Gordon Bell賞は、重要な科学技術の分野の計算のスケーラビリティあるいは計算時間の点で、高いピーク性能の達成、あるいは特別な業績に対して贈られる賞である。

Gordon Bell賞の選出は、まず、受賞を目指す人から論文の提出を受けて、それを予備審査して候補論文を選出する。候補論文の数は、毎年6件程度であり、今年は5件であった。その候補論文はSCの会場で発表され、それを審査員が聞いて、Gordon Bell賞を贈る論文を決定するという風に行われる。

Gordon Bell賞に値する論文が複数ある場合には2つの論文に送られたこともあるし、賞には届かないが、惜しいところという論文に対してSpecial Mentionという奨励賞が贈られることもあるが、今年はScalabilityについてのGordon Bell賞1つだけであった。

今年のGordon Bell賞を獲得したのは、「An Extreme-Scale Implicit Solver for Complex PDEs: Highly Heterogeneous Flow in Earth's Mantle」と題するテキサス大学オースチン校のJohann Rudi氏が第一著者で、IBM Zurich、ニューヨーク大学、Caltechの研究者との共著になっている論文である。

Gordon Bell賞の表彰の模様。論文には11人が著者となっているが、表彰式に出席したのは、賞状を持っている4人だけである

Gordon Bell受賞論文を発表するテキサス大のJohann Rudi氏

地球の上層3000kmの部分の熱的な対流によって、マントルの対流が引き起こされる。100万年単位で見ると、マントル内部の岩石は非圧縮の粘性のある流体のように振る舞う。この熱的な動きが、プレートテクトニクスや地震、火山活動、津波などを引き起こす。

地球の上層3000kmくらいの部分のマントルの対流が、プレートの移動を引き起こす

現在のプレートの動きはGPSを使って正確に測定できる。過去、数億年くらいのプレートの動きも岩石や動植物の地磁気の測定などで、大体は分かる。地形から地球表面と直角方向に掛かっている力の情報が得られる。地震の観測から、プレート同士やスラブ(沈降するプレート)との間のストレスの情報が得られる。

さらに、色々な温度や圧力状態での岩石の物性も実験とそのデータの外挿によって分かる。また現在の地球の構造は、地震波の伝わり方のデータからイメージが分かる。

これらの情報を総合して、マントル対流のモデルを作る

現在のプレートの動きはGPSを使って正確に測定できる。過去、数億年くらいのプレートの動きも岩石の地磁気の測定などで、大体は分かる。色々な温度や圧力状態での岩石の物性も実験と外挿によって分かる。これらからマントル対流のモデルを作る

このモデルを使ってシミュレーションを行い、プレートを駆動する主要な力である負の浮力、プレートが曲がる部分でのエネルギー消費などの理解を深める。また、地球の構造や歴史、スラブの大きさがどのような影響を与えるかなどを推測する。

このモデルの振舞いをシミュレートして、プレートを駆動する主要な力は何か? プレートが曲がる部分でのエネルギー消費を理解する

地球のレオロジーには強い非線形性と場所による変化がある。また、粘性が6桁も変化する。特にプレート境界では急激に変化する。

地球の直径が6371kmであるのに対して、プレートの厚みは50km程度、プレート境界の裂け目は5km以下とスケールが大きく変わる。1kmの等方メッシュを作るとモデルが膨大になるので非等方アダプティブなメッシュ作成が必要などの計算を行なう上での困難がある。

計算性能の点でも大きな改善が必要であった。次の図のAの点が、最適化前の状態で、BからHの最適化を行うことにより、ノードあたりの性能は8GFlopsを超え、200倍のスピードアップを実現した。

BからHの最適化を行って200倍のスピードアップを実現した

この計算にはBG/Qを使用したが、1ラック(16,384ノード)から16ラック(1,572,864ノード)までシステム規模を拡大しても、システム規模に比例して問題規模を拡大するWeak Scalingの場合は0.96×96倍とほぼシステム規模に比例する性能向上ができた。16ラックの場合の理想的な計算性能は0.97×96倍であり、このスケーラビリティは理想値とほぼ一定している。

なお、16ラックの場合の問題規模は602B(6020億)自由度である。

1ラックから16ラックまでシステム規模を拡大しても、理想値である0.97に対して0.96という高いスケーラビリティを実現した

次の図は、矢印で示す太平洋プレートの北西方向への動きに対しての表面での垂直方向のストレスをカラーコードで示している。これは、世界初のプレート境界を含む地球規模のマントルのモデルである。また、幅50km、深さ10km程度の海溝が作られており、これは現実の地形と一致している。

世界初のプレート境界を含む地球規模のマントルモデル。プレートの動きに対する垂直方向のストレスがカラーコードで表されている

次の2つの図の左側は低精度、右側はプレート境界を薄くし、メッシュを細かくした高精度のモデルによる計算結果で、結果がかなり異なっている。この結果は、中央のCocos Plateの移動速度に大きく影響されている。

左が低精度のモデルの結果で、右が高精度モデルの結果、かなり結果が異なる

この研究で、粘性、ディスクリート化の順序、AMRのレベル、プレート境界の厚みなどのパラメタが広い範囲で変わっても高い安定性を持つ計算プログラムを開発した。また、このプログラムは、スケーラビリティに関しても理想値に非常に近い高いスケーラビリティを持っている。

粘性、ディスクリート化の順序、AMRのレベル、プレート境界の厚みなどのパラメタが広い範囲で変わっても高い安定性を持つ計算プログラムを開発した。また、スケーラビリティも高い

同じく今年のGordon Bell候補論文となった東大地震研の市村准教授の地震と津波のシミュレーションも、同様な困難さを持つ計算であるが、やはり、世界初のプレート境界を考慮した地球のマントルモデルというのが審査員へのアピールが強く、受賞につながったのではないかと思われる。