東北大学は11月19日、妊娠マウスがオメガ6過多/オメガ3欠乏飼料を摂取すると、生まれてくる仔マウスの脳(大脳新皮質)の神経細胞の数が減少することを確認したこと、ならびにそうした母マウスから生まれた仔マウスは、生後から標準的な飼料を投与しても成体になってから過剰な不安状態を示すことを確認したと発表した。

同成果は、同大大学院医学系研究科の大隅典子 教授、酒寄信幸 元研究員(現 福島県立医科大学)らと、理化学研究所統合生命医科学研究センターの有田誠 チームリーダー、東京大学大学院薬学系研究科の新井洋由 教授、東北大学大学院医学系研究科の片桐秀樹 教授、サントリーウエルネス健康科学研究所の柴田浩志 所長、Harvard Medical SchoolのJing X Kang教授、University of British ColumbiaのSheila M Innis教授らの研究グループによるもの。詳細は米国科学誌「Stem Cells」電子版に掲載された。

多価不飽和脂肪酸であるオメガ6やオメガ3は体内で作ることができないため、食物から摂取する必要がある。オメガ6はリノール酸やアラキドン酸、オメガ3はアルファリノレン酸、エイコサペンタエン酸(EPA)、ドコサヘキサエン酸(DHA)などが知られており、それぞれの摂取量だけでなく摂取バランスも重要と言われている。理想的なオメガ6:オメガ3の比率は4:1程度と言われているが、多くの国々で、オメガ6過多/オメガ3欠乏となる食事様式が広まっており、そうした食生活が不安障害などの精神疾患の発症リスクを高めるとも言われるようになっている。

こうした背景を受けて研究グループは今回、オメガ6過多/オメガ3欠乏の食事様式が脳形成に与える影響の解析に向けた研究を行った。具体的には、妊娠したマウスにオメガ6過多/オメガ3欠乏飼料を与え、その仔マウスの大脳新皮質を解析。その結果、オメガ6過多/オメガ3欠乏飼料を摂取した母マウスから生まれた仔マウスは大脳新皮質の厚さが薄くなっていることが確認されたという。ただし、脳を構成するさまざまな細胞を生み出す神経幹細胞の数は変わっておらず、実際に脳機能を担う神経細胞の数が減っていることを確認。この原因を調べた結果、オメガ6過多/オメガ3欠乏飼料を摂取した仔マウスの神経幹細胞は神経細胞を生み出す能力が低下しており、その分、神経細胞の補助をする細胞「アストロサイト」が多く作られていることを確認。これにより、オメガ6過多/オメガ3欠乏飼料が神経幹細胞の細胞産生能を神経細胞からアストロサイトへ偏らせることが分かったとする。

オメガ6過多/オメガ3欠乏飼料により仔の大脳新皮質の厚さが減少している様子。青い部分がマウス胎仔脳における大脳新皮質の断面

さらに解析を進めたところ、オメガ6およびオメガ3のエポキシ代謝物に変化を確認。その役割を分析したところ、オメガ6であるアラキドン酸由来のエポキシ代謝物は神経幹細胞のアストロサイト産生能を高め、DHA由来のエポキシ代謝物は神経幹細胞の神経細胞産生能を高めることが分かったという。

加えて、こうした脳形成の異常が将来の仔の情動に与える影響の解析として、大脳新皮質の神経細胞産生が完了している生後10日目以降に、オメガ6過多/オメガ3欠乏飼料を与えていたマウスの飼料を標準的なものへと変更し、仔が成体になった後の不安行動を調査。その結果、胎生期にオメガ6過多/オメガ3欠乏飼料を投与されていた仔マウスは過剰な不安行動を示すことが確認され、これにより母親の脂質摂取が仔の脳形成に大きな影響を及ぼすこと、そしてその際に仔マウスの将来の情動の一部が決定される可能性があることが示されたという。

なお研究グループでは、今回の成果を踏まえ、日本においてはオメガ3を豊富に含む魚介類を頻繁に食べており、またオメガ6の含有量を減らした植物油が広く流通していることから、現在のところオメガ6過多/オメガ3欠乏状態は報告されていないとしているものの、食生活の欧米化と魚離れが進むと、今後の日本においてもオメガ6過多/オメガ3欠乏が起こることが懸念されるとコメント。今後は、この成果を基礎に、ヒトにおける研究を進めていくことが必要とするほか、オメガ6については、ヒトにおける摂取の大部分がリノール酸であり、リノール酸を過剰に摂取したとしてもアラキドン酸は増えにくいことが報告されているため、オメガ6の過剰摂取よりもオメガ3の摂取不足こそが脳形成における重要な問題である可能性が考えられるとしている。

今回の研究の概要。オメガ6過多/オメガ3欠乏飼料の摂取により、胎仔脳におけるオメガ6とオメガ3のエポキシ代謝物のバランスが乱れ、神経幹細胞のアストロサイト産生能が高まり、脳形成不全が起こったものと考えられ、その結果として、過剰な不安が生じると考えられるとする