――ヨキを演じた伊藤英明さんはオーディションではなく監督の指名ですか?

矢口監督「最初に指名したんですけど、スケジュールがあわないということで、候補から外れていたんですよ。仕方ないので、ほかの候補者の方とお会いしていたんですけど、やっぱり違うなって思う日々を過している中、伊藤英明さんのスケジュールをずらすのではなくて、撮影スケジュールを調整して、伊藤さんに来てもらうことはできないかという話になったら、それならいけるということになったわけです」

――それで伊藤さんにお願いすることになったと

矢口監督「ただ、伊藤さんとは一度もお会いしたことがなかったので、決定する前に実際に会って確かめたいと無茶を言って。ちょうどドラマの撮影中だったんですけど、撮影現場に行く機会をもらった。それで実際にお会いしたら、かなり面白い人で。カメラが回っているときと、カットのかかった普段の顔がまったく違うんですよ。ジャイアンみたいな感じでした。歌わないジャイアン(笑)。別に意地悪をするわけじゃないですよ。すごく気さくな感じで、自己流で好きなように振舞うけど人情に篤い。こんな奴がいるのかって思うぐらい面白くて、もうそのまんまヨキじゃないかって思ったので、即決しました」

――ちなみに最初に伊藤さんがいいと思った理由は?

矢口「『海猿』を観たときに感じた、あの身体能力と筋肉の美しさ。あとは尻も出せるというところですね(笑)。ふんどし姿は必ずあるので、ふんどし姿が美しいかどうかは外せない」

――主人公・勇気役の染谷将太さんはオーディションですよね?

矢口「そうですね。僕はオーディションにすごく時間がかかるタイプで、なかなか良い人が見つからない。今回もそのつもりで、たくさんの方を用意していただいていたんですけど、初日のグループに染谷君がいて、すぐに決まってしまいました(笑)」

――染谷さんを選んだポイントは?

矢口監督「オーラがないところです。これは、マイナスポイントに聞こえるかもしれないですけど、十代後半から二十代の俳優さんは、有名になりたい、主役になりたいという気持ちが強くて、どこかギラギラしたものがある。ぜひ自分を使ってくれというアピールがどうしても強くなるんですよ。その日もそういう方が多くて、やっぱりそうだよな、この年齢だとしょうがないよなって思っていたんですけど、突然やってきた染谷君はなぜか無光沢なんですよ(笑)」

――無光沢ですか?

矢口監督「闇のような、ある意味ブラックホール的に輝きがなかった。その自然体がとても良かったんですけど、なぜそんなに自然体なのかと思ったら、あの年で染谷君はキャリアが長いんですよ。だから、オーディションは、自分の魅力を最大限に発揮できるかどうかなんて関係ない、なるようになるんだってことが経験の中で分かっていたんでしょうね。完全に素で入ってきて、完全に素でしゃべり、素のまま帰っていった。でも好きな映画の話をしているとき、ふと笑顔になるのですが、それがすごくチャーミングなんですよ。それ以外のときは普通にのったりと喋る。それがすごく都会の勇気っぽかった。でも映画の話になると田舎の勇気。その二つの味がすごく良かったんですよね。別に芸を見せてほしいわけじゃないんですよ。素直に役に染まってほしいだけなんです。そのあたりが、若い俳優の中では飛びぬけて輝いていなかった(笑)。そんな自然体が魅力的でした」

――輝いてないところが勇気だったわけですね

矢口監督「そうです。毎回オーディションのときは、この役には誰が合うかということしか考えていなくて、上手いか下手かはまったく見ていない。実際に染谷くんに会ったときも出演作を一つも観てない上に演技もしてもらわず、世間話だけで決定した感じです」

――ヒロインである直紀役の長澤まさみさんは?

矢口監督「メイキング映像の中にもその馴れ初めが出てくるんですけど、長澤さんには10年ほど前に別の作品でオーディションに来ていただいたんです。そのときは落としてしまったんですけど、その映画の後に映画祭の会場で会ってしまった。あ、長澤さんが来た、やばい……なんて思って目を伏せていたんです。そしたら向こうから結構な大声で『カントクー、オーディションのときはどうもーっ!』ってあっけらかんと話しかけられて、落ちたことを平気で話すんですよ。こいつは何かおかしいぞって(笑)。そのときのサバサバ感がすごく印象に残っていて。長澤まさみのこの魅力はまだ誰も使っていない。だから、あの清楚で可愛らしい長澤さんの素の部分のおかしさ、面白さをいつか使いたいなって思っていたところ、ちょうど直紀というピッタリのキャラクターが書けたので、ここでやってもらうしかないと思って連絡しました。そうしたら、ぜひやりたいということだったので、10年来の夢が叶った感じですね」