梅雨から夏にかけては食中毒が気になる季節。気をつけなくては! と思ってはいても、具体的な方法は……何だかおぼろげ。そこで、神奈川県厚木保健福祉事務所で食品衛生監視員を勤める井手本直樹さんに、食中毒の原因と予防法について教えてもらいました。

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夏には細菌増殖による食中毒が増加

――まずは基本中の基本の質問ですが、夏になるとなぜ食中毒が増えるのでしょうか?

「夏になると食中毒が増えるというのは、半分正しく、半分は正しくありません」

――えっ!? それってどういうことでしょうか?

「平成25年の全国の食中毒の発生件数は、年間でおよそ930件。このうち7~9月の発生件数は220件ほどです。この数字だけ見ると、夏に食中毒が多く発生しているとは言い難いです。

だからといって、夏になると食中毒が増えるというのは、間違いというわけでもありません。夏になると、気温と湿度が上がり、細菌が生育しやすい条件になります。つまり、夏になると細菌性の食中毒が増える。正しく言えばそういうことになります」

食品を加熱しても毒素が壊れない場合がある

――食中毒とひと口に言っても、いろいろな食中毒があるのですか?

「食中毒には、ウイルスによるもの、細菌によるもの、寄生虫が引き起こすものなどがあります。通年で見ると、食中毒を引き起こす病因物質のトップ3は、ノロウイルス(ウイルス)、カンピロバクター(細菌)、アニサキス(寄生虫) というのが最近の傾向です。

ノロウイルスは集団感染による学級閉鎖などのニュースでご存知かと思いますが、年間を通して発生し、特に冬場に爆発的に増加する傾向があります。細菌のカンピロバクター、寄生虫のアニサキスを病因物質とする食中毒もあまり季節を選ばずに発生しています。

これらの通年型に加え、夏には、食品中で増殖した腸炎ビブリオやサルモネラ菌などの細菌を多量に摂取することで起きる感染型の食中毒、さらには黄色ブドウ球菌などが増殖する際に産生する毒素を摂取することで起きる毒素型の食中毒が増えます。

多くは加熱によって殺菌できますが、要注意なのが黄色ブドウ球菌です。この細菌の産生する毒素は熱に強いため、食品を加熱しても毒素が壊れないのです。加熱では防げない食中毒もあるのです」

――その怖い黄色ブドウ球菌への対策として、何をすればよいのでしょうか?

「黄色ブドウ球菌は、人間の傷口やあたたかな温度の食品などの環境を好む細菌です。なので、傷のある手での調理を避ける、調理した食品は速やかに食べる、食品を常温で放置せず必ず冷蔵庫で保管するなどが基本的な予防策となります」

――食中毒になると、どんな症状になるのですか?

「原因によって症状は異なりますが、多くはおう吐や下痢といった胃腸症状が現れます。他の臓器や神経に障害を起こすこともありますので、軽く見ないでください」

食中毒予防の3原則は「つけない」「増やさない」「殺菌する」

――黄色ブドウ球菌に限らず、全体として食中毒を予防するにはどんなことを心がければよいのでしょうか?

「食中毒の病因物質によってその予防法は異なりますが、これから夏場に向けて重要なのは、つけない、増やさない、殺菌する、この食中毒予防の3原則を守ることですね。

食品や手を流水でしっかりと洗い、食品はラップなどに包んで保存し、調理器具は消毒や使い分けを行い、病因物質を『つけない』。食品は冷蔵庫で保存し、料理はできたてを食べて病因物質を『増やさない』。調理においては食品の内部までしっかり加熱して『殺菌する』。以上の食中毒予防の3原則をしっかりと守ってください。

当たり前のことかもしれませんが、要冷蔵の食品を買ったらできるだけ早く冷蔵庫に入れてください。冷蔵庫に物を詰め込みすぎのもやめましょう。調理の前には必ず手を洗い、調理中も手が汚れたら他に汚れが移らないように洗ってください。できた料理は早めに食べる。熱いものは熱いうちに、冷たいものは冷たいうちに、ということです」

臭いや味に異常がないから大丈夫とは限らない

――味覚や臭覚など、人間の五感で感じ取れる食中毒リスクのシグナルといったものはないのでしょうか?

「食中毒は腐敗とは異なり、ほとんどの場合は臭いや味の変化はありません。ですので、臭いや味に異常がないから大丈夫とは判断しにくいのですが、舌で感知できる食中毒もあります。

主に赤身の魚で起きるものですが、魚肉が傷むとヒスタミンという物質が生成され、この物質が増えると舌がピリッと痺れる感じがします。舌がそんな痺れを感じたら、食べるのを控えましょう。食べるとじんましんなどの食中毒症状を発症します」

新鮮=安全ではないという場合も

――他に、食中毒対策で私たちが知っておきたいことはありますか?

「多分、みなさんは、新鮮=安全と思われているでしょうが、中にはそれが通用しない食品があることも知っておいてください。

それは生肉の喫食です。肉は動物の体の一部です。その動物の表面、消化管内には様々な細菌が存在し、肉を切り出す過程などで肉の表面に細菌が付着することがあります。また内蔵肉などには、既に肉の中に細菌が存在していることもあります。

例えばカンピロバクターという細菌がありますが、この細菌は食品中で増殖しなくても食品に少量ついているだけで食中毒を引き起こします。毎年、鳥刺し、鳥たたき、半生の鳥レバー串、表面をあぶっただけの豚レバーなどを原因食品とする食中毒が発生していますが、多くはこのカンピロバクターによるものなのです。新鮮だからといって油断はできません。

加熱によってこのカンピロバクターは死滅しますので、たとえ新鮮であっても生肉は避けた方が安心です。

この他、カキなどの二枚貝も、ノロウイルスを含んでいると、新鮮なものでも生で食べれば食中毒が発生しますので用心してください」

――夏は、夏バテなど体力を消耗しがちですが、体調と食中毒とには因果関係もあるのでしょうか?

「夏バテや疲労により免疫力が低下していたり、他の疾病にかかっている場合などは、症状の出方が異なることがあります。体調管理にも気をつかって、どうぞ暑い夏場を健康にお過ごしください」

●井手本直樹(いでもとなおき):神奈川県厚木保健福祉事務所食品衛生課に勤務。薬剤師資格を保有。県の食品衛生監視員として飲食店の許認可業務や食中毒の原因調査などに従事している。