ドワンゴ夏野氏と豪州アトラシアンCEO対談 - 長期的な視野で経営戦略を

ソフトウェア開発やコラボレーションツール、「JIRA」や「Confluence」などで世界35,000社以上の顧客実績をもつ、アトラシアン。オーストラリアのシドニーに本社を置く同社は、創業者でもあるCEOのMike Cannon-Brookes氏の来日を機に、日本を代表する各界のキーマン3名と対談を行った。

第一回目では、元ソニーCEO、現クオンタムリープの代表取締役を務める出井伸之氏と、真のイノベーションとはどのようなことかについて大いに語っていただいた。

第二回目となる今回は、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特別招聘教授でドワンゴの取締役ほか、数多くの企業の社外取締役を務める夏野剛氏と、企業の長期的な戦略がいかに競争優位をもたらすかについて意見を交わしてもらい、大いに盛り上がったその内容を紹介しよう。

左:アトラシアン株式会社 CEO Mike Cannon-Brookes氏
右:株式会社ドワンゴ 取締役 夏野剛氏

日本企業が勢いを失った理由は「経営」にあり!

夏野氏:私が常々、日本における大きな問題だと感じているのは次のような事です。

過去50年、高度経済成長期を経た日本は、世界中の誰もが“とても成功した国だ”と高く評価するほどに急成長していました。当時の日本は、年功序列制度や終身雇用制度など、様々な独自の制度を有していたのですが、問題は1990年以降も同じ制度を維持し続けてきたことなんです。つまり、古くからある大企業経営層の年齢は、55~65歳の範囲に集中し、男性だらけで女性はほとんどいません。経営方針や組織構造を変えるためには、彼らを追い出すことぐらいしか方法はないでしょうね。

Mike氏:なるほど、そうした多様性の無さは大きな問題をはらんでいますね。

夏野氏:その通りですよ。なのに彼らは問題があることにも気づいていない。日本にはいい人材が沢山いるんです。例えば、多くの優れた技術者や発明家がいますし、ファッション業界を見てみれば三宅一生氏など世界的なデザイナーも少なくありません。建築家だって錚々たるものです。だけど、日本から世界中に発信されるようなファッションブランドはないでしょう。強いて言えばユニクロぐらいですね。また、海外で大きなシェアを獲得して活躍するゼネコンもありません。

こうなった理由はとても単純で、とにかく経営がダメなんです。

Mike氏:私が知る限り、20年前はそのような状況ではなかったと思います。20年前の日本人は、様々な領域で素晴らしい技術を生み出していました。ソニーや任天堂がどれだけ革新的な製品や技術をつくってきたか──。

夏野氏:だからこそ、日本企業はもっと自らの経営の問題について気づき、そしてしっかりと考える必要があるんです。

欧米型企業とは異なる長期的な視野が“武器”

夏野氏:オーストラリアの人口はさほど多くなく、世界の主要な市場からも地理的に離れていますよね。そうしたなか、どのような市場戦略を展開しているのでしょうか。

Mike氏:確かにオーストラリアの市場は小さいので、世界中の国を対象にする必要があり、オンライン販売に注力しました。その結果、最初はイギリス、次にスウェーデンという順に注文をいただくことができ、徐々に市場を広げることができました。我々は、常に外に目を向けなくてはいけないんです。ですからこうしていつも世界中を飛び回っています。

夏野氏:つまり、オーストラリアの企業というのはグローバルでのセールス機会をアグレッシブに追求しているということになりますね。となると、そんな企業が切磋琢磨するオーストラリア市場というのは、むしろ大変競争が激しいのだと言えるのではないですか。そのような環境で、アトラシアンさんはどうやって他社と差別化をはかることができているのですか?

Mike氏:とても鋭い質問ですね。我々の会社の文化は、オーストラリアの他のどの企業とも異なっていると思っています。それが、差別化につながっているのでしょう。

夏野氏:なるほど。具体的に言うとどのような文化なのでしょうか。

Mike氏:他社よりも長期にわたる会社のビジョンを持ち、それをベースに行動するという文化です。我々は、次の3ヶ月や6ヶ月先のことを考えているのではありません。そのずっと先、3年や5年先、そして10年先を常に考えているのです。

しかも、次の10年間を生き残ることやテクノロジーの変化などよりも、むしろ10年の間にいかに変化しないかということに非常にこだわっているのです。つまり、テクノロジーも顧客も製品も変化する中で、変わらないところとは何かを見極めようとしており、そこに多くの時間を費やさねばならないと思っています。

夏野氏:それはとても興味深い考え方ですね。一般的な欧米タイプの企業、とりわけアメリカタイプの企業は、どうしても目先のことばかり考えてしまいがちですからね。ごく短期間、そう数ヶ月先のことだけを考えているでしょう。まあ長くても2年先ぐらいでしょうか。

そうした多くの会社と異なった思考を持たれているのは何故ですか。

Mike氏:ご存知のようにテクノロジー業界というのは非常に厳しい世界です。常に足下ばかりを見ていたのでは、競合するどこかが技術面やビジネス面で自分たちに迫ってきていてもなかなか気がつくことはできません。だけど、長期的なスパンで十分に投資を行っていれば、常に優位な状況を保ち続けることができると考えているからです。

競合他社の多くは、長期的な戦いをするための再投資や、それができる人材を有していません。会社が大きくなればなるほど、困難になるでしょう。なので我々は、そうならずに長期的な視野を持ち続けられるよう強く心がけているわけです。

夏野氏:日本の企業と比べてみても対照的だと思いますよ。日本企業の場合、国内に巨大な市場が存在するという幸運に恵まれています。だからあまり戦略を練らなくてもそこそこお金が稼げてしまうんです。

しかし、そのせいかどうしても長期的な視野が不足してしまうのですね。かつては日本人も長期的な視野を持っていたのだけど……。

オーストラリアの食文化とビジネスには深い関係が?

夏野氏:人材、とりわけエンジニアの育成についてはどんなポリシーを持っているのですか。

Mike氏:私は人材への投資を研究開発投資と同じだと捉えています。例えば、エンジニアに良い設計をしてもらうために投資をするのはとても大事なことです。なぜならば、彼らには数年後、現在では想像もできないようなものを設計してもらう必要があるのですから。私から見ると、多くのIT企業、特にシリコンバレーのテクノロジー企業には、人材を長期的に育てて、生かそうとする姿勢が乏しいように思えます。

人材への投資を怠らないようにするというのは、つまり会社の本質的な価値を変えないということではないでしょうか。我々は、ずっと変わらぬ本質的な価値を保ち続けていると自負しています。テクノロジーをめぐる環境は常に激しく変化しており、その観点から3年後に、我々がどんな世界で生きていくことになるのかほとんど分かりません。だけど、当社の本質的価値が同じままであれば、どのような変化にも対応できるのだと信じているのです。

夏野氏:なるほど、オーストラリアのIT企業の底力を見たような気がしますね。そういえば、私はシドニーに5、6回は行っていますが、とにかく食事が美味しい!この食文化も、オーストラリアの企業の立ち位置を象徴しているのではないですか。

Mike氏:ありがとうございます。手前味噌ですが、私もオーストラリアの料理は世界一美味しいと思っています。だけどどうしてそれがオーストラリア企業と関係があるのでしょうか?

夏野氏:それはですね、地理的な特性から、非常に異なる食文化が絶妙にミックスしていることにヒントがあります。オーストラリアには西洋そして太平洋の料理に、インド、中国、日本まで、あらゆる食文化が融合していてとてもユニークですよね。ビジネスでも同様に、アトラシアンさんのように世界の様々な地域のビジネス文化のいいとこ取りをして、高い水準を達成している企業が生まれたのだと思います。

Mike氏:ありがとうございます。その言葉に恥じないよう、これからも長期的な視野を忘れずに、日本市場も含めてグローバルにビジネスを展開していきます。