マックス・プランク研究所をはじめとする国際天文学者グループは、5つの銀河で起きている強い重力レンズ効果をハッブル宇宙望遠鏡などで観測し、従来とは異なる方法で宇宙の膨張率(ハッブル定数)を測定し直した。その結果得られたハッブル定数は、これまでにプランク衛星の観測によって得られていた宇宙マイクロ波背景放射(CMB)のデータから算出されたハッブル定数とは一致しないことがわかったと発表した。

今回の測定に使われた重力レンズの1つ。クェーサーの光が手前の銀河の重力レンズ効果によって4つに分裂して見えている(出所:ハッブル宇宙望遠鏡)

CMBから計算されたハッブル定数は、今日の標準的宇宙論である「平坦なΛCDMモデル」から予測される値によく一致している。ΛCDMモデルのΛ(ラムダ)はアインシュタイン方程式の中に現れる宇宙項Λで、宇宙を加速膨張させているダークエネルギーを表す。CDMはCold Dark Matterの略で、冷たいダークマター(熱的なランダムな動きの小さいダークマター粒子)の意味である。ダークエネルギーとダークマターを織り込んだΛCDMモデルは、ビッグバンから始まり宇宙の大規模構造が形成されるまでの過程などを上手く説明できるとされる。

一方、今回得られたハッブル定数は、プランク衛星のハッブル定数よりもかなり大きく、CMBデータをもとにした推定よりも、宇宙の膨張速度が速い可能性を示している。研究チームは、新しいハッブル定数が誤差の小さい精密なものであると考えており、ΛCDMモデルとの不一致は非常に興味深いとコメントしている。

宇宙の膨張は遠方になるほど速度が速くなるという比例関係があることがわかっている。地球から見た銀河までの距離とその銀河が遠ざかっていく速度から求められる比例定数がハッブル定数である。ただし、天体までの距離を測定する統一的な方法はないため、さまざまな方法で測定した天体間の距離をつなぎあわせて実際の距離を推定するといった計算が必要になる。

したがって、異なる研究グループが異なる観測方法で独立に測定したハッブル定数の値がお互いに近くなれば、値の信頼性は増すと考えることができる。研究チームは今回、遠方のクェーサーの光を観測し、クェーサーの光が地球に届くまでの間に、途中にある大質量の銀河の重力によって光の進路が曲がる「重力レンズ」を利用する方法でハッブル定数の測定を行った。クェーサーの光は時間によって変化するため、重力レンズによって分裂した複数の像の間に生じる時間の遅れを測定することによって、クェーサーの光が地球に届くまでの光の経路の長さを割り出すことができる。天体までの距離が正確に測れればハッブル定数を精密に求めることができる。

この方法で求めたハッブル定数は、これまでに宇宙のあちこちに存在する超新星やセファイド型変光星を基準点とした観測によって求められたハッブル定数とよく一致しており、研究チームは測定誤差3.8%未満と精密なものであると主張している。その値は観測によってやや異なるが、およそ73~74km/s/Mpcという値であり、地球からの距離が1Mpc(1メガパーセク=326万光年)離れるごとに、遠ざかる速度が秒速73~74km速くなるということを意味している。

一方、プランク衛星のCMBデータをもとに計算したハッブル定数は、約67.8km/s/Mpcとなっている。この値は、個別の天体や銀河の観測から直接的に測定されたハッブル定数と比べると、間接的な計算によって求められた値であるという特徴がある。また、CMBは誕生直後の初期宇宙の状態の痕跡であると考えられており、宇宙のはじまりと進化を知るための重要な手がかりとされている。CMBデータをもとにしたハッブル定数が、他の観測手段で測定した値となぜ一致しないのかを探っていくことで、宇宙の基本構造についての新しい発見が得られるかもしれない。