広島大学は、心臓の流出路、左心室、心房、静脈洞へ、つまり右心室以外の心臓へと寄与する新たな心臓前駆細胞を同定したと発表した。

「新たな心臓形成過程の模式図」胎生7.5日において、一次心臓領域の外側側にSfrp5遺伝子が発現し、最終的にSfrp5の発現を消失して、左心室、心房の一部へと寄与する一次心臓領域の前駆細胞となっている。また、Sfrp5遺伝子発現細胞の一部は、二次心臓領域へも寄与し、流出路と心房の一部へと寄与。さらに、Sfrp5遺伝子の発現を維持したものは、静脈洞原基を経て静脈洞へと分化する。

同研究は、広島大学大学院医歯薬保健学研究院の小久保博樹講師、広島大学医学部 MD-PhD コースの学生であった藤井雅行博士、吉栖正生教授、国立遺伝学研究所の相賀裕美子教授らとの共同研究によるもので、3月13日、Nature Communicationsに掲載された。

心臓病は再生医療の早期実現化が期待されている分野で、心筋は分化した後に増殖能を持たないため、高い増殖および分化能を持つことからiPSやES細胞などの幹細胞が、心筋再生の細胞源として期待されている。心臓は、発生過程において最も初期に形成される器官で、胎生6.5日胚(E6.5)で原腸陥入により形成された中胚葉が胚体の前方へと移動してE7.5までに心臓原基を形成するところから認識されるようになる。心臓原基は、さらに頭部形成を伴って頭部側へと伸張していきながら原始心筒を形成(E8.5)。やがて原始心筒は弁や中隔の形成に伴って心房や心室などの区画化が明確になり、最終的に左右の心房および心室(四腔)をもつ成熟した心臓が形成される。これまで心臓は、E7.5に形成された心臓原基が、心臓を形成する全細胞へと寄与すると考えられてきたが、最近、心臓原基の腹側領域にある細胞群が臓側中胚葉となった後に、心臓の流出路側から侵入し、流出路から右心室にかけての領域を構成することが明らかとなった。この細胞領域が二次心臓領域 (Second heart field, SHF)と呼ばれるようになり、これまでの心臓原基は一次心臓領域(first heart field, FHF)と呼ばれるようになり、心臓は、これらFHFおよびSHFの2つの領域から構成されていると考えられるようになってきた。

しかし、今まで一次心臓領域に寄与する心臓前駆細胞は明らかにされおらず、また、刺激伝導系の一部が形成される領域として知られる静脈洞についても、原始心筒形成後に流入路側でその原基が認識されるようになるため、静脈洞の前駆細胞については明らかになっていなかったという。今回、Wntシグナルが心臓の発生過程においても重要な役割を果たしていることが示されていることから、心臓血管生理医学研究室では、Wntリガンドと結合してシグナルを細胞内に伝える受容体「Frizzled」の細胞内ドメインを欠いた分泌型のデコイ受容体で、Wnt/βカテニン経路を負に制御することが知られている Secreted frizzled-related protein (Sfrp) familyに着目し、そのfamilyのひとつの遺伝子であるSfrp5を発現する細胞の系譜解析を行った。その結果、Sfrp5遺伝子を発現した細胞が一次心臓領域と静脈洞の共通の心臓前駆細胞であることが明らかにされた。

同研究では、Sfrp5遺伝子座に蛍光タンパクやCre recombinaseをコードする遺伝子をノックインしたマウスで、Sfrp5遺伝子発現細胞やその系譜を、Cre/loxPシステムを利用して追跡した。その結果、E7.5にSfrp5遺伝子を発現した細胞が、その発現を消失した後に、心臓の流出路、左心室、心房へと寄与すること、その発現を維持したまま静脈洞へと寄与することが示された。このことは、Sfrp5遺伝子発現細胞が、これまで明らかとなっていなかった一次心臓領域の前駆細胞であること、そして二次心臓領域の一部へも寄与することが明らかとなった。また、これまで明らかになっていなかった静脈洞の前駆細胞を含むことも明らかとなり、同研究によって、右心室以外のすべての心臓を構成する細胞へと分化する前駆細胞が初めて同定された。

今後の展開としては、Sfrp5遺伝子を発現する心臓前駆細胞の性状をさらに詳細に解析することで、各心筋へと分化するために必要な転写因子群やシグナルカスケードが明らかし、心房や心室を構成する固有心筋と、刺激伝導系を構成する特殊心筋の両心筋の誘導法の確立を目指したいと考えているということだ。