地上波で続々と春ドラマがはじまる中、BSスカパー!でも4月10日から『PANIC IN』がスタートした。同作は、圧倒的な世界観とバイオレンスでドラマファンをうならせた『破門』に続く、オリジナル連続ドラマの第2弾。初回放送を見る限り、ド迫力の映像表現は健在で、さらに新たな仕かけを試みるなど、地上波では考えられない作品だった。

『PANIC IN』

私は全ての連続ドラマを見続けているが、『PANIC IN』は文句なしの意欲作。みなさんが見逃さないで済むように、その魅力を挙げていきたい。

「面白ければいい」制限なきこだわり

大まかなあらすじは、「さえない中年男の車田寅雄(43歳独身)が、リストラで職を転々としながら極限状況に巻き込まれ、そこで出会ったマドンナを救うべく奮闘する」1話完結のパニックドラマ。こう書くと「どうせこんな感じなんでしょ?」と予想できそうなのだが、そこはBSスカパー!だけに、さまざまなこだわりが詰め込まれている。

1つ目のこだわりは、名作映画へのオマージュ。「速度を80km以下に落とすと爆発するバス」がテーマの第1話は、キアヌ・リーヴス主演『スピード』のオマージュであり、引いては高倉健主演『新幹線大爆破』のオマージュだった。主演のマキタスポーツも、「映画愛が詰まっているので、批評的な見方もできるし、そうじゃない人も楽しめる上質なコメディー」と話す通り、単なる殺伐としたパニックものではない。

2つ目のこだわりは、大スケールのCG。一瞬にしてバスが木っ端みじんになる爆発シーンは連ドラの枠を超えるものであり、パニックドラマの緊迫感を高めていた。今後はどんなCGを仕かけてくるのか、要注目ポイントと言える。

3つ目のこだわりは、犯人の壊れっぷり。ナイフを持って暴れながら「バカ! バカ!! バ~カ!!!」と絶叫し、血走った眼で「謝れよ!」と迫る姿は、「地上波では100%NG」のリアルかつエンターテインメント性の高い犯人像かもしれない。

4つ目のこだわりは、オチのつけ方。「何とかピンチを脱出し、マドンナに振られる」というだけでも十分なのだが、そこにプラスアルファの遊び心を加えている。詳細を書くのは避けるが、1話では「母ちゃん、トマトうまいわ~」のセリフでバシッとオチが決まり、「ドキドキ」の終盤から「切なく笑える」結末へつなげていた。

これらのこだわりは、全て「ただ面白ければいい」という1つのベクトルに向かっている。「少し深みが出そうな情報を入れよう」「スポンサーやコンプライアンスに配慮しよう」などの思惑はなく、純粋にドラマの楽しさを追求している。

「主演マキタスポーツ」という哀しさ

そして何と言っても、主演のマキタスポーツである。昨年11月に マキタスポーツは、なぜ俳優としてブレイクしたのか? その理由と魅力を探る でも書いたのだが、俳優としての活躍が続く中、ついに今作で連ドラ主演の座を射止めた。

「脚本はほぼ僕をイメージしたあて書き。そのせいか寅雄は瓜ふたつというくらい僕に似ている。哀愁を出したつもりはないのに勝手に出ていて、“キモさ”や“ダメっぽさ”の加減がハンパない」と自ら語るように、その魅力が全面に表れている。

そもそも役柄が、「リストラされた哀しさ、独身中年の哀しさ、事件に遭遇する哀しさ、頑張っても振られる哀しさ」などの哀しい設定なのだが、その真骨頂が現れるのは、クサいセリフを吐くシーン。

「オレたち人間の特技を知ってるかい? 信じることさ。そこから愛が生まれるんだ。(思わず笑うヒロインに)いい笑顔だ」「お嬢さん、オレにさわるな。ケガするぜ」「知ってるかい? 異常な状態で結ばれた男女は長続きしないって言うぜ」「(自分を刺した犯人に)なぜかな……お前にはサツに捕まってほしくねえんだ。こんなもんすり傷みたいなもんだぜ。さあ行け!」などのクサいフレーズとチャーミングな表情は、何とも味がある。

さらに、「もう少しこのままでいさせてくれねえか」とヒロインを抱きしめた瞬間、犯人から奪った爆破装置を推してしまい、バスが大破。そして、ほどなく無残に振られてしまうのだが、そんな哀しい瞬間こそ、マキタスポーツは一番いい瞳の輝きを放っていた。これぞ、ハマリ役の証かもしれない。

ちなみに、寅雄は「不運なタイミングで、不運な場所に居合わせる、不運な男」という意味で、映画『ダイ・ハード』のジョン・マクレーン(ブルース・ウィリス)に似ているのだが、マキタスポーツの風貌もどこかブルース・ウィリスに似ている。事実、オープニング映像は意識したと思われるだけに、ここにも注目して欲しい。

夏木マリ+監督が異例のミニ番組

そして、最もBSスカパー!らしく、「これは斬新」と感心したのは、ドラマ終了直後のスペシャルコンテンツ『夏木マリの、それはパニックの後で…』。

これは「監督をゲストに迎え、撮影裏話やオマージュを捧げた映画を語ってもらおう」というミニトーク番組。密度の濃いトークはもちろん、夏木マリ演じる『パブ困惑』のママがチーママのロザと繰り広げるショートコントもかなりハジけている。こんなコンテンツを「ガッチリ15分間放送」しているのは、「ドラマ制作にここまでこだわっている。だから存分に楽しんでほしい」というスタッフ側の自信によるものではないか。

そんなスタッフの中心に立つのは、トークゲストとして登場する監督たち。鈴木太一、木村好克、永野宗典ら、今後の日本映像作品を背負うであろう人材と、すでに実績とコアなファンを持つSABUが手がけているだけに、ある意味面白くて当然なのだ。

『PANIC IN』が、迫力ある映像と、「泣き笑い」人情モノを共存させた、かつてないパニックドラマであることは間違いない。ただのシリアスだけではなく、これほどこだわりを詰め込んでおきながら1話完結、しかも本編ドラマは30分間という見やすさもある。このドラマ、まさに「質の高いショートフィルム(短編映画)」そのものなのだ。

木村隆志

コラムニスト、テレビ・ドラマ解説者、タレントインタビュアー。1日のテレビ視聴は20時間(同時視聴含む)を超え、ドラマも毎クール全作品を視聴する重度のウォッチャー。雑誌やウェブにコラムを提供するほか、取材歴1000人超のタレント専門インタビュアーでもある。著書は『トップ・インタビュアーの聴き技84』など。