「真珠の首飾りか」と見間違うような新材料がナノテクノロジーに登場した。2種類の元素が交互に並んだ原子の鎖を合成するのに、産業技術総合研究所ナノチューブ応用研究センターの末永和知(すえなが かずとも)首席研究員と千賀亮典(せんが りょうすけ)研究員らが初めて成功した。さらに、この原子鎖のユニークな物理特性も原子レベルで突き止め、次世代の電子光学デバイスなどへの応用が期待される新しいナノ材料の開拓に道を開いた。9月14日付の英科学誌ネイチャーマテリアルズのオンライン版に発表した。

図. 材料研究で注目される素材の発展(提供:産業技術総合研究所)

電子デバイスの材料として現在期待が集まっているのが、原子が平面に並ぶグラフェンに代表される2次元材料である。優れた電気輸送特性などで、3次元材料には見られない特殊な物理特性が注目され、幅広く研究されている。さらに微細な構造を持つのが原子1個分の幅しかない原子鎖で、2次元材料同様の優れた特性が予想され、期待も大きい。しかし、同じ種類の元素が並ぶ原子鎖や、金と銀がランダムに連なる原子鎖ができているくらいで、安定した合成や解析の研究が技術的に難しいため、十分に理解されていない領域だった。

写真1. カーボンナノチューブに閉じ込めたCsI原子鎖の実際の電子顕微鏡像と模式図(提供:産業技術総合研究所)

写真2. 2層カーボンナノチューブ内部に合成されたCsI原子鎖(提供:産業技術総合研究所)

研究グループは、原子1個が入るほどの直径1nm(nmは10億分の1メートル)以下のカーボンナノチューブに、ヨウ化セシウム(CsI)の蒸気を接触させて、ナノチューブ内部の微細空間に取り込む技術を開発した。ナノチューブの内部に閉じ込められるように、陽イオンのセシウムイオン(Cs+)と陰イオンのヨウ素イオン(I-)が交互に1列に並んだイオン結晶性のCsI原子鎖を合成した。

最新の収差補正型電子顕微鏡と電子エネルギー損失分光法(EELS)を組み合わせて、1nm以下の間隔で並んだ鎖の原子をひとつひとつ区別して、詳細な構造を解析した。CsとIそれぞれの元素の位置を示して、交互に並んでいる様子をはっきり捉えた。

3次元結晶では起こりえない陽イオンと陰イオンの動的な挙動の違いを見つけた。通常の電子顕微鏡では、原子番号が大きくて重い原子ほど明るく見えるが、この原子鎖では、Cs(原子番号55)よりI(原子番号53)の方が明るく見えた。研究グループは「Csがより活発に動き回っており、散乱される電子に広がりが生じて、ぼけて見えるため」と解釈した。また、CsかIの原子1個が原子鎖から抜けた場所(欠陥)があることも分かった。

こうした特異な原子の振る舞いや構造は物理特性に影響を及ぼす。光吸収スペクトルを理論計算したところ、CsI原子鎖の光に対する応答は光の入射方向で異なることがわかった。欠陥を持つCsI原子鎖の電子状態として、I原子が抜けた場所は電子を放出しやすく、Cs原子が抜けた場所は電子を受け取りやすいことも確かめた。3次元の結晶とは異なるこれらの物理特性をうまく利用すれば、微小光源や光スイッチなど、新規の電子光学デバイスへの応用も考えられる。

研究グループの千賀亮典研究員は「1次元の原子鎖は非常に興味深い新材料だ。材料開発は既存の3次元からグラフェンなどの2次元に広がり、その先に未知の1次元の原子鎖が存在する。線状のカーボンナノチューブの内部に吸着させる方法で、われわれはその突破口を開いた。狙ってはいたが、実際にできたときはびっくりし、感激した。今回はやや重い元素のCsとIで交互の原子鎖を作った。ほかの原子を混ぜて、異なる原子鎖のデザインも可能で、さまざまな新物質を作製できる余地は大きい」と成果の意義を指摘している。