タイ語に加え、英語・日本語も自在に操るシリンターさん。日本流のものづくりに憧れ、多摩美術大学でデザインを学んだ彼女の次なる挑戦の地は、母国タイ。Eコマース事業を通して目指すのは、資金がなくても努力した分だけ結果が得られる社会の実現です。

シリンター・リヌタポンさん/タイ・バンコク市在住/29歳/Beacon Digital Co., Ltd.の共同設立者

■これまでのキャリアと今の仕事について教えてください

両親がバンコク市で輸入車ディーラーの仕事を営んでおり、タイでは裕福な部類に入る家庭で育ったと思います。しかし両親は、早くから子供を自立させたいという方針だったので、15歳から寮生活を始め、高校はカナダの公立高校に留学しました。もともと絵を描くのが好きだったのと、日本人に親しい友達が多く、日本に対するイメージがとても良かったので、高校卒業後は日本でアートを学んでみようと自然な流れで思い至りました。

まずは都内の専門学校を卒業しましたが、更に深く学びたかったため、多摩美術大学に進学。同級生と一緒に就職活動をし、なんとか無事に都内のデザイン会社から内定を頂きました。タイ語、英語、日本語が話せるので、就職を考えた時に他の国という選択もあったのですが、アーティストとして日本人の「ものづくり」へのこだわりの強さに魅かれ、世界一厳しい国で修行するつもりで日本を選びました。

日本での仕事は、厳しいけれど非常にやりがいもあったのですが、父の容体が急に悪くなってしまい、後ろ髪を引かれる思いでタイに帰国。その後は家業を手伝っていましたが、ゼロからものを作り出すことが好きなので車のディーラーという仕事に魅力を感じることができなかったのと、企業家の家庭で「いつかは自分でビジネスを」と考えていたため、他の選択肢を模索していました。

そんな折、趣味で革製品を作っている最中に、こうした素材集めなどをもっと効率化できれば便利なのにと考えるように。また自分と同じようなクリエイターがつくったものを、インターネットで簡単に販売できるようになれば、タイの若者たちを支援することにもつながるだろうとEコマース事業の立ち上げを思いつきました。

その後、現在のビジネスパートナーである日本人に出会い、一緒に起業することに。HIPSTORESという誰でも簡単にオンラインストアをはじめることができるインターネットサービスを、日本人の代表と技術責任者と3人で立ち上げています。

コワーキングスペースで、ビジネスパートナーと仕事中

■タイのEコマース事業の普及具合はどうなのでしょう?

小売全体の売上に対するEコマース化率は、米国約7%、中国約9%、日本約3.7%に対し、タイや他の東南アジアの国々では約0.2%というデータがあります。インターネットの発達とスマートフォンの低価格化により、ここ数年タイでの消費者によるEコマースの利用の需要は増えていますが、先進国に比べて、ネットショップをつくるところから決済システムとの連携、日々の運営までとても複雑です。また、オンライン決済詐欺への不安からクレジットカード利用率が低いこと、配送会社の品質の低さや遅延など、中小規模の小売業者や個人が参入するには大きな壁があります。

私たちが開発しているのが、この壁を取り除くサービスです。売り手と買い手が安心して取引ができる、高セキュリティ決済システムとの連携や、商品の保管、管理、配送、およびサイトへの集客などの付帯するサービスの自社提供も行う予定です。思い描いているサービスを実現し、ソーシャルメディアに投稿をするような気軽な感覚で、誰でも簡単にオンラインストアの運営ができるようになる日を目指し、現在は試行錯誤の毎日です。大変ですが、今年発足するASEAN経済共同体(AEC)による関税撤廃などにより、モノの動きが円滑になってゆくので、タイのEコマース業界は今後ますます発展すると確信しています。

■現在のお給料はどうですか?

現在は事業を立ち上げる準備期間であり、私は共同創業者なので、お給料はありません。会社の成長に合わせて、給料を決めていく予定です。日本では普通の日本人の新卒採用者と同じくらいのお給料をもらっていました。家業を手伝っていた時もそれなりのお金はもらっていましたが、私は誰かの下で働くより、一緒に働く方が心地よいと感じているので、不満はありません。

■今の仕事で気に入っているところ、満足を感じる瞬間は?

思い描いていたことが形になってゆく瞬間ですね。私の頭の中にだけあったビジネスの構想が、実際にウェブサイトなどを通じてサービスとして使えるようになるというのは、クリエイターとして自分の作品が少しずつ形になってゆく喜びと同じで、本当にワクワクします。

発展途上のこの国でも、資金が少なくても、インターネットを使えば努力次第で大きな成功を得ることも可能です。今までになかったサービスを生み出し、大きく言えば起業を通して、タイに新しいビジネスの概念や働き方を持ち込み、古い慣習や考え方を刷新してゆくんだという気概を持って仕事ができることに、とても満足しています。また、タイ政府投資委員会(BOI)による投資奨励制度の支援事業として承認され、政府からの恩典を受けながらこの国をより良くすることに貢献できることにやりがいを感じています。

まだ立ち上げ段階ですが、ビジネスパートナーとは文化の違いや、事業に対する考え方などでもちろん衝突もします。でも、その1つ1つが自分の糧になっていると感じているので、そのことに対し不満はありません。

■逆に今の仕事で大変なこと、嫌な点は?

仕事の経験が浅いので、経験不足と能力不足を日々痛感し、今はそれが悔しいです。仕事のスピードを含め、ビジネスパートナーや他のスタッフに負けないように毎日無我夢中で頑張っている最中です。

大変なことというと、タイでは残業をしたり、家でも仕事をするという考えがないので、家に帰っても仕事をしたり、仕事の話をしたりすると両親から怒られることでしょうか。

■日本人のイメージは? あるいは理解しがたいところなどありますか?

真面目でチームワークが良いのが日本人の素晴らしいところですね。ただ仕事となると、個々人の役割分担が曖昧で、効率が悪いと感じる時もあります。「できるものを全てみんなでやる」というのは、チームワークの良さとも取れますが、時間効率で見ると決して良くはないのではないでしょうか。ドイツ人も同じく真面目ですが、それぞれ役割を決めて仕事をしているので、仕事の面で見るとずっと効率が良いように思います。少し働き過ぎだと感じることもありますが、良いものを作るためにはある程度の犠牲も必要だとも思うので、私にとっては理解しがたいということではありません。

■最近TVやラジオ、新聞などで見た・聞いた日本のニュースは何ですか?

アートが好きなので、日本での展覧会の情報などをよく見ます。日本は街を歩けばギャラリーがあったり、世界中の有名なアーティストが頻繁に来日したりと、デザインを志す人にとっては素晴らしい環境が整っていると思います。タイでも最近は少しずつ美術やデザインの土壌が整いつつありますが、まだまだ質・量共に日本の方が圧倒的に良いですね。

■ちなみに、今日のお昼ごはんは?

お昼はいつも、オフィスの近くにあるデパートのフードコートで食べます。安い、早い、美味しい!日本人のビジネスパートナーも、このフードコートが気に入っていますよ。

この日はトムヤム・イェンタフォーというタイの辛いヌードルを食べました。豆腐から作られた酸っぱい味噌が味の決め手です。値段は日本円で200円くらいです。

オフィス近くのデパートのフードコートで。この日はトムヤム・イェンタフォーというタイのヌードルを注文。値段は200円くらい

■休日の過ごし方を教えてください

本来は土日が休みですが、今は事業立ち上げの追い込みの時期なので、カフェなどで休みモードで仕事をしています。タイ人にはカフェで仕事をするなどという発想がほとんどないので、パソコンを挟みながらパートナーと意見交換をしていると、タイ人から少し変な目で見られます(笑)。完全にオフの日は、皮でかばんを作る教室に通っています。そこから将来のお客さんも生まれてくると思うので、趣味と実益を兼ねてといったところでしょうか。

■将来の仕事や生活の展望は?

今は立ち上げに集中し、良いサービスをより迅速に、簡単に提供することが第一の目標です。

数年後には、自分1人でビジネスを立ち上げたいですね。具体的な事業構想とまではいきませんが、タイでの起業を志す外国人や、バンコク以外からの地方出身者などに対するサービスをしたいと考えています。そういった人達がビジネスを始める前に障害となっている事柄を少しでも取り除ければ、タイの経済もより活性化するのではないかと思うので。

友人の結婚式でのプライベートショット