韓国が開発している新型ロケット「KSLV-II」のメイン・エンジンである「75トン級ロケット・エンジン」が、ついに火を噴いた。

「75トン級ロケット・エンジン」の燃焼試験の様子 (C) KARI

KSLV-IIロケットの想像図 (C) KARI

韓国航空宇宙研究院(KARI)は5月3日、75トン級エンジンの初の燃焼試験を、全羅南道高興にある羅老宇宙センターで実施した。同エンジンは韓国がこれまで開発した中で最も強力なロケット・エンジンで、KSLV-IIを宇宙に押し上げる根幹となる部分であり、その開発の行方が、KSLV-IIの完成の成否を握っている。

75トン級エンジンの燃焼試験が始まったことで、KSLV-IIの開発はいよいよ正念場に入った。しかし、実際に打ち上げを迎えるまでには、技術と時間の、2つの大きなハードルを越えなくてはならない。

歪な宇宙開発

韓国の宇宙開発は歪な、破綻したようにも思える歴史をたどってきている。人工衛星、とくに小型衛星の開発では大きな成果を出す一方、ロケットの開発は迷走した。

人工衛星の開発では、韓国はまず、大学機関である韓国科学技術院(KAIST)が「KITSAT-1」という小型衛星を開発し、1992年に欧州のロケットで打ち上げられた。KITSAT-1は小型衛星の先駆けとして多くの実績をもつ、英国のサリー・サテライト・テクノロジー・リミテッド(SSTL)の協力を受けて開発された。SSTLでは、衛星技術をもたない国に対して技術の移転や指導を行うプログラムを実施しており、韓国はそのプログラムのもとで基礎的な技術を得ていった。

KAISTではその後も小型衛星の開発を続け、やがてサトレック・イニシティヴというベンチャー企業が立ち上げられた。同社は質量100kgから300kg級の小型衛星や、さまざまな衛星搭載機器、観測装置を揃えており、これまでにマレーシアやドバイ、スペインなどへ販売した実績をもつ。

また、韓国航空宇宙研究院(KARI)では米国TRWからの技術導入に始まり、欧州企業などから部品の供給を受けつつ、500kgから1000kgほどの多目的実用衛星「アリラン」シリーズの開発を続けている。アリランは地球観測衛星、そして偵察衛星として活躍を続けており、韓国にとって大きな利益をもたらしている。また最近では、部品などを国産化した「次世代中型衛星」の開発を行っており、2019年ごろから国内外に販売される見通しとなっている。

その一方で、通信衛星や気象衛星など、大型で複雑な衛星に関しては外国企業に発注し、基本的に開発から製造までのすべてを任せ、ただし一部の部品を韓国製にして少しずつ国産化率を上げるという、比較的手堅い方針をとっている。

サトレック・イニシティヴは小型衛星の開発で実績をあげている。画像はアラブ首長国連邦のドバイ向けに製造する「ハリーファサット」 (C) EIAST

KARIが開発した地球観測衛星「アリラン5号」 (C) KARI

しかし、人工衛星を打ち上げる手段であるロケットの開発は、衛星ほど順調ではなかった。

KARIではまず、1993年に固体燃料を用いた「KSR-I」という小型観測ロケットを開発し、同年に2機が打ち上げられた。続いてKSR-Iを2機上下につなげたような「KSR-II」が開発され、1997年と1998年に1機ずつが打ち上げられた。

そして1997年、KARIは「KSR-III」の開発に着手する。KSR-IIIはそれまでのI、IIとは違い、液体燃料を使うロケットであった。しかし開発は難航し、また性能も低いもので、結局2002年に1機が打ち上げられたのみで引退している。

当初韓国は、このKSR-IIIを束ねることで、悲願である人工衛星打ち上げ用のロケットを開発するつもりだった。小型ロケットから人工衛星打ち上げ用のロケットにステップアップするということ自体は間違いではなかったが、しかしKSR-IIIが事実上失敗作に終わったこと、そして北朝鮮が長距離弾道ミサイルを開発し、1998年には打ち上げにまでこぎつけたこともあり、盧武鉉大統領は外国から技術を導入する決断を下す。

そして2004年にロシアとの間で契約が交わされ、ロシアが手がける第1段と、韓国が手がける第2段とフェアリングをもつ、「KSLV-I」ロケット、愛称「羅老号」の開発が始まった。

当初、韓国はロシアからロケット技術を習得し、より高性能なロケットを造るつもりだったという。しかしロシアは単にロケットの完成品を売り込むことだけを考えており、実際ロケットの組み立てや整備といった作業に韓国側が立ち会うことはできなかったとされる。また、ロシア側が提供した部分は、当時ロシアでもまだ開発中だった最新鋭ロケット「アンガラー」と同一のもので、言わばアンガラーの踏み台として羅老号を利用したという見方もできる。

羅老号は2009年と2010年に打ち上げに失敗するも、2013年1月30日に打ち上げられた3号機で成功を収める。しかしこのころには、ロシア側から技術が得られないことが明確になり、羅老号からの発展が見込めなかったことから、韓国は次世代ロケットを独自で開発することを決める。これが現在のKSLV-IIとなっている。

羅老号。第1段はロシアが開発、製造した (C) KARI

羅老号の打ち上げ (C) KARI

歪な宇宙開発からの軌道修正

羅老号の開発によって、韓国はロケットの上段部分の開発、打ち上げや運用の経験と、大規模なロケット発射場を手に入れた。しかし、最も欲しかった第1段機体の技術、とりわけ大推力のロケット・エンジンの技術は手に入らなかった。

はたして、ロシアとの共同開発は正しい選択だったのか。その是非をめぐる議論は、現在まで尾を引いている。

たとえば北朝鮮は、地道にロケット開発に勤しみ、曲がりなりにも自力で人工衛星を打ち上げられるだけのロケットを手にした[注1]。それと比べると、外国から最新技術を導入して一足飛びにロケットを得ようとして失敗に終わったことは、完全な失策のようにも映る。もし、羅老号に費やした時間とお金を自力開発に充てて、地道に技術を開発していれば、今ごろはそれなりの規模のロケットを手にできていたのではないか、という話は何かにつけて出てくる。

もっとも、宇宙ロケットの技術をほとんど持っていなかった韓国にとっては、遅かれ早けれ、なんらかの形で他国から技術を得る以外の道はなかっただろう。また羅老号の開発前に、韓国はロシア以外にも接触を図ったが、断られたり、あるいは条件面から、ほぼロシアと組む以外の選択肢はなかったとも伝えられている。技術をそっくりもらえると楽観視していたことは弁護のしようもないが、ロシアと組まざるを得なかった点はやや同情もできよう。

羅老号以降はロシアからの協力が得られなくなったことで、韓国のロケット開発は否が応でも、独自開発という道への軌道修正を行わざるを得なくなった。羅老号の経験はほとんど役立たず、次の打ち上げまでのギャップも生じる。何より独自開発で完成するかどうかもわからない。多くの痛みを伴う軌道修正となるが、しかし混迷から抜け出し、宇宙開発において自立するために、KSLV-IIの開発は韓国にとって良いことであるのは間違いない。

KSLV-IIの想像図 (C) KARI

KSLV-IIの想像図 (C) KSLV-II Launch Vehicle Agency

【脚注】

注1: もちろん、北朝鮮は国連安保理決議で、弾道ミサイルに関連するすべての開発を禁止されているため、その行為自体は非難されるべきものである。

【参考】

・https://www.facebook.com/karipr/photos/a.394646127309975.  1073741828.341097795998142/960015327439716/?type=3&theater
・South Korean space developments
 http://forum.nasaspaceflight.com/index.php?topic=38220.0;all
・韓国の宇宙開発:宇宙政策シンクタンク_宙の会
 http://www.soranokai.jp/pages/korea_space2011.html
・第5回調査分析部会 韓国の宇宙政策の概要 2013年8月9日 宇宙航空研究開発機構 調査国際部
 http://www8.cao.go.jp/space/comittee/tyousa-dai5/siryou1.pdf
・[社説]羅老号の成功、これからは韓国型ロケットだ:東亜日報
 http://japanese.donga.com/List/3/all/27/420330/1