健康格差が国民に暗い影を落とす

NHKは9月19日、「私たちのこれから Our Future #健康格差」と題したNHKスペシャルを放映。収入や地域によって人々の健康に格差が生じてしまうことの実態と、その格差是正のために自治体などが実施している取り組みなどを紹介した。

放映後には「カネと健康」による関係性が明らかになったことに伴い、インターネット上に視聴者からさまざまな声があがっていた。

高齢者のような若年層の口腔内

まずは、低所得が招く疾患リスクについて焦点が当てられた。

石川県金沢市の内科医・莇也寸志医師は数年前、経験したことない患者を立て続けに診察したという。患者の多くには、若い年代であるにも関わらず、2型糖尿病の合併症である口腔(こうくう)内の異常が確認された。画面には、歯がほとんどない口腔内の映像が映し出され、まるで高齢者の口の中のようだった。

生活習慣由来の2型糖尿病は、通常は40代以降で発症することが多いため、「何かおかしい」と感じた莇医師は、全国96の病院に連絡。20~30代の2型糖尿病患者を調べた結果、非正規社員は正社員に比べて網膜症を合併するリスクが1.5倍も高い事実を発見した。

莇医師のもとに通う非正規社員の40代後半の女性は、30代で糖尿病を発症。最近は筋力が低下し、階段を上るのもつらいという。これまで、主に工場での検品作業を仕事としていたが、時間が不定期なために食事は買ってきた弁当ですませるケースが多かったとのこと。そして、短期契約の仕事が中心のため、定期的な健康診断がなく、食生活の乱れを指摘される機会もなかった。また、精神的ストレスも感じていたと女性は話す。

その結果、40代前半で合併症を患い、これから数カ月後には人工透析が必要になってくるとされており、「戻れることなら健康なときに戻りたい」と悔やみながら話した。莇医師は、非正規社員の「雇用の不安定さ」や「健康診断の受けづらさ」などが正社員との健康格差を生む一因になったとみている。

健康格差は子どもにも影響を及ぼす

所得の差は、糖尿病以外の病気リスクとも直結しているようだ。低所得者は高所得者に比べ、精神疾患へのなりやすさが3.4倍、肥満と脳卒中の罹患(りかん)リスクが約1.5倍、骨粗しょう症へのなりやすさが約1.4倍にまで膨らむとのデータもあるという。その理由として、所得が少ないと炭水化物中心の食事になり、カルシウムやビタミンなどの摂取量が少なくなることが指摘されている。

実際、「国民健康・栄養調査」でも世帯年収と食事内容の相関関係が明らかになっている。年収が200万円以下だと一日の野菜摂取量は平均254gだが、600万円以上だと同322gとなっており、実に2割もの開きがある。

そして、親の収入は当然、子にも影響を及ぼす。経済面でのゆとりがない世帯では、菓子やカップ麺の摂取頻度が増える一方で、野菜や大豆製品の摂取が減る傾向にあることがわかっており、肥満や虫歯も多くなるとするデータもある。親の年収が子どもの教育機会を奪い、それが何世代にもわたり固定されてしまう教育格差の問題が叫ばれて久しいが、健康格差も子どもの健全な未来を奪うという点で十分に脅威と言えるだろう。

秋田県と沖縄県では胃がんリスクが3倍も違う

健康格差は海外でも関心を集めており、WHOは格差が世界的に広がっていることを懸念。「所得」「地域」「雇用形態」「家族構成」の4つが健康格差の要因になっていると指摘しているが、国内の各地域ではどのような問題が生じているのだろうか。

その一例となるのが、国立がん研究センターが発表した「全国がん罹患モニタリング集計」だ。この集計により、各部位のがん罹患(りかん)率に大きな差があることが明らかになっている。

例えば、食道がん罹患率は秋田県や東京都で高く、沖縄県や滋賀県で低くなっているが、これは飲酒量と関連しているとされている。また、胃がんは秋田県や新潟県で高くなっており、鹿児島県や沖縄県では低い。胃がん罹患率が最高の秋田県と最低の沖縄県との差は3倍にもなっている。

胃がんは塩分の多い食事との関連があると言われており、秋田県の食塩摂取量は男女ともに全国平均より高い。この地で生まれ育った人は、自然と他の地域よりも食塩を多めに摂取する傾向にあるわけだが、それが県や地域全体の食文化として根付いている以上、個人の力ではどうしようもない点があると言える。