誰からも愛された大ちゃん!! 本当にお疲れさまでした

日本男子フィギュアスケート界を長年にわたって支えてきた高橋大輔選手が10月14日、現役引退を発表しました。今回は、関西大学の先輩として公私にわたってお世話になった高橋選手と私の思い出をご紹介します。

自身の疲れを厭わず、1番滑走の後輩を応援

私が高橋選手と初めて話をしたのは、2000年にクロアチアで開催された「ムラドストトロフィー」という大会でのことでした。私はノービス、高橋選手はジュニアとしての派遣でしたが、年齢に関係なく皆に優しく接していたのが印象的でした。

それから数年がたち、次に高橋選手と一緒に国際大会に出場したのは、2009年のフィンランディアトロフィーでした。前年に負った右ひざの前十字靭帯(じんたい)のケガからの復帰戦ということで、かなりの注目を浴びた試合であったと記憶しています。ただ、1年間のブランクがあったとは思えないほど気迫のこもった演技で、今でも鮮明に覚えています。

私は関西大学2年生の時から長光歌子先生に師事し、「チーム長光」で練習させてもらっていたので、高橋選手には本当にお世話になりました。合宿ではチームを常に引っ張ってくれていて、みんなのお兄ちゃんというような存在でした。また、移動中などで重い荷物を持っている人がいれば代わりに持つなど、紳士的な一面もありました。

私が現役時代に最後に出場した全日本選手権では、前日に試合が終わったばかりで疲れているにも関わらず、1番滑走の私の演技に間に合うように応援に来てくださったこともありました。そのような優しさが、多くの方に応援してもらえるということにつながっているのだろうなと感じました。

多くのファンの心を動かしたソチ五輪の演技

ソチ五輪があった昨シーズン、私はコーチとして「チーム長光」に戻ることになり、高橋選手がソチに向かって行く様子を、近くで見ることができました。

前回のバンクーバー五輪のシーズン以上に、「今回はスケートへの想いを大事にしてシーズンを過ごしているな」と感じたのが当時の私の印象です。練習を見ていても、「今回が最後の五輪」と口に出さずとも分かるような高橋選手の気持ちが、こちらにもひしひしと伝わってくるような雰囲気でした。

グランプリファイナル出場が決まった後の昨年11月末、高橋選手にケガという試練が再び襲いかかり、ソチ五輪出場までには非常に険しい道のりであったかと思います。しかし、ソチでのフリーの演技終了後は、そのような険しい道を通ったとは思えないような、すがすがしい表情をしていました。ミスはあったものの、演技にはすごく引きこまれました。多くのフィギュアスケートファンにとって、ソチ五輪で最も印象に残った演技の1つと言っても過言ではないと思っています。

今後もフィギュアスケート界に携わって

先日引退を表明され、今後については未定とのこと。現役のトップ選手として活躍する姿が見られないのは少し残念ではありますが、今後もプロフィギュアスケーターとして、高橋選手の魅力たっぷりの演技が見られたら……と期待しております。

自身の進退について悩んでいる中でも、今年の4月頃には「チーム長光」の小学校低学年の選手のレッスンをしてくださったり、8月にはチームの合宿にも数日間参加してくださったりしました。後輩の選手のことを気にかけてくれ、選手たちにはすごく刺激になった機会だったと思います。他のリンクでも、高橋選手に憧れてスケートを始める男の子も増えてきていると思います。

バンクーバー五輪では、男子シングルで日本人初のメダルとなる銅メダルを獲得しました。羽生結弦選手や町田樹選手ら、後に続く男子選手たちが進むべき、目指すべき道を作ってくれたのが高橋選手です。今後はどのような人生を歩むのかわかりませんが、何らかの形でスケートに携わっていてほしいなと私は心から思っています。

だいちゃん! 長い競技生活、本当にお疲れさまでした!!

筆者プロフィール: 澤田亜紀(さわだ あき)

1988年10月7日、大阪府大阪市生まれ。関西大学文学部卒業。5歳でスケートを始め、ジュニアGP大会では、優勝1回を含め、6度表彰台に立った。また2004年の全日本選手権4位、2007年の四大陸選手権4位という成績を残している。2011年に現役を引退し、現在は母校・関西大学を拠点に、コーチとして活動している。