西森さん「『当時さとみは女性たちにすごく嫌われていて、リカのほうが支持されてたのに、実は自分たちはさとみだった』ってどなたかが書かれていたそうですよね」

川原さん「コラムニストの中野翠さんによる1991年4月20日の朝日新聞の『スカーレットの法則』っていうタイトルのコラムがあります。大多数の女は本当は嫌いなさとみのようにわかりやすい女らしさを演じて生きているのではないか、っていうことが書かれています」

清田さん「『東京ラブストーリー』のさとみは『失恋ショコラティエ』の紗絵子だっていう話ですよね。かつて嫌われていたはずの人が今は支持を集めて、さらにドラマ的に重要なポジションにいる。それはどうしてか。

僕がドラマを見た限りで感じたことなんですけど、さとみはさとみであるための努力の痕跡を見せていない。カンチが『おまえが文化祭でつくったおでんうまかったよな』って言うとすかさず後日つくってくるっていう衝撃のシーンがありますよね。おでんつくってくるんですよ!? タッパーに入れて。しかもそれはリカとカンチがまさに別れるかどうかみたいな瀬戸際のところに。

でもこれが23年たつと、紗絵子さんは愛されるためには努力が必要でその努力は正しいことだ、好かれる努力をしている人が好かれて普通じゃない? としている。自分は愛されるために努力しているんだってことをわりと自覚的に語るじゃないですか。そのへんがもしかしたら同性の支持を集めているのかもしれません。男性の支持っていうのは完全に石原さとみパワーですからね(笑)」

イベントをプロデュースしたライターの西森路代さん

婚活ブームの生みの親である白河桃子さん

マンガエッセイストの川原和子さん

白河さん「紗絵子さんっていったら恋のアスリート的な努力をしていますよね。アスリートの話を聞くの、みんなけっこう好きじゃないですか。それとすごく似てる気がする」

西森さん「さとみのおでんエピソード以外で印象的だったのが、高校の時、カンチとデートに行ったさとみがクリームソーダを飲んだ時に真っ赤な顔して『さくらんぼの種飲んじゃった』ってカンチに言うんです。なぜかと思ったら、カンチの前ではずかしくてさくらんぼの種をぺって吐くことができませんでした、っていう話で。恥じらいの表現なんでしょうけど、時代も感じるしテクニックとも思えないし、なんかすごいな……って」

清田さん「カンチもさとみのこと『あいつは洗いざらしのシャツみたいなやつだよ』っていうわけのわからない形容をするわけですよね。どんだけ実態を見てないんだよ。人間扱いしてない感じがして、ちょっと気持ち悪かった」

白河さん「手の内を証してくれるから、女子力も武器と、はっきり自覚しているから、紗絵子さんが好きなのかもしれないですね。『東京ラブストーリー』の1991年にはそれを証してはいけなかった。私たちは闘っているなんて声高に言ってはいけない。あくまで"待ってれば来る"みたいなのがあの頃は王道だったっていうか。本当はいろいろやってるんだけど、その水面下の努力は見せてはいけない、みたいな。

さとみは努力はしてると思いますよ。ただ無意識下の努力というか。自分を抑えるとか、男の人に傷つくことを絶対言わないとか」

川原さん「紗絵子さんってお母さんにすごくモテテクを仕込まれているんだけど、お母さんって関口さとみよりもうちょっと上くらいの世代になるのかな。紗絵子さんは"男の人にこういうことしちゃだめよ"っていうことをお母さんから受け継いで、自覚的にブラッシュアップして、プロの女子、"女子プロ"ともいえる存在になった」

専業主婦は今や憧れの存在!?

白河さん「今の女子大生も、みんなほんとうに待っていれば専業主婦になれると思ってるんですよ。でも私はいつもそれを甘いと諭しています。

彼女たちのお母さんはたしかに専業主婦になれた。話を聞いてみると、お母さんたちはみな、2年くらいどこかに勤めていて社内結婚して寿退社という人ばっかりなんですよ。その世代はまだ自分たちが結婚を勝ち取ったという自覚があまりない。ないからまずいんです。社内で出会わせてもらってるわけだし。その頃はまだ男は女をゲットしてなんぼだっていう風潮があったのでまだ男から言い寄ってくれてたんですよ。女性はあんまり自分から言い寄ったり押し倒したりしなくても結婚できた。

だけどそれを自覚していた人は意外に少なくて、彼女のお母さん世代は無自覚なのでモテテクをあんまり娘に伝授できていない。だけど今の世の中それをやっていたら結婚できない。そんな女子大生たちは婚活戦線で生き残れないと思う」

斎藤さん「さとみは今だったら結婚するのは難しいってことですかね

白河さん「今だったら難しいでしょうね」

西森さん「でも『やまとなでしこ』の時代とかってあからさまだったじゃないですか。ヒロインの桜子さんのモテテクの鉄板っていうのが、合コンでコーヒーを男性の手の上にこぼして『ごめんなさい』って言って、目を見つめながら『今夜はたったひとりの人に出会えた気がする』っていうもの。そこで桜子さんが見てるのは腕時計の品質だったり持ってる車のキーでわかる車種だったりする。

もちろんコメディなんですけど、そんなテクニックで2000年をわたっていたかと思うとけっこうびっくりで。今もっと細やかで手の内を見せてはいけない。『今夜はたったひとりの人に出会えた気がする』なんて言ったらドン引きな時代ではないかと思うんですよ」

川原さん「そういう意味では私、紗絵子さんって進化系だなって思います。

『やまとなでしこ』の桜子さんがすべての男にモテるかっていうと微妙で、彼女は男を脅かすところがあるんですよね。身長が高くてけっこう完璧な感じだから。もちろん桜子さんはお金持ちと結婚して階層上昇することしか考えていないので、『俺なんて』っておじけづく人を最初から相手にはしてないんだけれども。

『東京ラブストーリー』のさとみがなぜモテるかというと絶対男を脅かさないから。これ実は、超重要なんですよね。紗絵子さんもあれだけかわいくても絶対に男を脅かさない。桜子さんほどの階層上昇はないけれど、自分の趣味と関係ある仕事をしている人と結婚をして安全に暮らして……いや、安全でもないんですよね旦那さんはDVだし。なのにあそこまでの努力をしないといけないものなんでしょうか現代は」

白河さん「だと思います」

川原さん「えーっ」

白河さん「私は『失恋ショコラティエ』の結末には憤ってたんです。DV男の元には戻ってはいかん、DVだとわかっていてもお金のある男のもとに戻るなんてことを普及させてはいかん、って。

この3作品の10年20年30年のあいだに何が起こったかというと、きれいなだけの女性にどんどん価値がなくなっていったってこと。女性の価値が落ちています。昔はほんとにAKB200人分をひとりのアイドルが稼いでいた。アイドル全盛期にはそれだけ価値のある女の子がいた。でも今AKBは200人でやっと、みたいな感じじゃないですか。

紗絵子さんっていうのは仕事をしてない女だから立場的にすごく弱いと思う。階層上昇という意味では成功して、彼女はすてきなマンションに住んで何不自由ない暮らしをしています。だいたい働かなくていいっていうのは、今すごいことなんですよ、今の子たちにとっては。働かなくていいんだよ!? みたいな。だからこぎれいな専業主婦に収まることができたってこと自体が今は貴重」

西森さん「今の専業主婦って何%くらいなんですか」

白河さん「今専業主婦で一生を終える人はすごく少ないと思うんですよ。みんな専業主婦からパート主婦になっていくから。でもほんとうに専業主婦を養える、紗絵子さんのような生活をさせられる人っていうのは5%もいないんじゃないでしょうか。

バブルの頃って、きれいな女の人はめちゃめちゃいばってたんですよ。私の知り合いの元モデルさんが『最近の女の子たちはほんとうにかわいそうだ』って言うんですね。彼女の全盛期と同じくらいきれいな若い子が、今はちょっとばかりお金のある男の人にかしずくみたいにしてると。昔だったらあのくらいのクラスの女の子だったら、何でも買ってもらえて、ちやほやされてふんぞり返って、シャンパン飲んでればよかったのに、どうして今はこんなになっちゃったのかって彼女は嘆いてるんです。

お金のある男の人がそれだけ減って、その人たちを奪い合う競争が激しくなっているので、きれいな女の子がきれいなだけではもう難しい。とにかく女性の価値がめちゃくちゃ落ちているのが今だと思う」

川原さん「しかも紗絵子さんのあのすごいモテテクは結婚した瞬間に家庭の外では使っちゃいけないテクになってしまう。すごいプロ野球の選手が最高の時期にバットを置くように。バットを一旦置いたら復活しちゃいけないわけですね。家庭の平和を壊しちゃうから、封印しなくちゃいけない。そこまでの努力は結婚したから回収できたっていうことになってるんだけど、紗絵子さんの中には収まりきれないものがあるような。それでもう一回爽太くんに使ってしまう」