宇宙航空研究開発機構(JAXA)の9月25日、小惑星探査機「はやぶさ」に着想を得た、電力の有効な制御技術について、企業や報道関係者を対象にした説明と、デモンストレーションを行った。

「はやぶさ」から着想を得た電力制御技術

説明に立った川口淳一郎氏(JAXA宇宙科学研究所宇宙飛翔工学研究系/教授 シニアフェロー

説明に立ったのはJAXA宇宙科学研究所教授の川口淳一郎氏。言わずと知れた、「はやぶさ」チームを率いた人物だ。

「はやぶさ」に起きたトラブルは挙げ始めるときりがないほどだが、そのうちのひとつに電力が足らないという問題があった。一方、「はやぶさ」はイオンエンジン、つまり電気を使って航行する機体であり、イオンエンジンへは常に大電力を一定に供給する必要があった、また、「はやぶさ」の各所には合計200個にもおよぶヒーターが取り付けられており、これらは温度状況に合わせて適時ON/OFFを行う必要があった。

そこで「はやぶさ」では、こうした電力使用量の変動を、限られた電力の中で賄うために、ヒーターの電力を量子化し、ピーク時に必要となる電力を使用量の少ない時間に回すなどして、トータルでの消費電力を一定にするという方法が考案された。

さすが「はやぶさ」、と思う方も多いかもしれないが、実は似たような技術は、すでに住宅やオフィス、工場などで導入されている。昨今の節電対策の中でも話題になる「ピークカット」や「ピークシフト」と呼ばれるものがそれだ。

今回紹介されたのは、その「はやぶさ」の電力制御技術から着想を得たという、より進んだ、そしてより賢くピークカット、ピークシフトを実現するための技術だ。

命令を待つのではなく、各々が自分で判断

「はやぶさ」でのピークカットは、各機器の電力使用量をコンピュータで監視し、余分な部分をカットし、必要な部分に与える、という方法だった。

また現在、住宅やビルでの電力管理システムとして導入が始まっている「HEMS」(Home Energy Management System)や、「BEMS」(Building Energy Management System)と呼ばれるシステムも同様に、コンピュータが建物内の電化製品などの使用状況をモニターし、電力を安定供給しつつ効率化する、という方法が採られている。

しかしこの方法は、例えばピークカットを行いたい場合、まずサーバから各機器に電力の要求量の照会を行う。それに対して各機器は「今これだけ使っている」という情報をサーバに返す。サーバはその収集した情報を計算し、電力の割当量を決める。そしてその結果を各機器に対して「機器Aはこれだけ減らせ、機器Bはこれだけ…」と伝え、各機器はその情報に従って、各々の使用量を変化させる、という、とても手間の掛かるやり取りをしている。

もちろん、ひとつひとつの動作はコンマ何秒という短い時間で行われてはいるが、制御する電気機器が増えれば、決して短いとはいえない時間が掛かるようになってしまい、無駄が多い。

そこで今回、川口教授が提案した方法は、各機器に対して、最短でたった一度だけ情報を発信するだけで、同じような処理を可能にする技術だ。

まず各機器にはあらかじめ、自己優先度を割り当てておく。例えば、冷蔵庫は肉や野菜を腐らせないために優先度は「高」、居間のテレビは「普通」、照明は昼間なら少し暗くても大丈夫なので「低」といった具合だ。そして各機器に「これだけの使用量にしたい」という情報だけを送る。あとは各機器が割り当てられていた優先度に応じて、自分の判断で使用量を減らしたり、減らさなかったりする。

もちろん電気の使用量は刻一刻と変化する。掃除機という大電力を食う機器が突然割り込んでくるときもあるし、かけ終わると突然なくなる。その直後、誰かがドライヤーを使い始めればまた使用量が上がり…といった具合にだ。こうした変化に対しても、各機器に対して再度情報を発信するだけで、優先度に応じて即座に補正がかかるので、やはり無駄が省ける。

低コストで導入可能

こうした、ひとつの大きなシステムとさえ思えるものを組み込むのであれば、初期費用も大きくなると思われるが、配電盤に「アラート・モジュール」と呼ばれる装置を、また各電気機器には「インバータ・モジュール」と呼ばれる、それぞれ小さな機器を取り付けるだけで実現可能とのことだ。

前述の説明でいえば、アラート・モジュールが総電力量からの逸脱量の情報を発信し、各電気機器のインバータ・モジュールがその情報を受信し、優先度に応じて調整することになる。またやはり前述のように、インバータ・モジュールが付いた電気機器が増えても減っても、いつでもすぐに補正が掛けられるので、実生活に影響を与えることはない。

アラート・モジュールと各インバータ・モジュールとの通信には、ZigBeeと呼ばれる、近距離無線通信規格の1つを使用することが検討されている。ただし川口教授によれば、ZigBeeを使うのは単にチップの価格が安いためであって、一方通行の通信しかしない同システムにとっては、ZigBeeの持つ能力からいえば役不足であるという。またPLC(電力線を利用する通信技術)を使うことも検討しているとのことだ。

つまりシステム構築のための初期費用がそれほど掛からず、設置も簡単なため、家庭や企業にとっては導入しやすいとしている。

会場ではデモンストレーションも

デモンストレーションの説明パネル(その1)

デモンストレーションの説明パネル(その2)

今回の会見では、実際にこのシステムを用いたデモンストレーションも行われた。用意されたのはIHクッカー、エアコン、LED照明、ファンヒーターで、このうちファンヒーター以外の3つの機器にインバータ・モジュールが搭載されていた。

デモンストレーションでは、IHクッカー、エアコン、LED照明の3つの機器を使っている中で、ファンヒーターの電源を投入。すると3つの機器のインバータ・モジュールは即座に使用量を調整し、LED照明は若干暗くなったりといった変化が見られた。

このデモンストレーションでは、分かりやすいようにインバータ・モジュールは各機器の外側に、あえて目立つように設置されているが、実際の機器は非常に小さいので、内部に組み込むことや、あるいは通信機能をすでに持っている機器であれば、ソフトウェアの書き換えでも実現可能とのことだ。もちろんその場合は、その製品を製造しているメーカーの協力が必須となる。

デモンストレーションの全体像

アラート・モジュール

各機器に取り付けられたインバータ・モジュール。実際の装置の大きさは、電気機器内に組み込めるほど小さい

今後の展開

では今後、JAXAはこのシステムをどのように展開していくつもりなのだろうか。

川口教授によれば、まずは実際の電気関連メーカーに広く参加してもらい、研究や開発を行っていきたいとことだ。またシステムの仕様は広く公表し、かつ賛同して導入する企業への参加費などは取らず、ロゴの入ったシールなどを貼るような形で展開したいとも語られた。また参加企業は1社に限らず、多くの企業に参加して欲しいと呼びかけられている。

またJAXAベンチャー制度に基づいて法人を設立し、参加企業間の契約を斡旋、仲介し、社会への普及に取り組むとのことだ。参入した企業と共に海外への売り込みもかけていきたいとしている。

東日本大震災による原発事故により、科学・技術への不信は高まり、また電力不足と節電対策は喫緊の課題となっている。「はやぶさ」の帰還が、不況や社会問題などで閉塞感が漂う日本に元気と勇気を与え、多くの人々を感動させたように、「はやぶさ」が日本の、ひいては世界の電力問題を解決するきっかけになることを期待したい。