「ウイルスセキュリティZERO」「筆王」「いきなりPDF」「超ホーダイ」など多くのヒットソフトウェアを手がけるソースネクスト。自社製品開発から海外製品のローカライズまで幅広く展開する同社が、今度は日本から世界への製品展開をめざし海外拠点から発信を始めている。日本IBM時代から海外と日本を行き来する松田社長が会社に取り入れる会社活性化の施策、ビジョン、そして世界展開に必要な感性とは……!?

ソースネクスト 代表取締役社長 松田憲幸さん

成果主義には「さん付け」から!

――まず、会社について教えていただけないでしょうか

私自身はもともと日本IBM社に就職し、4年5カ月で会社を起業しました。大企業では海外に行かせてもらえたりと、もちろん大きなチャレンジができます。しかし、若いうちからの昇格などが難しいこともあります。自分が起業する際には年齢や性別関係なく昇格ができ、平等なチャレンジの土台がある会社にしたいと考えました。すばらしいプロダクトを提供しようというよりは、働いている社員にとって理想の環境をつくりたいという動機のほうが大きかったかもしれません。

――それは珍しいかもしれませんね

もちろん、プロダクトにも誇りを持っています。当社のビジョンは「世界一エキサイティングな企業になる」。これは自分たちの働く環境のことも言っていますし、事業や仕事についてエキサイティングにしたいという思いも込めています。例えば、会社として「これは社会にとって良くないな」ということを事業にしていたら、給与が高くても後ろめたいです。誇りを持つ仕事ができるというのは重要です。

当社は世界の素晴らしい製品を日本に持ってくるローカライズ事業も行っています。例えば、当社が最初に発売したパソコンソフトは「算数戦士ブラスター」という製品です。アメリカで販売されていたものを日本仕様にして発売したのですが、算数を勉強したくない子供がゲーム感覚でどんどん算数ができるようになっていくと、気持ちがいいですよね。社員がどういきいきと楽しくできるかを原点におくと、年功序列はなくし、誇りが持てる仕事でなくてはならなかったんです。

――何かそのために工夫されていることはあるんですか?

一例をあげると、下の位の人にも必ず"さん付け"をすることなどです。"ちゃん"でも"君"でも呼びません。本当に正しい実力のある人が昇格する仕組みを作ろうとすると、言葉尻で上下関係を作るわけにはいかないんです。例えば先輩社員が下の方を毎日呼び捨てで呼んでいたら、後輩がどんなに優秀でも上の立場にしにくくなってしまいます。「あんなにえらそうにしている先輩より上の立場にしたら、先輩が辞めてしまいそうだな」となってしまいます。

また、上の人が下の人を呼ぶのに、さん付けだったら、「松田さん、これお願いできますか?」と自然に言えますが、呼び捨てだと「松田、これお願いできますか?」とはならず、話し方全体が変わってきます。半沢直樹など見ても、「半沢~!」と怒鳴っていますよね(笑)。そうした文化は取り入れないようにしています。

若い人が上に昇格する仕組みづくりはシンプルに見えるのですが、実は日常の言葉遣いに関してもカルチャーを作らなければいけません。アメリカなどでは、みんなファーストネームで呼ぶ文化なので実力主義にしやすいという背景もあると思います。簡単そうに見えて、いろいろなことを統合しないと定着しないと思います。

「世界一エキサイティングな企業になる」とは

――「エキサイティングな企業」とはどのような企業でしょうか?

たぶん日本語にすると「おもろい」が一番近いんじゃないかと思います(笑)。ただ、一言でエキサイティングというと捉え方がわかれてしまう場合があるので、その3原則を定めています。それが「正しい」「喜ばれる」「面白い」です。この3つがないとエキサイティングではないと気付きました。誰かが喜んでも、社会的に正しくないことをやっているのではエキサイティングではありません。ですから新しい仕事を始めるときも、開発するときも3原則に沿っているかを考えます。社会にとって良くないものでも短期的に儲かることはありますが、どれほどの社員がやる気なくしてしまうかと計算してみたら、長期的には損していると思います。

――そういう視点は社内でも浸透しているんですか?

私はそう思っています。ただ時代の流れもありますから、この新しいことは本当に正しいのだろうか、という案件は出てきます。それは毎日集まってみんなで議論しますね。

――現在、海外にも子会社持ってらっしゃると伺いましたが

シリコンバレーに拠点を置いているので社内の会議にすべて出るのは難しいですが、必要な会議にはすべてスカイプで出席をしています。

――海外拠点ではどのようなことを行っているのですか?

現地のCEOなどにどんどん会って商談をすすめていく役割、いい経営手法や習慣、いろいろな新しいツールを持ってくる役割などを果たしています。たとえばアメリカでは社員のファミリーを呼んでパーティーをやっている、どこでもWi-Fi環境があるから便利だ、など、アメリカの習慣で日本でも良さそうなものは積極的に社内に取り入れています。

一番大きいのは、カルチャーを吸収する役割です。グローバルな製品をつくるためには世界に行かなくてはならないと確信しています。日本人しかいないところでできた製品をグローバルで使わせるのは難しいと思います。

日本のためにものをつくることや、海外のものを日本に持ってきてローカライズするのは、我々が現在日本でできていることです。ただ、日本のものを世界に売るというのは、難しい。

――今目指しているのが海外なんですね

そうですね。究極的には、そこまで広がらないとエキサイティングではないと思っています。

世界に製品を広げるためには何年かかってもいいので、必ずやりたいと思っています。日本のみで製品を売っている状態は「エキサイティング」とは程遠い。そのためには世界の感性を身につけなければいけない海外に長くいないと難しいなと思います。

世界に製品を広めるために必要な感性とは?

――世界の感性に重要なものってなんでしょうか

デザインは一つあると思います。ずっと日本にとどまっていたら、様々な国の方の好みがわからないのではないでしょうか。コンシューマ製品はお客様が決めるわけですから、お客様にあっていないと意味がない。

インドの人と中国の人、ヨーロッパの人もアメリカの人も好みが違うわけで、そういった人たちの好みを吸収して作ることはすごいことだと思います。それを日本にこもってつくるのは、かなり大変な仕事だと思います。だからチームになればいいのではないかと思います。いろんな国にいる人のチームで作っていくと、変わっていきますからね。

――今の製品は日本のチームで作っているってことですよね

ウイルスセキュリティZERO

そうですね、日本に向けて売るものですから。インド人に売るのであれば、まずパッケージが変わって来ます。

このパッケージの中でも、どこかの国のタブーがきっとあると思います。この色とこの色はまぜてはいけないとか、……それを排除するためにはいろいろな国の人に見てもらわなければいけない。そういうプロセスがシリコンバレーにはあります。ブラジル、フランス、ドイツ、イスラエル、と毎日会う人の国籍が違うんです。日本では1日でそんなに多くの国籍の人と会うことはないんですよね。県はちがうかもしれませんが(笑)。

――出身県のような感覚で国が違うんですね

そうです(笑)。そこが最大だと思います。なぜFacebookがインドでも普及するかというと、インド人も開発に関わっているからだと思います。なぜ日本の製品がインドで普及しないかというと、インドの方が日本に少ないからではないでしょうか。プロトタイプの時点でいろいろな国のテストが終わっていれば、いろいろな国で普及するのは当たり前とも言えると思います。

逆で考えたら、日本に広めたいものを日本人が加わらないで作っているなんて考えられないと思います。カルチャーの違いは最大だと思います。

開発者に喜んでもらいたい

――海外の製品を日本に持ってくる際はどうですか?

海外のソフトウェアを日本に持ってくるときは、パッケージもマニュアルも何もかも日本に向けたものに変えます。それはトランスレーションと言わずに、ローカリゼーション……全部を日本仕様に、ということになります。この分野ではソースネクストは多くを手がけてきました。英語版だったら広まらなかったものを日本向けにローカライズした結果、それまでほとんど売れていなかった製品が何千倍も売れたということもありました。

それは我々が開発者の方の気持ちを汲んで、少しでも日本で多く広めたいなら協力してほしいと、説得を続けて来たことが大きいと思っています。例えばインドのK7という会社のセキュリティソフトは日本でまったく無名でした。しかし当社が日本で「ウイルスセキュリティZERO」という製品にローカライズして発売したところシェアNO.1をとるほどまでに売れました。これは彼らの開発力と当社のマーケティング力が合わさった結果です。

私は自分でもプログラムを作っていたので、手をかけたプログラムがまったく売れないことがどれだけ虚しいかわかります。だから少しでも広めたい、という気持ちを汲んで、更にお客様がバリューを感じる仕様や価格にすれば、開発者とお客様がつながって、製品の良さがきちんと伝わります。

根本にあるのは、開発者の人に喜んでもらいたいというのと、日本のお客様に喜んでもらいたいということ、両方です。これを海外の企業と協力すればローカライズになりますし、自社でやれば開発になります。

――今後会社としてめざす方向性を教えてください

やはり、グローバルに製品を出すこと。ただ、焦りはせず、カルチャーを大切にしつつ進めていきたいと思っています。

世界的に大きな貢献をしている事業ができればとてもエキサイティングですし、そのためにやらなければいけない仕事はたくさんあります。ただ100年200年たっても企業のビジョンは変えないのが一番重要です。仮にいつか世界への目標を達成しても、ビジョンは変えないでしょう。今はソフトウェアを扱っていますが、今後インダストリー全体も変わっていくと思います。私たちの歴史からいうと、まだ始まったばかりの段階だと思っています。

――ありがとうございました