東京大学は6月9日、孤立した1つのH2Pc分子の互変異性化の速度を計測することに成功し、その速度が理論計算の予測と一致して数秒に1回と非常に遅いことがわかったと発表した。

同成果は、同大大学院 工学系研究科 応用化学専攻の池田朋宏特任研究員、野地博行教授らによるもの。自然科学研究機構 岡崎統合バイオサイエンスセンターの飯野亮太教授と共同で行われた。詳細は、「Chemical Communications」に掲載された。

フタロシアニンは、その特徴的な構造によって発色・蛍光特性を示すことから塗料や記録メディアとして汎用され、最近は発光材料としても注目されている人工合成分子である。直径が 1nmと小さく、四角い板状の形をしており、その一種であるH2Pcは、内部の水素の位置が移動することによる"互変異性化"という反応を示す。これまで、H2Pcの互変異性化は室温、結晶中では1秒間に10万回という高い頻度で起こることが実験で証明されていた。他方、孤立したH2Pcのコンピュータシミュレーションでは、互変異性化が非常に遅いと予測されていたが、実験的に証明されたことはなかった。

今回、「デフォーカス1分子蛍光イメージング」という手法により、孤立した1つのH2Pc分子の互変異性化が数秒に1回と非常に遅いことを確認した。これは、分子メモリや分子スイッチを実現する上で必要な条件である"1分子に2状態が存在し、それらを区別できる"を満たしている。今後、化学修飾で互変異性化をさらに遅くし、電圧や光などの外部刺激で任意のタイミングで互変異性化させる方法を開発することができれば、分子1個が1ビットのメモリとして働く"分子メモリ"を作ることができる可能性も高まる。また、H2Pcを基板上に密に並べることによって、将来的に1cm2当たり13TBの記録能力を持つ高機能な材料の実現も期待できるとコメントしている。

フタロシアニンの「デフォーカス1分子蛍光イメージング」。(上)ガラス基板上の孤立分子のイメージ、(下)光学顕微鏡観察の結果