、「市場調査部エクスプレス」、「今月の特集」など多数のレポートを配信する他、TV・雑誌など様々なメディアに出演し、活躍中。

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