毎月開催している都内の商店街や住宅展示場等での相続相談会をはじめ、webからのご相談でも激増しているキーワードが″認知症″です。「親が認知症なので、今の内に遺言を…」という相談が圧倒的に多く、特に推定相続人(配偶者や子供達)のうち、子供達は必死です。


認知症になってからの遺言は「無効」
しかしながら、簡単に表現すると、認知症になってしまってからの遺言は、無効です。難しい言葉でいうと、事理弁識能力(意思能力)に欠けている状況での遺言は無効となります。

そのため、相談を受ける中でも、遺言の有効・無効を争うケースも少なくありません。当然、このようなケースは、自筆証書遺言といって、遺言者(遺言を作成した人)が自筆で作成した遺言書が多く、法的要件が満たされているかをはじめ、記載方法等に不備が多く、且つ公正証書遺言等と異なり、作成した時点での遺言者の事理弁識能力を証明する人がいません。

公正証書遺言の場合は、公証人(国家公務員であるが、実は自営業)の他にも2人の証人を要することから、意思能力を確認しているため、公正証書遺言においての、作成時の遺言者の事理弁識能力を争うケースが多くはありませんが、残念ながら、人間の行う事なので、多少の例外もあり、争うケースが無いわけではありません。


不動産の売買契約を締結した後に認知症になった場合
一方で、「不動産の売買契約を締結したものの、ご本人(売主)が高齢で認知症になってしまった…」というご相談も多くいただきます。

不動産取引において、一般的には、買主は、売買代金の全額の支払い(引渡し=決済)後、速やかに「所有権移転登記」といって、その登記上の名義を自身の名義に変更する登記を行います。この登記手続は、一般的には、司法書士が行いますが、司法書士は、その際、売主の本人確認をしなければならず、この本人確認時に、売主が様々な法令に該当する者か否かを確認すると同時に、本人の意思能力の有無も確認します。

そのため、いくら売主が、売買契約締結時に意思能力がはっきりとしていたとしても、決済時の司法書士による本人確認の時点で意思能力を欠いている場合、どんなに必要な書類が揃っていたり、推定相続人が売却しても問題ないという主張をしても、原則として相続が発生するまで、売却することができません。


2つの例外(1) 「後見制度」
上記は、あくまで原則であり、原則には例外があります。売却できないことの例外の1つとして、「後見制度」があります。

「成年後見人」や「保佐人」「補助人」等という言葉を耳にしたことがある方も多いと思いますが、簡単に表現すると、意思能力を欠く場合、ご本人の財産を保全するために、その段階に応じて、財産管理を行う人をつけるという制度です。この制度により様々な詐欺等から、ご本人を守ることができるので不可欠な制度ですが、いざ、不動産を売却するという視点から見ると、高いハードルとなります。

そもそも後見制度は、前述の通り、ご本人の財産の保全をすることが目的のため、財産が減少させることはできません。そのため、不動産を売却したり、節税対策をする等という事は、ご本人の財産を減らすことにつながる為、認められません。

但し、例外もあり、ご本人が介護を受けたり、施設を利用する必要があり、そのためには、その不動産を売却することでしか当該費用を確保できない場合や、その不動産を売却する諸条件(価格や時期等の各種条件)が一般的に売却することと比較して、ご本人にとって多大な利益が生じる場合は、家庭裁判所からの許可が下ります。

逆にいえば、上記要因でなければ、後見制度を利用して不動産を売却することは非常に困難です。よく、「後見制度を利用すれば、認知症の方の不動産を売却できる」と主張される方がいらっしゃいますが、その認知の程度にもよりますが、上記の主旨からまず、困難です。

2つの例外(2) 「民事信託」
そして、例外の2つ目が、「民事信託」という制度です。「信託」とつくと、信託銀行を思い浮かべる方も多いと思いますが、民事信託とは、平成19年9月の信託法の改正により、新しくできた信託の形で、信託銀行等のように、営業目的の信託のことを「商事信託」と呼ぶのに対して、営業を目的としない信託のあり方として生まれた信託を「民事信託」と呼び、その中でも、夫婦間や親子間での信託を「家族信託」と呼んだり、福祉を目的とした信託を「福祉信託」等と呼びます

「民事信託」は、商事信託と同様に、不動産を含む財産等を所有する人(ご本人)を委託者とし、委託者よりその財産等の管理・処分等を受託する人を「受託者」と呼びます。また、この「受託者」の管理・処分等の行為により、何かしらの利益(収益)や負担等を受ける人を「受益者」と言います。

例えば、土地・建物等の不動産を所有しているAさんが委託者となり、配偶者であるBさんを受託者として、ご自身を受益者とした場合、信託登記をすることにより、受託者のBさんは、Aさんのために、その不動産を購入したい買主と契約することができ、買主Bより売買代金(手付金や残代金を含む)をAさんのために受領し、受領した売買代金は、Aさんのものとなります。

委任と民事信託の違い
このような説明をすると、「なんだ、主旨としては、委任と変わらないじゃないか?」と思われる方もいらっしゃいますが、大きく異なる点は、委任の場合、確かに、ご本人に代わって売買契約の契約行為はできますが、万が一、決済時(前)に司法書士が、Aさんと面談し、意思能力に欠けると判断された場合、決済することができません。

ところが、民事信託を利用することにより、信託契約によって、管理・処分権がBさんに与えられていれば、例え、決済時等にAさんに意思能力が欠いているとしても、民事信託の契約時にAさんに意思能力が有り、且つBさんの意思能力に問題なければ、決済をすることができます

また、民事信託は、遺言の限界を穴埋めする有効な制度の1つともいえます。遺言では、遺言者は自身の財産を「誰に、どの程度、相続させる(或いは遺贈する)」と指定することができますが、例えば、ご本人(Aさん)が、特定の財産を「配偶者Bに相続させる」とはできますが、「配偶者Bに相続させ、配偶者Bの相続時には、子Cに相続させる」としてしまうと、「配偶者Bの相続時には、子Cに相続させる」の部分は無効となります。

Aさん本人の相続時には、ご自身の財産なので、当然、その意思は、遺言により有効ですが、配偶者Bさんの財産については、あくまでBさんの財産(遺産)となるので、例え、Aさんの遺産により相続を受けた財産であって、Aさんの遺言書に記載があっても、Bさんの意思しか反映できません。

もちろん、Bさんが、遺言により当該財産を「子Cに相続させる」という遺言を作成すれば別ですが、遺言は後から書き換え(正確には、後から作成する遺言にて抵触する部分を否定する)することが可能なので、子Cとしては、Aさんの意思による将来的な財産の取得を保全することができません。

ところが、民事信託は、あくまで、遺言のような「一方的な意思」ではなく、双方、或いは、各々による契約であるため、Aさんが、自身が亡くなった場合、その特定財産を配偶者Bの名義とし、さらに配偶者Bが亡くなった場合は、子Cの名義とすることが可能となります。

民事信託の3つの注意点
注意点としては、3つあり、1つは、遺言も民事信託もそれぞれ、作成時、契約時に本人の意思能力がしっかりしていることは必須であり、可能であれば、作成時、契約時には、医師の診断書を取得する事。

2つ目は、民事信託は、このような遺産分割の対策等としての利用は有効ですが、節税効果は見込めず、むしろ、不動産等においては、信託登記を行う必要があるため、登記費用を要します。

最後に3つ目として、民事信託という制度が、世に知られ、普及してきたのがここ数年ということです。しかも、その対象は、相続実務を専門としている士業の中でも、ごく限られた方のみで、相続等の関連士業の方の中でも、ほんの一握りの方であることです。そのため、この、ほんの一握りを除いた各種専門家には、全く馴染みがないとうのが最大の問題点かもしれません。

とはいえ、先日、民事信託による財産の処分(売却)を行いましたが、金融機関も関連する士業の方々も、かなりの時間を要しましたが、ご理解いただき、無事、決済することができました。「事例が無いから…」と何度も言われました。

しかし、「民事信託」を利用した相続対策は、「超最先端」であるため、そこを理解していただくのも一苦労ですが、誰かが門戸を開かなければ、この有意義な制度が活かされないため、このような有意義な制度を、自身が体験したことを踏まえ、全国各地に広めていきたいと思います。(執筆者:佐藤 雄樹)