ゼロベースだから持てる発想力

このような「まかない」をはじめとした新しいシステムを導入していく未来食堂。新しいものを生み出す思考力は、どのように培われているのだろうか。

「考え始めると没頭してしまうんですよね、昔から。中学生の頃、数学が解けなくて人の家の前でずっと考えていたら通報されてしまったことがあります」

せかいさんは、少しの隙間時間でも本を読む。しかし、様々な情報を常にインプットしているのかといえば、そうではないという。闇雲に情報を仕入れているわけではない。目的を持って集中して情報を得ているのだ。

「何でだろうと思ったときに、徹底的に調べて考えます。それに、スタート時点でゼロベースの方がアイディアは浮かびますよ。例えば今日のメニューにあった豚の角煮。これを作ろうと思ったら、まずネットで画像を1,000種類くらい見ます。いくつも見ていくと、いろんな気づきがあります。盛り付け、付け合わせ、器の色とか。ゼロベースで自分の中に構えがないから学習できるんです。経験がないからこそ新しい発想が生まれるんだと思います」

料理を作る時は、画像を1,000枚ほど見て考える

この考え方は、今ある食材で客のリクエストを作る「あつらえ」にも応用される。

「知っていると固定概念が出てしまいます。りんごとほうれん草で胡麻あえを作るというシチュエーションがあったとき、普通のほうれん草の胡麻あえしか浮かばない。りんごは別のものとして発想が止まるんです。でもゼロベースなら、りんごには酸味があって歯ごたえがあるから、ほうれん草と組み合わせて胡麻酢あえにできるかなと思いつきます。必要なのは固定概念ではなく、知識を組み合わせる力です」

工程をバラして考える発想と効率化

ほうれん草とりんごの胡麻酢あえ。常識のカテゴリを取り払い、フラットにして組み直したからこそ出来上がるメニューだ。この思考法は、効率化の発想にも使えるという。

「ポイントは工程をバラす考え方です。料理用語に『ガロ』というのがあります。ガロはガルニチュール(Garniture/付け合わせ)の略。未来食堂では効率化を考える上で更に、時系列的に『前ガロ』『後ガロ』に分けてフローを組み立てます。お客様が来られてからしか出来ない『主調理』から後のフローをできるだけ減らす。端的にいうと『後ガロ』を出来るだけ『前ガロ』に持ってくる工夫が求められます」

せかいさんによると、前ガロにできるものが多いほど効率化するという。前もって準備しておけるので、料理を出すときの工数を減らすことができるのだ。

「例えば、オムライスを作って出すとします。オムライスには付け合わせのパセリ、ケチャップが必要です。パセリは前ガロで先にお皿にのせておけるとして、ケチャップはオムライスを作ってから、お客様に出す直前にかけなくてはならない後ガロです。この流れから50秒の時間を短縮したい。では、ケチャップをココットに入れてカフェプレートに置いて、お客様が自分でかけるようにしてみる。そうすればケチャップの工程を前ガロにすることができます。オムライスにケチャップをかけてお出しする工数の50秒を減らせますよね」

オムライスの工程を分解して考える。後ガロを前ガロにすることで、提供するスピードは上がる

効率化には、時間、費用、作業数など何がボトルネックになっているのかを知ることが必要だと、せかいさんはいう。フラットにした工程を俯瞰することで、発想は生まれるのだ。

「ボトルネックを知れば対策がわかってきます。工場の生産管理と似ているかもしれません」

基礎はオブジェクト指向

未来食堂の斬新なシステムや徹底した効率化は、制約の中で生まれたアイディアによって繰り広げられている。その自由な発想が生まれる思考法は、以前の職業であるエンジニアにとっては当たり前だという。

「エンジニアの、ごくごく当たり前の考え方なんだと思います。『オブジェクト指向』という考え方です」

オブジェクト指向(object-oriented)とはプログラミング用語。「目的重視の」という意味を持つ。

「器を制約と考えて、中に入れるものは自由という考え方です。茶碗やしゃもじも選び方もこの指向に基づきます。雰囲気や見た目を追求すると機能性が落ちる。機能性を求めすぎると冷たくなる。雰囲気を制約として、その中に入る機能性は自由です」

この指向のもと、懐かしさの中の機能性、暖かさの中の効率化が見えないように組まれ、システムとして作動する。「制約」は、目的達成のための解を求める、ひとつのヒントであるのかもしれない。 制約すら発想のキーワードにしてしまうせかいさんに、これからの未来食堂について聞くと、更に新しい目標が返ってきた。

「今考えているのは"誰もいないバー"。お客様だけで店主がいないバーって、すごくシュールですよね。でも、法律に引っかかるらしくて、それがネック。誰もいない空間って面白いと思います」

未来食堂には、みんなの「普通」がいつでも存在している

「未来食堂は"砂場"のようなもの。最低限のルールがあるだけで、あとはご自由にというフラットさ。そこに惹かれて色んな夢や発想がある人が集うのだと思います。ご飯を食べに普通に来てくださるお客様が一番本分ではありますけどね。まかないさんで修行をした人が何人かお店をオープンしていますが、表層はどうあれ、全国に『未来食堂』の遺伝子を受け継ぐ形ができれば良いなと思っています」

エンジニア脳から生み出されるアイディアとシステムは、「人間らしさ」という制約の中で自由に進化し更新されていく。常に解を求めながら進化する、未来食堂が発信する「未来の普通」から目が離せない。

『ただめしを食べさせる食堂が今日も黒字の理由』(太田出版/1,400円+税)

メニューは1日1種だけ。
決算、事業書は公開。
ちょっとしたおかずのリクエストができる「あつらえ」。
一度来た人なら誰でも店を手伝える「まかない」。
etc,etc.

店主1人、客席12席の小さな定食屋から、未来の"ふつう"が生まれている。その超・合理的な運営システムと、ちょっとした非常識。削ぎ落とした果てに見えてきた、業種を超えて注目される"起業"の形をご紹介。

"誰もやったことのないアイデアを形にするということは、誰もやっていないゆえに普通とは違うわけで、イコールそれは弱点にも成り得ます。だからきっと、「やらない」理由はいくらでも思いつくでしょう。でも「やらない」と決めるのはぎりぎりまで待ってみませんか。あなたのアイデアを形にできるのは、あなたしかいないのです。" (本文より)