宇宙航空研究開発機構(JAXA)は5月10日、運用を断念したX線天文衛星「ひとみ」(ASTRO-H)について、文部科学省・宇宙開発利用部会にて報告した。基本的に4月28日の記者会見で発表した内容に沿っており、ほとんど新しい情報は出てこなかったが、今回初めて、FTA(故障の木解析)の検討内容が公表された。

文部科学省・宇宙開発利用部会

FTAというのは、発生した事象をトップに置いて、考えられる要因を全てリストアップした上で、可能性の大小を評価する解析手法である。「故障の木」(Fault Tree)という名称のように、1次要因、2次要因と枝分かれする様子は木に似ている。今回は、衛星破損と姿勢異常について、それぞれFTAを実施している。

JAXAは前回の記者会見で説明したように、ひとみの事故は以下の3段階のステップで発生したとみている。

  1. スタートラッカのリセットにより慣性基準装置(IRU)の誤差(レートバイアス)推定値が高止まりし、ゆっくり回転を開始
  2. 姿勢異常のせいでリアクションホイールのアンローディングができず、リアクションホイールの角運動量が上昇
  3. セーフホールドモードに移行しようとしたが、スラスタの制御パラメータが間違っていたため、回転を加速して衛星を破壊

JAXAはFTAやシミュレーションを活用し、この結論を出した。衛星破損のFTAでは、トップ事象から、衛星起因→構造破壊→太陽電池パドル破壊→過大荷重→回転→角速度という枝と、衛星起因→構造破壊→EOB破壊→過大荷重→回転→角速度という枝の可能性が高いと評価され、それ以外の枝は概ね否定されていることが見て取れる。

衛星破損のFTA(提供:JAXA)

これによると、太陽電池パドルの根元はX軸/Z軸周りに2.6rad/s(=約149度/s)以上の回転で、伸展式光学ベンチ(EOB)はX軸/Y軸周りに1.6rad/s(=約92度/s)以上、Z軸周りに2.2rad/s(=約126度/s)以上で壊れる恐れがあるという。つまり、Z軸周りに2.6rad/s以上の回転が起きれば、太陽電池パドルも伸展式光学ベンチも壊れるというわけだ。

Z軸(望遠鏡の向き)周りに回転すると、このように太陽電池パドルが壊れる(提供:JAXA)

一方、姿勢異常のFTAでは、過大なレートバイアス推定値が発生・継続したことをトップ事象に置き、それが起こりえる要因をトレースしている。姿勢変更後にレートバイアス推定値が大きくなることは過去にも起きており、これは仕様通りの動作だったと見られる。そのため、ハードウェアが要因とする枝はほぼ否定されている。

姿勢異常のFTA(提供:JAXA)

JAXAの説明によれば、過去にはレートバイアス推定値が今回以上に大きくなったときもあったという。今回の異常は、スタートラッカのリセットにより、それが収束せずに、大きいまま保持されてしまったことだが、大きいといっても1時間に数10度程度のゆっくりとした回転であり、JAXAはこの部分について、あまり問題視していなかったのだろう。

最初の姿勢異常が起きてから、セーフホールドモードに移行しようとするまで、6時間程度の時間があった。この間、IRUの誤った姿勢データを採用し、スタートラッカからの正しい姿勢データは棄却され続けたわけだが、このようなとき、通常の運用では、内之浦局の可視で両者を見比べ、どちらが正しいか人間が判断することになっていた。

ひとみは当初、ゆっくりと回転。セーフホールドモードへの移行で加速した(提供:JAXA)

ただし今回は、ちょうど内之浦局の可視が終わる時間に姿勢変更を行ってしまったことが問題だった。この6時間の間に内之浦局の可視があれば、異常に気づき、スタートラッカの姿勢データを設定して、事故を防げた可能性がある。

初期機能確認フェーズ中だったということもあり、この姿勢変更のタイミングが適切だったのかという委員からの質問があったが、JAXAの久保田孝・宇宙科学プログラムディレクタは、「同様の姿勢変更をそれまで20回以上やっていたので大丈夫という判断だったようだ」と回答。この判断が適切だったかどうかについては、現在調査中とのことだ。

姿勢変更後、しばらく内之浦局の可視は無い。ここで事故が起きてしまった(提供:JAXA)

そのほか、宇宙開発利用部会に出席した委員からは、IRUのアルゴリズムの妥当性や、制御パラメータのミスを見抜けなかった問題などに関して質問が相次いだが、詳細についてはまだ分析中ということで、JAXAから明確な回答は無かった。

今回、宇宙開発利用部会の下に「X線天文衛星「ひとみ」の異常事象に関する小委員会」が設置されており、今後はこの小委員会において、技術的妥当性を検証していくことになる。小委員会の構成員は以下の通りだ。

「X線天文衛星「ひとみ」の異常事象に関する小委員会」構成員

主査:佐藤勝彦氏(日本学術振興会学術システム研究センター所長)
主査代理:木村真一氏(東京理科大学理工学部電気電子情報工学科教授)
委員:白坂成功氏(慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科准教授)
委員:野口和彦氏(横浜国立大学大学院環境情報研究院教授)
委員:横山広美氏(東京大学大学院理学系研究科准教授)