2007年に設立し、名刺管理のクラウドサービスという新しいビジネスモデルを確立しながらこれまで急成長を続けるSansan。現在、法人向けの名刺管理サービス「Sansan」の顧客企業は国内で3000社に達しており、2012年に提供を開始した個人向けサービス「Eight」の会員も100万人を超えた。今年に入って経済産業省も法人向けサービスを公式に導入するなど、もはやビジネスで使われる"定番"サービスとして浸透しつつある。

リモートワークが「いける!」と気づいた瞬間

Sansan CWO(チーフ・ワークスタイル・オフィサー) 兼 人事部長 角川素久氏

Sansanは2010年に、徳島県神山町の古民家をサテライトオフィス「Sansan神山ラボ」として開設。いまやここでの取り組みは、リモートワークそして地域活性化の成功事例として広く知られている。このSansan神山ラボをはじめ、同社でのリモートワークの取り組みのキーパーソンとなっているのが、SansanのCWO(チーフ・ワークスタイル・オフィサー)で人事部長の角川素久氏である。"CWO"という非常にユニークな役職だが、そのミッションについて同氏は次のように説明する。

「われわれはコーポレートメッセージとして、『ビジネスの出会いを資産に変え、働き方を革新する』を掲げています。Sansan神山ラボでの実績などを受けて、"自分たちの働き方を革新すること"も経営レベルで意識して取り組むこととなり、その牽引役として2013年6月にCWOが設置されました」

同社におけるワークスタイル変革へのチャレンジとして象徴的なSansan神山ラボだが、その誕生のきっかけは、社長の寺田親弘氏と神山町でNPO法人グリーンバレーを運営する大南信也氏との出会いにさかのぼる。2009年、知人の紹介で同町を訪れた寺田氏は、当時この地で地域づくりの観点から古民家の改修プロジェクトを進めていた大南氏と意気投合。同町はブロードバンド・インフラが充実していて、タイミングよく空き家も見つかったことからすぐに仕事ができそうだと判断した寺田氏は、翌月にはオフィスを開設してしまった。

第一陣のメンバーが実際にPCを持参してSansan神山ラボで仕事をしてみたところ、メンバーからは「仕事の能率が上がった」など評価の声が次々と寄せられた。その後は、次に行きたい人を募りながら、ほぼ2週間ごとに何人かがSansan神山ラボで仕事をし、帰ってくるというサイクルができあがっていった。

「Sansan神山ラボは誰でも利用できますが、基本的なルールとして2週間以上そこで働くこととしています。滞在期間の上限は設けていませんが、平均すると2週間~1カ月ぐらいでしょうか。あと、プロジェクトチームなどが2泊3日くらいで合宿を行うといった使われ方もよくされていますね」と、角川氏は説明する。

リモートワークの6つのメリットと注意点

Sansan神山ラボでの取り組みをふまえて、リモートワークのメリットとして角川氏は次の6点を挙げる。それぞれについて一言コメントしてもらった。

1 仕事の生産性向上
「これはもともとの目的でしたが、個人ワークについては確実に能率が上がります。静かな環境で邪魔が入らずに集中できるという声が圧倒的に多いです。ただしチームでのコミュニケーションについてはやはりフェイス・ツー・フェイスに勝るものはないでしょう。必ずしもすべての業務の生産性が上がるわけではない点に注意が必要です」(角川氏)

2 リモートワークのリテラシー向上
「Sansan神山ラボで働いた社員だけではなく、リモートワーカーと一緒に仕事をした本社側の社員のどちらにも、リモートワークでいかに協働するかのノウハウが蓄積されていきます。例えば、リモートでの会議をどう行えばスムーズにいくかなどですね。当社では現在、長野県に1人、新潟県に2人、京都府に1人のリモートワーカーがおりますが、すべてリモートワーク前提で採用したとても優秀な人たちです。このように、地方にいる優れた人材をリモートワーカーとして雇用できるようになったのも、Sansan神山ラボでの取り組みでさまざまなトライ・アンド・エラーを繰り返しながらノウハウをためてきたおかげでしょうね」(角川氏)

3 人材採用・既存社員のリテンション
「東京から移住してSansan神山ラボで仕事を続けている社員が1人います。今までだと移住するには会社を辞める必要があったでしょう。会社を辞めなくても自分に合ったワークスタイルを選べるようになることで、優秀な人材を会社にとどめておけるようになります」(角川氏)

4 新しい働き方の実験と創造
「ブラウザだけでできるWeb会議システムを使ったオンラインでの商談も増えています。今では商談全体の5割くらいはWeb会議によるものです」(角川氏)

5 革新的な企業文化の醸成
「われわれのビジネスモデル自体が今までにないものでしたので、イノベーションというのは企業文化そのものと言っていいでしょう。そしてそこでは、働き方についてもイノベーションを促すものである必要があります。東京基準の既成概念を払拭することで、社員の間でも固定概念が取り払われて来ているのではと感じています」(角川氏)

6 PR効果
「Sansan神山ラボの成功から、リモートワーク、ワークスタイル変革はもちろん、地域活性化といった視点からも、当社を広く知っていただけるようになりました」(角川氏)

最初からうまくはいかない、リモートワーカーとの働き方

とはいえ、リモートワークを始める際には注意すべき点があることを忘れてはならない。角川氏は、「リモートワーカーとの働き方には難しいところがあって、当社も最初からうまくいったわけではりません」と強調する。

最も難しいのが、やはりコミュニケーションの問題だ。とりわけ多人数でのコミュニケーションが必要な場合、1人だけ遠隔地にいると孤立感や寂しさを感じやすいのだという。

「特に日本語というのは微妙なニュアンスが大事なので、その点もリモートでのコミュニケーションでは思わぬ障壁になることがあります。こうした課題を克服するためには、日頃から同じ空間で働く中で信頼感を強めておくことが大事。神山町に移住した社員も、月に一度くらいは東京のオフィスで働いて、人間関係を密にするようにしています。オンラインとオフラインを織り交ぜながらコミュニケーションを図っていくことが成功のポイントではないでしょうか」(角川氏)

Sansan神山ラボと東京本社間でのコミュニケーションツールの中心となっているSkypeの使い方についても、常にオンラインにして双方の映像を流しておく、Sansan神山ラボで仕事をしている人の姿を本社の同じチームメンバーのデスク上のモニターで常に映しておく、など工夫がなされている。

最後に角川氏は、リモートワークを成功させるもう1つのポイントとして、高度な自己管理と仕事の遂行能力を挙げた。

「Sansan神山ラボで働いていても誰もサボりません。むしろ東京にいるときよりも働いている社員が多いです。もともと当社では成果ベースで評価をしていますので、アウトプットを上げるために、一定期間はSansan神山ラボで集中して働くといった使い方をされることが多いです。通勤に時間と労力を取られないので、生活のリズムも良くなるんですよ」