生物は自分と他者を見分ける能力を持っている。動物の免疫系はその代表例だ。植物でも、近親交配を避けるために、自分より他者の花粉を選んで多様な子孫を残す性質があり、「自家不和合性」と呼ばれている。19世紀のダーウィンが晩年に熱心に研究したテーマだが、その仕組みは最近遺伝子レベルでわかってきた。その研究で新しい展開があった。

写真. ペチュニアの花。右の拡大写真では、雌しべ(緑)と、花粉を含む雄しべ(黄)がある。(提供:奈良先端科学技術大学院大学)

図. ペチュニアが近親交配を避ける仕組み(提供:奈良先端科学技術大学院大学)

ナス科の園芸植物であるペチュニアの非自己認識システムに関わる遺伝子の全容を、奈良先端科学技術大学院大学の久保健一(くぼ けんいち)研究員と高山誠司(たかやま せいじ)教授らが解明した。ペチュニアの個々の花粉は受粉の際、雌しべで花粉を殺す毒タンパク質を処理する解毒タンパク質の遺伝子を18種類持っていて、その中に自己の毒を消す遺伝子は含まれていないため、自家受精できないことを突き止めた。

植物も、動物の免疫系に似た多種類のタンパク質を動員して巧妙な非自己認識システムを利用しているといえる。自己と非自己の認識の仕組みを生物がどのように進化させてきたかという大きな謎を解く手がかりにもなりそうだ。スイス・チューリッヒ大学の清水健太郎(しみず けんたろう)教授らとの共同研究で、1月8日付の英科学誌ネイチャープランツの創刊号に発表した。ペチュニアの花の拡大写真が記念すべき創刊号の表紙を飾った。

ナス科の園芸植物のペチュニア(図1)では、自己と非自己の識別は50種類以上あるS遺伝子(S1、S2、…)で行われている。例えばS1遺伝子を持つ雌しべに、同じS1遺伝子を持つ自己の花粉が受粉すると、花粉は雌しべの中を伸びて行けない。しかし、S2など異なる番号のS遺伝子を持つ非自己の花粉が受粉すると、花粉管は伸長し、雌しべの根元の卵細胞と受精して種子を作ることができる。

このS遺伝子は、雌しべで花粉を殺す毒タンパク質S-RNaseと、花粉でS-RNaseを解毒する多数の解毒タンパク質SLFの両者を作る。作られる毒のS-RNaseの構造や解毒するSLFのセットはS遺伝子ごとに異なっている。研究グループは多くの状況証拠から、S1遺伝子を持つ花粉は自己の雌しべの解毒タンパク質を持ち合わせていないために伸びて行けず、非自己のS2遺伝子を持つ花粉はこれを持ち合わせているため伸びていけると推察した。

個々の花粉は50種類以上存在する毒のうち、自己の毒以外のすべてを解毒するための解毒タンパク質を用意していることになる。実際に何種類の解毒タンパク質が作られているのかはわかっていなかった。今回、網羅的な遺伝子解析から、個々の花粉は18種類の解毒タンパク質SLFを持つことを見いだした。これらのSLFが複数のS-RNaseを認識し、分担しあって、50種類以上のS-RNaseのほぼすべてを解毒可能にしていることを明らかにした。

個々の花粉は、自己のS-RNaseを解毒できるSLFだけを欠いており、これが自家受精できない理由であることを証明した。また、偶発的に起こる自然変異で自己のS-RNaseを解毒できるSLFを獲得すると、ペチュニアは自分で種子をつける自家和合株に変化することを確かめた。長い年月をかけて、非自己のS-RNaseを特異的に解毒するための多数のSLF遺伝子のセットを獲得するために、遺伝子の重複と交換を繰り返してきたことも解明した。

高山誠司教授は「複数の因子を使って多数の非自己由来の因子を認識するシステムが植物でも進化してきたことがわかった。植物が自家受粉できない仕組みは一通りでなく、それぞれ独自性がある。しかし、このペチュニアの複雑な仕組みは、進化の早い段階で獲得されたもので、幅広い植物で維持されている可能性がある。毒と解毒物質の両面から変化をたどれるので、生物にとって重要な非自己認識系の進化を探求するモデルになる」と話している。