普段、あまり意識することなく、いつの間にか繋がっている携帯キャリアの無線LAN。全国どこでも繋がっているイメージがある一方、当然設置されていない場所も多分にあることだろう。

NTTドコモの「docomo Wi-Fi」は全国約15万AP、KDDIの「au Wi-Fi SPOT」は全国20万以上のAP、ソフトバンクの「ソフトバンクWi-Fiスポット」は40万以上のAPが存在する。これらを地震などの災害時に誰でも使えるようにする。こうした取り組みが、2014年5月に始まった「00000JAPAN」だ。

災害時のWi-Fi活用という考え方は、やはりというべきか、2011年3月11日の東日本大震災に端を発する。携帯網が寸断された場合の緊急避難措置としてのWi-Fi環境があれば、キャリアの壁を超えて利用できる。災害時における情報収集の必要性はかねてより指摘されており、正確で信頼性のある情報を各々が取得できれば、災害時における混乱が抑制できるメリットもある。

「00000JAPAN」は次第に認知度が上がっているようだが、こうしたWebニュースや一部のテレビ報道だけではいざという時に「『00000JAPAN』を思い出してもらえない」と取り組みを主導する無線LANビジネス推進連絡会(Wi-Biz)の運用構築委員長 大内 良久氏は指摘する。そのため、当初釜石市で行った実証実験や、自治体などで行われる防災訓練を通して、この認知度を深めていこうというのが同連絡会の狙いのようだ。

広島の教訓を豊橋で

残念ながら中止となった防災訓練

8月末に愛知県豊橋市で行われる予定だった愛知県と豊橋市が主催の防災訓練。残念ながら、当日はあいにくの大雨で訓練は中止となってしまったが、ここでも大内氏ら数名が足を運び、00000JAPANの啓蒙活動を行おうとしていた。

ただ、ここには単なる啓蒙活動だけではない狙いがあった。それは「NTT西日本」と「豊橋市の事情」だ。

前者の話は、約1年前に起きた広島県の土砂災害にさかのぼる。00000JAPANの無線LAN開放のガイドラインでは、あくまで「大規模災害」とされており、当初はこの災害でも00000JAPANを運用する予定はなかったという。

しかし、地元のNPOボランティアが災害の支援活動を行う際に、若年層から「Wi-Fiを利用したい」という声が上がったこともあり、KDDI所属の大内氏やソフトバンク、NTTドコモの担当者らが00000JAPANの発動用意を行ったという。

しかし、最終的に広島の土砂災害で00000JAPANが発動されることはなかった。通常、自治体の災害対策本部ではNTT東西と通信インフラ環境の話をするため、携帯3キャリアとの調整をせずに自社でWi-Fiを設置することが多い。そのため、広島土砂災害でもグループ企業のNTTドコモですら蚊帳の外だったようだ。結果、大内氏ら3キャリアの面々は土日待機のまま、月曜日になって「No」の裁定を受け、各キャリアがそれぞれのアクセスポイント名でWi-Fiを用意することになった。

ここで勘違いされると困るのだが、「それぞれがWi-Fiを置けるのであればそれでいい」のではなく、Wi-Fi環境を即座に置ける環境がない、例えば東日本大震災のような超広範囲における災害時には、各社のリソースも限られるため、必ずしも「必要なところにWi-Fiが置けるとは限らない」ことだ。だからこそ、携帯キャリア各社は共同歩調で災害時におけるリソース分配を考えているわけだ。

話を戻すが、実はNTT西日本もWi-Bizの一員で、00000JAPANの取り組みに参加すべき組織だ。ただ、当然ながら西日本地域を広範囲にまたがる組織のため、端まで「00000JAPAN」を知ることは難しい。ただ、同社としてもこの広島の"苦い経験"を受け、今回の豊橋市の防災訓練への取り組みを決めたようだ。なお、この防災訓練が実施されていれば、固定系としては初の「00000JAPAN提供事業者」となっていた。固定系事業者がさほど多くないとはいえ、こうした姿勢は、今後にも繋がっていくだろう。

東日本大震災でわかった"帰宅困難者"

00000JAPANの使い方は、こうした案内板を見るだけで簡単にわかるようになっている。手順書の配布では、9割が実際にWi-Fiに接続できたという

一方の「豊橋市の事情」とは、そう遠くない未来に起こることが懸念されている「南海トラフ巨大地震」で、最も被害を受ける可能性がある自治体ということだ。

豊橋市 防災危機管理課 課長補佐 上杉 裕一氏によると、東日本大震災を受けて再度作り直した被害想定で「5300名程度の帰宅困難者が出る」ことがわかったという。

「あの震災で、東京都内で多数出た"帰宅困難者"という概念が必要とわかり、それまでは全く考えていなかったことへの対策を行わなければならなくなった。想定を出した以上は、行政として必ず対策しなければならないですから」(上杉氏)

冒頭でも説明したように、災害時には情報収集は困難者にとって重要な問題だ。

「一斉に彼らが帰宅しようとすると二次災害の危険性がありますし、救助の妨げにもなりかねない。だから『むやみに帰らない、帰らせない』を基本として正しい情報を受け取ってもらうことが重要なんです」(上杉氏)

豊橋市としては、災害時に市の防災情報を伝える「豊橋ほっとメール」やTwitter、Facebookなどを運用している。ただし、帰宅困難者は、新幹線も停まるターミナル駅であることから、大阪や東京から来る遠方の人や名古屋、静岡の人など、豊橋市民以外も多数存在する。だからこそ、「Wi-Fiがあればと思い、今回の取り組みに繋がりました」(上杉氏)と、Wi-Fi活用にいたったようだ。

豊橋市 防災危機管理課 課長補佐 上杉 裕一氏

無線LANビジネス推進連絡会(Wi-Biz) 運用構築委員長 大内 良久氏

上杉氏は00000JAPANの取り組みを「全国に広がっていくといいですね」と話しつつ、「行政としてやるべきことがある一方で、民間のWi-Bizさんのような取り組みはなかなかこちら側の主導ではできない。だからこそ、民間と行政が上手く連携することでやれることがたくさんあるのではないか」と、それぞれの役割分担の重要性を説く。これは、先に触れた広島の件にも通ずることだろう。

上杉氏はこの日、行えなかった防災訓練について悔やみつつ、大内氏に「また訓練ができれば来ていただけますか?」と語っていた。「うちで00000JAPANの取り組みにスポットが当たって、波紋が広がっていくと嬉しい」とも話すように、災害時における通信インフラの重要性は自分たちで体感する"訓練"を通して、地道に広げていくことが重要なのかもしれない。