ソフトウェア開発やコラボレーションツール、「JIRA」や「Confluence」などで世界35,000社以上の顧客実績をもつ、アトラシアン。オーストラリアのシドニーに本社を置く同社は、創業者でもあるCEOのMike Cannon-Brookes氏の来日を機に、日本を代表する各界のキーマン3名と対談を行った。

「日本企業にはイノベーションが必要」とよく叫ばれるが、果たしてイノベーションの意味するところは技術の進歩や変化だけなのだろうか―

第一回目では、こうした疑問に対する答えを見つけるべく、元ソニー会長兼CEOであり、内閣官房IT戦略会議議長、日本経団連副会長などを歴任し、現在は自らが設立したクオンタムリープの代表取締役を務める出井伸之氏と、真のイノベーションとはどのようなことかについて意見を交わしてもらったので、その内容を紹介しよう。

クオンタムリープ株式会社 代表取締役 ファウンダー&CEO 出井伸之氏

アトラシアン株式会社 CEO Mike Cannon-Brookes氏

コラボレーションの促進で、日本企業がよりイノベーティブになる手助けを

出井氏:まず、御社のビジネスや開発・提供している製品について聞かせてもらえますか。

Mike氏:我々が提供しているソフトウェアは、組織でのコラボレーションを手助けするもので、人と人との間にある壁を取り除くことに役立っていると自負しています。日本には昨年本格的に進出したばかりなのですが、日本の企業がよりイノベーティブになるための手助けができればと考えています。

出井氏:なるほど。ただ、「日本企業」と言われましたが、同じ日本の企業でも、歴史の古い大企業と新興企業とでは全く文化が異なっているのをご存知でしょうか?

Mike氏:もちろん理解しているつもりです。ただ、海外での我々の顧客は、フェイスブックやアップル、グーグルのような先鋭的な文化を持つ企業から、銀行のように保守的な社風を持ったところまで、幅広く利用いただいているので、日本でも様々なタイプの企業に受け入れてもらえると信じています。

出井氏:それは確かに幅広いですね。コラボレーションを手助けするソフトウェアというのは具体的にはどのような種類のソフトウェアなのでしょうか。

Mike氏:今、我々が手がけているソフトウェアには、ソフトウェア開発チームを対象としたプロジェクトマネジメントやドキュメントコラボレーション、ビデオ会議など、様々なものがあります。これらのツールは、チームでお互いにコミュニケーションをとりながら、新たなプロセスを構築することで、より良い成果、より良いソフトウェアをつくりだすことを支援するものです。

出井氏:よくわかりました。御社のソフトウェアが果たすべき使命は、企業における生産性の向上や、より良い組織の構築にあるのですね。

Mike氏:その通りです。さまざまな規模の企業におけるソフトウェアチームの生産性向上に役立っています。多くの企業にとってテクノロジーが重要な地位を占めるようになった今、ソフトウェアはあらゆる企業が成長するために必要な競争力の源になるものだと考えていますから。現在、我々には3万5000もの顧客がいて、フォーチュン100に名を連ねる企業のうち85%の企業で採用されています。

日本の「イノベーション」と世界の「イノベーション」は違う?

出井氏:先ほど「日本企業をよりイノベーティブに」とおっしゃいましたが、この国ではどうも「イノベーション」という言葉がとても狭義に理解されていると常々感じているんですよ。なんというか、技術の進化や発展のようなものに限って使われている気がするんです。

だけど、これが例えば中国になると、イノベーションという言葉は、何か新しいものを創造するといったような広い意味で使われています。私は、日本での使われ方の方が間違っていると思いますね。まあこうした誤訳のような使われ方は、この国では珍しくはないのですけどね(笑)。

Mike氏:それはつまり、プロセスのイノベーションやビジネスのイノベーションにより成果を上げることが十分にできていないということでしょうか。

出井氏:いえ、それが日本の場合、プロセスにおけるイノベーション自体は結構得意なんです。ただ、それをイノベーションとして認識しておらず、またこうした話題に関してあまり話そうとしないのですね。

とはいえ、イノベーションの本当の意味を理解している日本人も決して少なくはありません。けど、いわゆる著名人と呼ばれる人々がイノベーションについて語る時は、ほとんどが正しいとは言えない使い方をしていると思いますね。

Mike氏:少なくともオーストラリアでは、イノベーションに関して話す政治家は多いですよ。もっとも、彼らが本当に社会を発展させるためにやるべきことを実行しているかどうかはよく知りませんけれど(笑)。

出井氏:その点についてはどこの国も同じかもしれないですね(笑)

あと私が思うに、20世紀半ばと今日では、イノベーション自体が大きく異なっているのではないでしょうか。情報が素早く世界中に伝達される世の中になりましたから。なので、日本のためだけだったり、ある特定の企業のためだけだったりするイノベーションを見つけることはとても難しくなっているのでしょう。

Mike氏:そのとおりだと思いますよ。ある一人のアイデアが、インターネットなどを通して瞬く間に世界中の人々に分配されるようになりましたからね。なので、アメリカで新しいビジネスが出現し、それが成功すると、今度はヨーロッパやアジアの人々が同じビジネスをすぐに実践できるのです。

出井氏:私も、インターネットが新しいアイデアの最も効果的な伝達方法を確立したと考えています。

日本ではなぜソフトウェアの価値が低いのか

Mike氏:ところで、日本に来て多くの人から、「日本はハードウェアに関してはとても強いが、ソフトウェアをもっと強くなるように学ぶべきだ」と言われるのですが、なぜだと思いますか?

出井氏:本来であればハードウェアとソフトウェアというのは切っても切れない一体的な関係にあるはずです。だけど日本の場合、特にメディアはすぐにこれらを切り離したがる傾向にあるんです。なので、日本は良いハードウェアをつくる云々と話したがるわけですが、ハードウェアを作るにはソフトウェアも必要だということがきちんと理解されていないのでしょう。

もしあなたが、日本メーカーの製造部門を訪ねたならば、きっとそこには二人のボスが存在するはずです。機械にかかわるボスと、電気にかかわるボスですね。だけど、まず間違いなくソフトウェアを専門とするボスに会うことなはいでしょう。

Mike氏:日本の企業ではソフトウェアエンジニアの地位が相対的に低いということですか?

出井氏:そうなんですよ。日本はまだまだ縦割り社会なのですが、その中でソフトウェアの価値が過小評価されているんです。

Mike氏:そうなるとやはり、機械や電気のエンジニアとソフトウェアエンジニアがより密接なコミュニケーションをとることが大切でしょうね。あと、ソフトウェア開発をハードウェアの開発と同様のスパンで考えないことも大事です。現時点で変えるべきことは常に変えていくような姿勢を持つことが、ソフトウェアエンジニアや彼らをマネジメントする人々に求められていると思います。

実はいくつかの日本の顧客から、我々がソフトウェアをリリースする頻度を下げるよう頼まれることがあるんです。だけど当社では、1週間もしくは2週間ごとに新たなソフトウェアをリリースし続けています。こうした小さな改善を頻繁に行うアップデートは日本以外では世界のどこの国でも歓迎されるのですが……。日本は物事の構築のやり方が独特だなとは思いますね。

出井氏:私もかつて同じような経験をしましたよ。そもそも、日本人的な考え方では、ソフトウェアにバグはない、というかバグなどあってはならないというのがありますから、アップデートが頻繁に行われるということ自体が受け入れ難いのでしょう。

Mike氏:それと対照的なのが、2000年代後半に一気に成長して、トップレベルのグローバル企業の仲間入りをはたしたフェイスブックでしょうね。彼らは常に新たな課題を見つけては前進し続けようとしています。いかに現状を固定するかではなく、いかに課題を早く見つけ改善するかを重視するのです。こうしたメンタリティは、多くの日本企業が持っている物事の構築に対する考え方と大きく異なっているのではないでしょうか。

出井氏:そこがポイントでしょうね。だからこそ、ソフトウェアエンジニアの社内での地位も想定的に低いままなのでしょう。

最後に質問したいのですが、我々日本人は、このような日本企業独特のメンタリティをどうやれば変えることができると思いますか?

Mike氏:まず言えるのは、コミュニケーションをもっとオープンにすることでしょうね。これは古い企業にとってはとても難しいことかもしれませんが。

例えば、当社のコミュニケーションは完全にオープンです。私が何か話したことに対して、すぐに部下から「それは同意できない」という言葉が返ってきますし、その内容に私が納得できなければすぐに「私はそうは思わない」と返しますから。そして、こうした会話の内容は全社員に公開されるんです。

大切なのは、良い考えは誰のものであろうと、良い考えだということをきちんと認めることでしょう。私は、とてつもなく優秀な一人の頭脳よりも、1000人の優れた頭脳のほうが、全体としては遥かに強みを発揮できるのだと固く信じていますから。

出井氏:同感です。その信念で日本企業に変化をもたらすことを期待していますよ。