日本マイクロソフト クラウド&エンタープライズ ビジネス本部 OSS戦略担当部長 新井真一郎氏

2016年6月16日、日本マイクロソフトはOSS(オープンソースソフトウェア)への取り組みを説明する記者説明会を開催した。同社は主にプロプライエタリ・ソフトウェアを販売する企業だが、近年はOSSとの関係性を強化している。なぜマイクロソフトがOSSに取り組むのか。その理由を日本マイクロソフト クラウド&エンタープライズ ビジネス本部 OSS戦略担当部長 新井真一郎氏が説明した。

日本マイクロソフトはインテリジェンスクラウド事業戦略として、「カスタマー」と「パートナー」を組み合わせた造語「パスタマー」を増やそうとしている。例えば、Microsoft Azureを利活用する企業は、顧客であると同時にパートナーであることから、このような方針を打ち立てている。もう1つの戦略が市場における協調と競合の二重性を指し、「協調」と「競合」を組み合わせた造語「コーペティション」戦略を選択してきた。昨今の同社が多くの企業と協業し、柔軟なスタイルを見せている。そのコーペティション戦略の1つがOSS(オープンソースソフトウェア)だ。

日本マイクロソフトとOSSの取り組みについて専任にあたるのが、日本マイクロソフト クラウド&エンタープライズ ビジネス本部 OSS戦略担当部長 新井真一郎氏である。元IBMエバンジェリストとして有名な新井氏は、「Microsoftは"OSS Love"ではない、既にOSS開発に取り組む"中の人"となった」と自社の変革を説明する。Microsoft/日本マイクロソフトはプロプライエタリ・ソフトウェアから始まった企業だが、既に現在はOSSと共に歩み、よりよいソフトウェアをOSSコミュニティと共に作るステージに立っている。「(AmazonやGoogleなど)他のクラウドベンダーとは方向性が違う」と話す。

このようにMicrosoft全体がOSSにコミットする理由の1つが、デジタル・トランスフォーメーション(変革)である。新井氏はECサイトの普及を1例に挙げ、「デジタル化が当然になった時代だからこそ、デジタルを前提にした新規事業参入も増え、デジタルだけで完結する時代に変わっている」と説明した。

その事例である、Webサイト上のマウス操作などを可視化し、強力な分析を行うUNCOVER TRUTHの「USERDIVE」は基盤こそMicrosoft Azureだが、システムはMySQLやCloudera HadoopなどのOSSを組み合わせて構築している。また、空間検索エンジンプラットフォームを開発するtritrueの「Pathee(パシー)」もApache CassandraやOpsCenterなどのOSSをMicrosoft Azure上で利活用している。さらに、読売新聞の医療・健康・介護情報サイト「yomiDr.」もプライム・ストラテジーの超高速WordPress仮想マシン「KUSANAGI」をMicrosoft Azure上で運用している。「日本でもOSSの利活用が始まっている。そこを日本マイクロソフトは支援し、OSSの広がりにつなげていきたい」と、新井氏は同社がOSSに取り組む理由を説明した。

COVER TRUTHのMicrosoft Azure上でOSSを導入している事例

サイオステクノロジーのMicrosoft Azure上でOSSを導入している導入事例

それでも日本マイクロソフトとOSSの関係について疑問を覚える方は少なくないだろう。だが、新井氏は「Microsoftの技術だけで顧客の成長を支援できるのか、という点に立ち返った。WindowsをLinuxに置き換えるのではなく、これらかもプロプライエタリなパッケージやサービスを提供していくが、それだけでは(顧客の)デジタル変革を支援できない。そのため、プロプライエタリ(な分野)とOSSという選択肢の提供に踏み切った」と語る。また、プロプライエタリな開発チームとOSS系開発メンバーの融合性についても、米国本社の開発チームは既に一緒になって開発に取り組んでいるという。プロプライエタリが持つ高品質・信頼性とOSSのアジャイル性が相互に影響を与えているそうだ。「(両者のマインドを)DNAに組み込まないと(市場成長に)間に合わない」と新井氏はプロプライエタリとOSS両者の融合を評価した。

既にMicrosoft Azureの仮想マシンに使用できるOSとして、Red Hat Enterprise Linux、Oracle Linux、CoreOS、openSUSE、SUSE Linux Enterprise、CentOS、Ubuntu Serverと、7つ(日本はAsianuxを含めた8つ)のLinuxディストリビューションを用意している。さらに仮想マシンの25%はLinuxが動作しているが、2014年の段階では20%、公式発表ではないものの2016年現在グローバルでは28%がLinux、日本は30%を超えるという。また、Microsoft Azureで各種OSSをそのまま展開可能にするAzure Marketplaceの60%はLinuxベース、PaaSとして利用するAzure Web Appの25%もOSSだ。Microsoft Azureは2014年にWindows Azureから改称しているが、このようなOSSの拡大と市場の要望を踏まえた結果だと新井氏は説明している。

大規模データ分析アプリケーションの実行を可能にする処理フレームワーク「Apache Spark for Azure HDInsight」

冒頭で新井氏が「MSはOSSの"中の人"」と述べた理由の1つはClouderaとの提携だ。Microsoftはオープンソースプロジェクト「Livy」の開発に協力することを2016年6月13日に発表し、本来はJavaやPythonなどからしか呼び出せなかったCloudera HadoopをC#から呼び出すプロジェクト「Mobius」をMicrosoftが提供する。一見するとマネタイズや他社との差別化が厳しいように見えるが、MicrosoftはMobiusをApache Spark for Azure HDInsightに組み込むことで、ユーザーはインフラ構築に時間を取られることなく、開発や研究に利用できるため、Microsoft/日本マイクロソフト独自のアドバンテージになると新井氏は語った。

マネタイズに対しては「パートナー戦略でMicrosoft Azure上のOSS導入支援を行う(新井氏)」と説明する。つまり、Microsoft/日本マイクロソフトはMicrosoft Azureの仮想マシンを顧客に使ってもらい、先述した"パスタマー"から収益を上げるビジネスモデルを選択した形だ。その例としては、Microsoft Azureを基盤にDockerやHashicorpなど各種OSSソリューションを提供するクリエーションラインの「DevOps導入支援サービス」や、仮想マシンの基本的な監視や運用支援サービスまでを一環して提供するサイオステクノロジーの「Red Hat Enteprise Linux on Azure導入サービス」、OSSのZabbixやZabbixをMicrosoft Azureに対応させたミラクル・リナックスの「リソース監視OSSソリューション」などがあるという。新井氏は「Red Hat Enteprise Linuxのシェアは世界規模で見ても日本は第2位を誇る。この市場をしっかりと支援したい」と意気込みを語った。

ミラクル・リナックスのMicrosoft Azure導入事例

ここ数年のMicrosoft/日本マイクロソフトを俯瞰すると、プロプライエタリ・ソフトウェアであるWindowsやOfficeを伴いつつも、GitHubでのコード公開やMicrosoft Azureに代表されるクラウドベンダー化の勢いはすさまじい。以前のベンダーロックイン体制を手放しつつ、全方位的に拡充を進める同社の威力が今後もとどまることはないだろう。

阿久津良和(Cactus)